10.キックオフとその夜9
真弓先輩は部屋に向かったけれど、あたしは、その場で待ってみることにした。食堂の中からはあいかわらず悲鳴のような奇声や、笑い声がひっきりなしに聞こえてくる。
見たくない。絶対見たくない。
壁に寄りかかって立っていると、食堂から外へ出てくる人影が見えた。
それは、なんとせんぱいだった!
悠然と出て来たせんぱいは、あたしの方へ近づいて来て目が合った。そして、通り抜けざま耳元へ顔を 寄せて来て、低い声でささやく。
「ついて来て」
そして、何もなかったように玄関の方へ、向かって行った。
食堂の外は、静かだった。
せんぱいの通る声には、不思議な魔力がある。『ついて来て……』考えるまでもなく、従ってしまいたくなる。
魅惑的な力が宿っているみたい。
落ち着いてよ、あたしの心臓……。
知らず知らずのうちに、左手で胸を押さえ、深呼吸していた。不意打ちはいつものことだけど、どうしても慣れそうにないよ。
せんぱいを追いかけ、あたしも外へ出た。
遠く食堂の方からは、爆笑が起こったり、誰かが何かを叫ぶ声が相変わらず聞こえた。
外は今日も、月が明るく、夜の世界の中に、せんぱいを皓々と照らし出していた。
昼間、試合の時は途中から曇ってたけど、今は雲もどこかへ行ってしまったみたい。
せんぱいは、ジャージのポケットに手を入れたまま、空を見上げた。
「もう少し建物から離れないと、星は見えないな」
ひとり言のようにつぶやいたその声もまた、どきどきするような低音で、夜の中に吸い込まれ、消えていった。
立ち姿が、妖しく艶めかしい。すうっと吸い寄せられそうだ。
この合宿の間、夜に出会うせんぱいに、何度も何度も魅せられ、引き付けられた。
練習の時とは違うせんぱいは、燃えるような眼差しと、しなやかな色気があり、目が離せなくなってしまう。
「こっち、ついて来て」
あたしの方を振り返り、そう言うと、せんぱいは、じゃりを踏みしめ歩き出した。旅館の隣には、駐車場があった。6台の駐車スペースで、今は全部埋まっている。
せんぱいは、白のハイエースの所へ行き、助手席側に立った。そして、無造作にドアを開けた。
「入って。
OBの白羽先輩の車なんだ。あの人、鍵するの忘れてるんだ」
せんぱい、楽しそう。
「勝手に乗って、大丈夫? 」
「平気だよ。
俺、もう何回も乗せてもらってるから、1回くらい増えたって、どうってことない」
おそるおそる車に近づき、乗り込むと、せんぱいはドアを閉めてくれた。運転席側に回り込んで、せんぱいも車に乗った。
「静かだな」
せんぱいの良く通る声が、今日は低く響いて、あたしの胸を刺激する。
あたしは、せんぱいを見て、こくんとうなづいた。
もう打ち上げ会場からの声は、聞こえなかった。さっきまでの騒々しさが嘘のようだね。二人だけの空間に、まろやかな静けさが広がっている。
なんとなく、照れるよ……。
薄暗い車内に、月明かりが降り注ぎ、二人を浮かび上がらせていた。せんぱいは少し目を細め、やさしくあたしを見つめている。情熱的な光が燃える眼差し。
おずおずとしていたあたしだったけど、せんぱいを見ているうちに、段々と、緊張が溶け、おだやかで、温かい気持ちで心がいっぱいになってきた。
こうしてせんぱいがいてくれる幸せに、感謝で心が震えそうなくらいだ。
せんぱいが、左手を伸ばし、そっとあたしの頭に触れた。
確かめるように優しく柔らかく、何度も撫でながら、ゆっくりと下りて来て、右頬へ触れて止まった。
読んでくださって本当にありがとうございます。
キックオフとその夜もあと2回位?で終わりです。
長かった合宿は、もうすぐ最後になります。
みんな、今までの苦しかったことを発散するようにとっても楽しんでいるようです(^◇^)弾けすぎですが……。
もうすぐ最終章で、この物語も終わりになりますが、最後までお付き合いいただけたらうれしいです。
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