10.キックオフとその夜3
「やっぱ弦巻、交代だってー」
「そうですか……。具合悪そうでしたからね」
「うん、どうも風邪みたい。他の2年の風邪がうつったんだねー。夜中まで調子に乗ってるからこういうことになるのよー」
うう、あたしも真弓先輩も同罪ですよお。
この辺りは、昼間は暑いのに、朝は寒い位だった。
そのせいで、1階の2年生の部屋で何人か風邪を引いている先輩がいた。
「朝から熱っぽかったのに、試合に出たいから黙ってたんだってー。
黙ってる位なら、最後までがんばり通せば良かったのに、全然動けてないんだもんねー」
真弓先輩、厳しいです……。
きっと、弦巻先輩もがんばり通す気だったんだと思うけど、連日の疲れとこの暑さとで、予想以上につらかったんだろうな。でも、弦巻先輩も、負けず嫌いだなあ。
「監督に怒られてたよ、弓削にもねー。
当たり前よ、もし倒れたら、どれだけ周りに迷惑をかけるか考えなって言いたいね。
花火する資格ナシ、ビール飲む資格ナシ! 」
「真弓先輩……」
真弓先輩、 怒ってるな……。
真弓先輩はよく、マネージャーをかったるそうにやってるって思われちゃうみたいだけど、そんなことなくて、責任感が強く、さりげない配慮が行き届いている人なので、気付けなかったことが悔しいのだと思う。
昨日の夜は、花火、とても楽しかった。少し寝不足だけど、せんぱいと二人っきりで話も出来たし。
あたし達は、合宿中の出来事を、いろいろと話した。光輝と、なか日に手品のグッズを買いに言った時のこと、真弓先輩が話してくれた富士山のこと……。
とても素敵な出来事だったけど、弦巻先輩が風邪をひいてしまうなんて。楽しかっただけでは済まされないよね。色褪せてしまうよ。今日はOBの先輩たちだって、楽しみにしてくれていただろうし。監督だって、真剣にみんなが成長できるよう、心を砕いてくださっているのに。
弦巻先輩は、木陰に移動して、横になっていた。あたしは、真弓先輩と、一緒に介抱した。
「弦巻、今度倒れたら承知しないからねー」
真弓先輩は、睨みつけてた。
「もうちょっと病人を労わってくれ~。
遠矢が脱水症状になった時は、こんな荒い扱いじゃなかったっしょ」
軽口を叩く声に元気がない。
「ばーか、遠矢は、一生懸命だからかわいいけどー、弦巻は可愛げがないのよ。調子に乗るんじゃないの」
「俺がかわいかったら、気持ちわりいだろ……」
「ええとっても」
ほっといたら、いつまでも続きそうだったので、あたしは、冷やしたおしぼりを差し出した。
「おお、サンキュー。
ああ、気持ちいいなあ。
そうそう、俺の代わり、遠矢が出るよ」
え!
あたしは、飛び上がりそうなほど驚いた。
「あいてっ! おしぼり、放り投げないで……」
「わわっ、すみません!! 」
「ほほほ、いい気味よー」
「真弓ぃ、悪役似合いそう」
「お黙り」
真弓先輩は、ぴしりと言って、凍えるような冷たい視線を弦巻先輩に向けた。
「……」
「本当に遠矢ですか? 」