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夢想の戦士  作者: アキン
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夢想の戦士 8話

更新がとても遅くなりました。すみません。

 何故、人間は争うのだろうか? 些細な違いをお互い認めることが出来ず起こる争いもあれば、逆に同属嫌悪という似たものを嫌うこともある。

 永森光介は争いを嫌がる優しい少年であった。彼は大切な人のために自分が傷つきながらも戦う戦士へ変わってしまった。これは成長なのか?それともただ性格が変化しただけなのか?


「永森の奴ここのところ調子が良いようだな」

雨野はのん気にコーヒーをすすっている。

 助手である雲原はソファーの上でうたた寝をしていた。時刻は午後9時をしめしている、寝るのには少々早い時間だろう。

「コラァ、さっさと起きないか!」

「はい! すみません!」

 雲原がソファーから飛び起きたため床からバタンッと音がする。ここはマンションのため下の階の住人には迷惑であろう。


「それで何とおっしゃりましたか」

「永森の調子がいいなと言ったんだ」

「あ、ええ、確かに表情もよくなりましたね。一体何が彼を変えたのでしょうか? 以前は苦しがりながらやっていたのに」

 光介の体調は以前より健康そうに見える。戦いに赴く姿勢が自主性を持つようになった。

「この世の救世主たる自覚が芽生えたのだよ。迷いを吹っ切っただけだ。実に良いことだ」

「永森君が成長しているのに、教授は彼に対する態度を変えるつもりはないのですか」

「改めてどうした、研究材料だと言っただろ。人の夢に入り込み、その人を自在に操ることが出来てみろ、あらゆることが思いのままだ。完璧な管理体制が完成する」


 元々は夢遊病事件を解決するために働いてはずなのに、いつの間にか目的はずれて行った。雨野は傲慢な人間である。事件解決というのは建前で、本心は研究のためなら何でもするマッドサイエンティストである。

「そうですか。教授のお話を聞いて自分も1つ決断した事があります」

「ほう自己主張しないお前が珍しいな」

「でしょうね。私がこんな事をするなんて思いもよらないのでは」

 雲原は椅子に座っている光介の脳波計をおもむろに取り外した。


「な、何の真似だ!」

 雨野はコーヒーカップを引っくり返すほど驚いた。コーヒーが雨野のワークデスクの上に広がる。

「私は今を持って教授の下を去ります。それは永森君も同じです」

 椅子に座っていた光介は急に立ち上がると雨野の額に手を伸ばす。雨野は腰を抜かすだけで無抵抗に頭を捕まれる。




 光介の意志が幻武と一体化して雨野の精神に介入する。

 幻武・想甲は精神世界ですぐさま雨野を探し出す。雨野は咄嗟の出来事に混乱してあたふたとしている。

「お前の野望もここまでだ。ほったらかしにしておけば人工的に怪夢を造り出し人類の脅威になる」

「待てまて、慌てるなぁ・・・、落ち着け。私がいなければ夢遊病事件の解決は遅れるぞ。それでは非効率的だ。利用されていると勘違いしているかもしれないが、私は世界を救うためにだな・・・」

 あまりの必死さに饒舌になる雨野へ幻武・想甲は大剣を突きつける。剣の先端と顔の距離は1センチメートルもない。ちょっと力を加えるだけで雨野の頭部は串刺しである。


 幻武・想甲の視線は相手の目を睨んで放さない。確実に獲物を仕留める眼である。

「殺しはしない」

 幻武・想甲は持っていた大剣を足元に突き刺す。大剣を中心に地割れの如く周囲の空間が崩れていく。


 光介達は崩壊に巻き込まれる前に精神世界を脱出した。

 現実世界での意識が戻ると雨野は大の字で床に倒れている。

「お疲れ様。教授の精神は?」

 雲原が光介に話しかける。

「生きてはいる。記憶障害者として生活してもらうことになるだろうけど」

 光介達が破壊したのは精神そのものではなく、幻武や怪夢に関わる記憶の類である。ただ、そのほかの部位にも損傷を与えた恐れはある。


「とりあえず119に通報しますか」

 雲原が消防機関へ連絡を掛ける。仮にも人間が倒れているのだから通報ぐらいは行う。放置して後々問題になるほうが厄介だからだ。

「後は救急隊が来るのを待つのと研究データの削除だ」

「雲原さん、俺の案に協力してくれてありがとうございます」

 光介は雲原に頭を深々と下げてお礼を述べる。

「なに、こちらこそ。教授のやり方には限界を感じていたから、どちらが先に声を掛けるか時間の問題だっただけだ」


 雲原が始め寝ていたのはサボっていたからではない。幻武・想甲と雲原は夢の中で作戦の打ち合わせをしていたからである。2人の考えは雨野の野望を阻止することで一致していた。それが今日行われたのである。

「さて、教授がこうなってしまった以上、夢遊病事件を食い止める手段は極端になくなった」

「わかっています。怪夢の発生を必ず食い止めてみせる」

「頼もしいな。久遠さんは君ならできると知っていたのかな」

「さあ、今となっては。俺は唯理さんから妹を守るように頼まれただけです。ここまでは望んでなかったかもしれません」

 雲原は唯理と同期生であるため彼女のことはよく知っている。2人がどのような関係だったかは光介も不明である。


「明日は挨拶周りでもするのかい?」

「心残りはなるべく無くしておきたいが、時間が勿体無い」

 今の光介に迷いや戸惑いはない。一人称も僕から俺になり、弱々しさもなくなった。雲原としはどこか寂しさがある。

「なるほどね、明日すぐに出発するのかい」

「いや、一緒に連れて行きたい人がいる。唯理さんの妹で怪夢に狙われていから1人にはしておけない」

「妹さんね、2,3回会ったことがあるような。ところで狙われている理由は?」


 千華も大学の研究室に顔出ししたことは何度もある。会ってはいるのだろうが記憶に残っていないのだろう。

「理由は俺に愛する者を失う苦しみを与えるためらしい」

「なんと! 永森君に恋人がいたの!」

「持てはやすのはやめてください。恥ずかしいから」

 告白はしたものの、正確に付き合っているのかと問いただされると何とも言えない。そもそも千華と遊んでいる余裕は存在しない。

 外から救急車のサイレンが鳴り響いている。連絡してから10分以内に到着するとは流石日本である。




 マンションの出入り口で救急車によって運ばれていく雨野を見送った。救急車が遠のいていくと光介は千華に電話を掛けた。

「もしもし、光介君、どうしたの?」

 千華が電話に出てくれた。

「急にで悪いが、明日俺と一緒に来て欲しい所があるんだ。ご両親には適当に説明しておいて、後で全部俺の責任にしていいから」

「いきなりどうしたの? 私何にも聞いてないんだけど」

「長電話もあれだから詳しい説明は明日する。とりあえず、午前6時に家の前で待っていて」

 光介は一方的に話を進める。


「もしかして、夢遊病事件に関係してるの?」

 千華も何となく察知が付いたようだ。

「まぁな。君を1人にしておけないし、一緒に居たいから。それじゃあ」

 電話の向こうで喋っている声が聞こえたが光介は通話を切った。

「結構強引なんだね。彼女さん怒ってるんじゃないか」

 部屋に戻ることなく待ってくれていた雲原が言った。

「これ位強気でいかないと迷いが生じる。俺がやらないといけないんだ」


 雲原の頭に雨野が発した言葉が甦る、『この世の救世主たる自覚』。大人しく気弱だった光介はたった1人で戦い抜いてきた、そして彼は変貌した。これは戦士としての自覚が芽生えただけではない、彼の人格を破壊し作り変えてしまっただけだ。

「すまないが同行させてほしい、私にも責任がある」

「はぁ、責任? 雨野の精神を壊したこととかじゃないんですか」

「確かに教授のことも含めいずれその報いを受けることになるだろう。私の責任は最後まで夢遊病事件を見届けることだ」

 雲原はこれまで雨野の助手として働いてきた。苦しむ光介に手を差し伸べられなかったことを悔いている。


「雲原さんは一般人で利用されていただけだ。こんな事件からはさっさっと身を引いた方がいいですよ」

 光介の言うとおり何の能力も無い人間が増えたところで足手まといかもしれない。

「君達は未成年だ、成人を迎えている私は保護者代わりになることが出来る」

「どうしてもって言うならどうぞ。ただし、身の安全は保障しません」

 人数が増えればそれなりに役立つこともあれば、その逆もある。雲原は光介の足を引っ張らないようにするのが精一杯かもしれない。


 光介は明日で事件を解決する気でいるが、1日で終わるようなことなのかは本人にしかわからない。

「余計なことかもしれないが、自分の命を引き換えに全てを終わらせようなんて考えてないだろうね」

 光介を見ていると、炎の様に激しく燃え上がり、跡形も無く消えてしまう不安が過ぎる。手の届かない所に去ってしまう儚さを漂わしている。

「一応死ぬ気はない。あの世で唯理さんに怒られたくないからな」

 恐らく本心であろうが、命を掛ける決戦になることは間違いない。いざとなれば相打ち覚悟で挑むのであろう。




 翌日、光介は朝の6時少し前に久遠家へ向かいに行った。

 外ではすでに千華が玄関の前で待ってくれていた。野外活動に適しているアウターウェアやリックサックを身につけている。

「動きやすい服装かもしれないが、登山にでも行く気か」

 対する光介は赤と黒色のジャンパーである。大した荷物も持っていない。

「光介君が説明しなからこうなったんでしょ。備えあれば憂いなしだよ」

「まぁ、防寒性と動きやすさが確保できればなんでも」

「じゃあ出発するか。基本的には徒歩と電車で移動するから」


 午前6時は人通りも少なく、太陽も昇りきっていないため明るいとは言えない。

「ところで行き先は。色々と教えてもらうよ」

 横に並んで歩いている千華が話しかけた。光介が1人で物事を進めるため周囲の人が知らないことは多い。

「目的地は人里離れた山間だ。近くの駅まで電車で移動する」

「まずは駅に向かっているんだね。これがデートだったら良かったのに」

 2人は中学生時代からの付き合いだが、2人だけで出かけたりすることは無かった。必ず仲介役がいたのだ。


「無事に事件解決できたら、デートでも何でもするよ」

「その時は光介君から誘ってね。男子なんだからリードしてよ」

「なるべく頑張ってみる」

 光介に不安ごとが増え、千華に楽しみが増えた。

 他愛のない会話や日常の光景が懐かしく思える。生き残ることが出来れば平穏な生活に戻れるが、そんなハッピーエンドはあるだろか。怪夢との決戦後、光介は精神を保っていられるだろうか。



 雲原とは駅で合流する予定になっており、光介達が到着するころには着いていた。

「君が久遠さんの妹さんだね。幾度か顔は見ているかもしれないが雲原だ、よろしく」

「久遠千華です、こちらこそよろしくお願いします」

 千華と雲原が挨拶を交わす。

 7時前だというのに駅には沢山の人が集合してくる。住宅街とは大違いである。


「とりあえず3人分の切符は買っておいたよ」

 雲原は電車の切符を光介と千華に手渡す。光介は行き先に間違いないか確認する。反対方向の電車だったら洒落にならない。

 光介は周囲の人間に目を配る。寝ている人物がいたら要注意である。

「不審な動きをしている奴がいれば迷わず俺に報せてほしい」

 夢遊病事件の恐ろしさは突発性である。ただ目を閉じているだけと舐めてはいけない。近くを通過したという理由で襲われる人はざらではない。


「怪しい人を探そうとすれば、全員が疑わしく見える。何かいい選別法はないかな」

 雲原は光介に問うが、見分けが付けば苦労はしない。

〈ここまで来たら狙われないだろう。移動を妨害するつもりならもっと早くから行動を起こしているはずだ〉

 幻武が光介に意思を伝える。

「奴も決着を望んでいるのか」

「また独り言?」

「いや、幻武は罠が仕掛けられていないと考えている。順調にたどり着けるかもしれないな」

 今まで卑怯な手段をとってきた相手が正々堂々と戦いに赴くだろうか。こちらを油断させる作戦かもしれない。



 到着した電車の中央列車に乗り込む。追突される、するの危険からなるべく逃れるためだ。

 座席が空いていたため千華と雲原は席に座り、光介は手すりに掴まり前に立つ。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない。光介君は事件の真相を知っているんでしょ」

 光介も隠し通すつもりはない。乗客はスマホをいじったり、イヤホンを付けていたりして他人に興味を示していない。


「これは全部、幻武から教わった話だ」

 雲原と千華は光介の話に耳を澄ます。電車はレールの上をガッタンガッタンとうるさい音をたてて走る。

「正確な時代はわからない、たぶん戦国時代とかそこらへんだと思う。幻武も怪夢も日本人の魂だ」

 光介の口から真実が明かされていく。

「2人は優れた神通力を持つ女性に仕えていたんだ。彼女は巫女でもないのに強力な力を持つが故に迫害されていた。でも、彼女はその力で誰にも危害を加えることをしなかった、とても優しい人だったらしい」

 光介の口調は落ち着いており、自分の過去を振りかけるかのようだった。


「ある日のことだった、彼女を暗殺するための複数の刺客が放たれた。2人は必死で彼女を守ろうとしたが、1人は戦死し、もう1人は助かる見込みのない重体になり、彼女自身も深い傷を負った。彼女は2人を救うため最後の神通力を発動させた、自分の命と引きかけに。そして2人は息を吹き返した」

 千華と雲原はこの物語を疑うことなく聞き入っている。

「彼女の死の悲しみに打ちひしがれた男は復讐鬼となり刺客と主犯格を皆殺しにした。これが生前の怪夢だ」

「いやいや、どうやって復讐したの?」

 ここで千華が疑問を投げかけた。負けたばかりの相手に復讐を成功させるなど普通に考えれば不可能である。


「彼女は命を2つに分けて与えたんだ。その時、神通力もそれぞれに受け継がれた」

 怪夢は決して攻撃に使ってはいけない能力を駆使して敵討ちをしてしまった。刺客達は子供に遊ばれる虫の様に無力で無残に殺害されていったことだろう。

「一方、幻武は怪夢を食い止めるために尽力した。人柱となることで怪夢を封印したんだ」

 これが幻武と怪夢の生前の出来事である。

「怪夢をどうして封印しなきゃいけないの? 復讐は終わっちゃったんでしょ」

 再び千華が質問する。


「人知を超えた力による慢心と雪だるま方式で肥大化する復讐心が原因だ。人間の心は理屈だけで言い表すことが出来ない、本人を殺せば、次は家族、その次は友人って具合に取り留めのないことだってあるんだ」

 憎しみとは一度で終わるものではない。心底許すことが出来なければ晴れることはなく、延々と連鎖するものである。

「過去の経緯は大体わかった。問題は何故、現代に甦ったかだ」

 雲原の言うとおりである。一度収拾された事態が現代に干渉していることが異常事態だ。

「俺達が向かっているのは幻武が発掘された場所だ。事業開発か何かで怪夢を封じていた墓のような物が壊されてしまったことが復活の原因だろう」


 開拓のため古い墓地が解体されてしまうことはよくある。運悪く幻武と怪夢の眠りを覚ましてしまうなど夢にも思わない出来事である。

「幻武も流石に怪夢の目的までは解っていないのかい」

 夢遊病事件には一貫性が無く、誰かが突然取り付かれてしまうものである。支配者が居るのなら何らかの意図があるのかもしれない。

「目的なんてありませんよ、八つ当たりみたいなもんです。彼女を殺した世界への恨み」

「人々は奴の気まぐれで殺されていたのか!」

「奴には憎しみと恨みしかない。たとえ地球上の生命を根絶やしにしても浮かばれない」


 電車がホームに着くと停止して乗客が乗り降りして入れ替わる。特に不審な人物は現れることなく電車は発進する。

「ねえ、幻武さん達の昔の名前はわからないの」

「覚えていないらしい。肉体をなくし魂だけでこの世に留まっているんだ、記憶だって曖昧になる」

 後世に伝えることと、使命は覚えているくせに名前を忘れるとは現代人には信じられない。代理を立てることの出来ない重大な役割なのだ。

 命懸けで使えていた女性の名すら記憶にない。幻武は与えられた使命だけで活動している、魂に刻まれた想いを頼りに戦いに身を投じてきたのだ。本当に辛かったのは幻武なのかもしれない。


一応、最終回までの構成は出来ています。

必ず完結させます。

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