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夢想の戦士  作者: アキン
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夢想の戦士 9話

 車内アナウンスが流れ電車はホームに停止する。

 光介達3人は電車を降りる。建てかけられている時計の時刻は9時を過ぎ、通勤ラッシュは終わっていた。

 階段を下り改札口を通り外へ出る。初めて見る知らない土地が広がっていた。

 光介は地図を取り出し、現在地と目的地を確認する。地図には赤線で道が記されており目印になる道路や建物の名前にも線が引かれている。


「次は30分ほど歩いてローカル線を目指す」

 光介は千華と雲原に次の予定を言い渡す。

「ローカル線ってことは本数も少ないだろう、次の時刻は知っているのかい?」

「約2時間に1本。俺達が乗る予定なのは10時5分の便だ」

 光介は的確に答える。ある程度の事前調査は行っているようだ。

「ローカル線の後はどうするの?」

「そこからは徒歩で山間に移動する。険しい道ではないから安心しろ」

 千華の問にもすぐさま返答する。

 地図をしまい、3人はローカル線を目指し歩き出す。交通量も少なく車道は1車線しかない道が続いている。すれ違う通行人も定年を迎えたであろう年寄りが多い。


「久遠さんは夢に興味はないのかい。お姉さんと同じように研究職とまでいかなくても、将来の目標とかは」

 雲原は近い将来のことを訊いているのだろう。高校3年生の冬である進路は決まっていて当然である。

「大学に進学はしますけど、姉とは違う道です。それに具体的な目標とかはないんです。何をやっても中途半端になっちゃって上手くいかないんです」

 千華としては優秀な姉と比較されるのが恥ずかしいのだろう、悲観的な表現をしている。

「唯理さんと比べたって勝てないことぐらい雲原さんもわかってるよ」

「光介君、私のことバカにしてるでしょ。どうせ私は体たらくな妹ですよ」

 光介のちょっとした嫌がらせにも敏感に反応してくれる。


「口には出さないが部屋の本棚に植物に関する本が入っていたな、花屋とかで働きたいんじゃないか」

 いじるだけは可哀想なのでちゃんとフォローもする。だが、千華から花や植物関する話はされたことがない。

「花に興味があるのか、女の子らしいじゃないか」

 雲原は自然と納得するが、千華は恥ずかしがって顔は引きずっている。

「植物に興味はありますが、その、あの・・・」

 千華は言葉につまり、その先が出てこない。花を趣味にしている人は大勢おり、これといって隠したがる必要はないはず。


「・・・私が好きなのは、サボテンとかアロエとかなんです」

「・・・うん、棘とげしい植物だな。・・・多肉植物ってやつだな」

 なるほど、2人は納得がいった。確かにマニアックで癖が強い趣味かもしれない。他人に言えないほどではないが、自分から公表しにくいものはある。

「光介君ならサボテンの良さが理解できるよね」

 無理に共用を求められたが、光介に多肉植物の知識はほとんどない。千華の隠された趣味を知ったのもこの時である。

「生命力が強いとか、水分が殆どいらないとか、意外と綺麗な花を咲かせることかな」

 頭の中にイメージをそのまま喋ってみた。ちなみにどんな花が咲くまったく知らない。

「流石は光介君だよ、よくわかってるね」

 当てずっぽうの回答だが千華は満足してくれたようだ。




 人の流れがよかった為か30分と掛からずに目的の駅まで到着した。ローカル線と呼ばれるだけあり、看板や柱は塗装が剥がれ錆び付いている。改札は未だに駅員が切符を切っている。

 電車を待つ人は光介達3人の他には、杖をついた老婆、スーツ姿の男性が2名だけであった。スーツの男性2人は上司と部下であろう。


「とても決戦に向かう道のりとは思えないね。里帰りしている気分だ」

 雲原の言う通りである。彼らが夢遊病事件を解決しに行く人たちだとは誰も想像しないだろう。

「幻武にとっては里帰りみたいなもんだな」

「始まりの場所に戻ってくるとは、運命なのかな」

「運命か、だとしたら随分と残酷なものだな」

 夢遊病殺人事件は後を絶たない。前触れなく殺され、犯人に適応する刑罰も見出せない。


 雲原はスマートフォンをいじり昨夜起きた事件に目を通していた。10時近くになればニュースもまとまってくる。最も報道されているのは、警察署内での銃乱射事件であった。

 詳しく公表されていないが、4名の警察官が警察署に管理されている拳銃を使い、署内の人間を無差別に射殺したとのことだ。死者は10名以上とされている。

「やはりエスカレートしているな」

 光介が雲原の読んでいるニュースを横から覗き込みながら言った。


「とうとう警察までも怪夢にやられたか。一昨日は夜間の私立病院で看護師が電子機器の電源を落として回ったそうだな」

「普通では考えられない事件が多発しすぎている。我々の感覚も狂い出している」

 怪夢の存在を知らない大衆はまた、実のない討論を繰り広げているのであろう。よっぽど人々を恐怖に沈めたいのか、あえて純白の戦士の話題に触れずに、ネガティブな内容だけを報道する番組もある。

 いつの世も暗い話題は事欠かない。人類が滅亡論などを好むのは、目の前にある現実から目を背けるためと言われている。実際に滅亡の前触れが迫り来ると人間はそれしか見えなくなるのかもしれない。




 電車の汽笛が聞こえてきた。新幹線や地下鉄と違い、年期の入った1両編成の電車である。先客はおらず、乗客は光介達を含め8名だ。

 窓の外では駅員が運転手に出発の合図を送っている。電車はゆっくりと進み出す。

 車窓から見える景色は進めば進むほど建物が減り自然が増えていく。

「いよいよか」

 光介は流れていく景色を横目に呟いた。


「そういえば、かつての幻武はどうやって怪夢を封じ込めたんだい」

「根本的に奴は不滅だ。憎しみを糧に甦らせないために幻武は人柱になったんだ」

 消し去る方法を知っていれば幻武が犠牲になる必要はなかった。怪夢を再び封印するためには、また誰かの生贄を要するかもしれない。

 もっとも、以前と違い怪夢には肉体がないため、不滅の力が残っているとは限らない。


「ねえ、昔からお姉ちゃんが言ってたことがあるの。夢見がちな発言なんだけどね」

「唯理さんが、どんなことを?」

 唯理は幻武や怪夢との関わりが深い人物である。一般人が思いもよらないヒントが隠れている可能性がある。

「えっと、悲しみや憎しみを癒すのは忘れることじゃない、温かい思いやりだって」

 確かに間違っていない発言であろう。負の連鎖を断つには、それを受け入れて許すことである。

「唯理さんらしい素敵な言葉だな」

 それは光介自身にも当てはまる言葉だ。殺気立った感情では優しい心を失くしてしまう。


「でも、戦いに変な情を持ち込んじゃ駄目だよね」

 千華は苦笑いを見せた。自分の発言が後になって恥ずかしくなっただろう。

 怪夢に人の話を聞く耳が残ってはいないだろう。でも、もしかすると彼女なら説得できるかもしれない。もう名前も思い出せない彼女なら。

〈情け無用だ。怪夢を倒せば全て終わる〉

 幻武が光介に語りかける。

〈これまでと同じだ。立ちはだかる悪は切り捨てる〉

 今まではそれで通じたがこれからも必ず通用する保障はない。ただ、光介達が犠牲になれば済むことではある。




 ローカル線に揺られること、1時間半が経過した。乗客は光介達3名まで減っていた。

「次の駅で降りるぞ」

 光介は千華と雲原に指示を出す。

 電車から降りると、駅のホームは相変わらず駅員が改札口で切符を回収している。

 外には山々がそびえている。植物は枯れはてており、木々に葉は残っていない。人工物は駅ぐらいであり、完全なる山間である。


 光介は地図を広げて最後の確認をする。地図に記された赤い線は山の合間へと伸びている。

「この道だな」

 光介が指差した方向は木々が生茂る森林であった。一応砂利道は開通しているようだ。

「この先に怪夢の発生源があるのか」

 雲原も息を呑む。森林の奥からは人を寄せ付けない危険な雰囲気が漂っている。


 千華は無意識の内に光介の影に隠れてしまっていた。

「大丈夫とは言い切れないが俺が側にいる」

 光介は千華の手をきつく握ると、森林の中に踏み出した。雲原も後を追うようについて行く。

森林に入ると気温がグッと下がった感じがした。吹き抜ける風は冷たく突き刺さるように鋭い。

「うわっ、何あの車」

 千華が思わず目を逸らす。路次には泥だらけに汚れた車が2台放置されていた。窓ガラスが汚れ中は見えない。

 雲原は自動車の側面に書いてある字を読み取る。

「建設会社の車かな? 永森君の言うとおり、この先に工事現場の跡があるかもしれない」


 先に進むこと15分。仮設住宅のような小屋がポツンと建っていた。周囲に乗り物の類はなく人気もしない。

 光介は小屋の扉をノックしたが返事はない。ドアノブに触れると鍵は掛かっておらず開くことが出来た。室内はもぬけの殻であり、埃だらけで掃除もまったくされていない様だ。

 部屋の中央には大きな机が設置されており、その上には地図が敷かれていた。この周辺の開発予定図である。

「勝手に入っちゃたけどマズイよね。早く出たほうがいいよ」

 千華はオドオドして落ち着かないようだ。


「地図の下に何かある。ノートか?」

 光介は地図の下に半分隠れていたノートの様な物を手に取った。それには『名簿帳』と書かれていた。開いてみると、時間、会社名、氏名を記入するようになっており、部外者を記入するための名簿帳であった。

 適当にページをめくると知っている名前が2つ書かれていた。『雨野鷹也』『久遠唯理』2人はここを訪れたことがあったのだ。日付は今年の7月初頭である。

「雲原さん! 雨野と唯理さんはこの場所に来たことがあるようだ」

 光介は名簿帳を雲原に渡した。

「これは知らなかったな。私が体調を崩していた時期だな」

「お姉ちゃんが何でこんな所に来てたの!?」


 光介なりに推理してみる。

「たぶんここが夢遊病事件の発生源だからだろう。寝ている人間が暴れるとか、そんな奇妙な事件に釣られてやって来たんじゃないか。そこで、幻武を謎の石として拾ったんじゃないか」

「なるほど、2人は約半年前から夢遊病事件の原因を知っていたのか」

 雲原は雨野と唯理に比べると夢遊病事件の知識がそれほど深くない。雨野が情報を独占していたのはあるかもしれない。

 光介は雨野から名簿帳を返してもらい置いてあった場所に戻した。

 



 仮設住宅から出た光介は元工事現場に向かった。

 跡地には金網状のフェンスが引かれ立ち入り禁止と立て札まで立っている。重機や機材は撤退時に回収したようだが、地面は所々掘り起こされたままである。

「ここどうやって進むの? 目的地は目と鼻の先なのに」

 光介の後を追って千華と雲原やってくる。

「よじ登るしかないな。2人はここで待っていて」

 そう言うと光介はフェンスに指と足を掛けて、ひょいひょいと軽く登りきってしまった。


「待ってよ! 1人で行っちゃうの!」

 千華がフェンスの向こうで叫んだ。不安でしょうがないその様な表情をしていた。

「この先は危険すぎるから俺だけで行く。きっと戻るよ」

「きっとじゃ駄目だよ! 絶対戻ってくるって自信持たなきゃ」

「・・・そうだな」

 光介とて無事に帰ってこられる自信など持てない。だが、怪夢だけは何があっても倒す、それだけは心に誓っていた。


 怪夢が封印されていたと思われる位置は敷地の奥である。本来その場所には石碑のようなものがあるはずだった。その中に幻武と怪夢は眠り続ける予定だった。

 無知な現代人が発掘してしまったために悲劇は再発したのである。

〈これが最後の戦いだ。しかし、この融合によって・・・〉

「くどいぞ。俺達は次の一体化で分離できなくなる、前々から解っていたことだ」

 幻武との会話もこれが最後である。一度溶け込んでしまったものは元には戻らない。

〈光介、怨んでいるか?〉

「昔は怨んでいた。でも、今は割り切っているつもりだ」

〈強くなったな〉


 光介自身もよくわからない。強くなったのではなく、ただ強がっているだけなのかもしれない。主体性がなく周囲の人間に振り回されるだけの人間が成長したわけじゃない。皆にとって都合の良い人間に成り果てただけにも思える。

 過去を思い返せば車椅子に乗っていた老人、雪田が警告していた『都合のいいヒーロー』に光介と幻武は成っていた。最後は身も心も壊れて終わる悲劇の存在。しかし、その悲劇を世間は知ることなく過ぎ去っていく。

「ここら辺だな」

 光介は石碑が在ったと思われる所で意識を集中した。深いふかい闇に飲み込まれていくかのように、光介と幻武の意識は落ちていった。


次回、最終回です。

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