9.ミラクル!!4
せんぱいを見上げて笑いかけた。まさか、真夜中に花火大会をするなんて。スリル満点の大脱出。一緒に笑いあって、隣に並んで歩き出した。
まだ驚きと嬉しさが混ざり合ってて、あたしは興奮していた。あのつらそうな練習をこなしながら、計画してくれてたなんてね。しかも、こんなに楽しくて、元気の出るイベントを。
これから先、何年経ってもきっと今日のことは、ずっと忘れられないだろう。すてきな思い出になるよ。
「あずのこと、驚かせようと思って。
真弓には、しゃべるなって、言っといたんだ」
そう言ったせんぱいの笑顔がきれい過ぎて、きゅんとなる。
さっき。
花火の途中で、急に暗くなると、不安感がたまらなく押し寄せて来たけど。
でも、花火が全部終わった時。
暗闇は、やさしくて、温かかった……。
「そういえば、遠矢の様子どう? 」
「あいつは相当プライドが高いとみた。何があっても喰らいついてきて、育てがいがありそうだ」
あたしは昼間、偶然せんぱいと遠矢の話を聞いてしまった事は、黙っていようと思った。
知られたくないはずだもの!あのことは、忘れよう。
「1年は、何人残るかな。
1学期からここまで相当つらかったと思うけど、ここまではまあ、耐えられると思うんだ。問題は合宿明け、この秋以降だよ。嫌になって辞める奴が出ないといいけど」
「去年も辞めた人はいたの? 」
「うん」
寂しいな。
せっかくこの夏合宿をがんばってるんだから、みんなにずっといて欲しいよ。たぶん、遠矢は辞めないで、せんぱいと話したように今までの何倍も、すっごい努力するんだろうな。
「遠矢って言えば、せんぱいが遠矢の部屋に入って来た時、弦巻先輩達が探してるって言って、光輝や村中くん達が出てったけど、その後、大変だったみたいだね」
あたしは、思い出し、笑い声を上げた。
『そんなに俺としゃべりたかったのか。
俺のことが大好きなら、今からの練習で、直々にその思いに応えてやるぜ』
って言われて。
光輝は抱きつかれたのだそうだ。最初、ぎゃあーと逃げようとしたけど「みっちりとな!! 」的なことを付け足され、みんなで、青くなったらしくって。
別に、弦巻先輩にも八尾先輩にも呼ばれてないし、怒ってもいなかったということだった。
あたしがその話をすると、せんぱいも、おかしそうに噴き出した。
「弦巻から聞いたよ。
あの時は、さ。あいつらを追い出そうと思ってとっさに言ったんだ」
そこで、あたしは、あの時のことを思い出した。
遠矢がバッグからタオルを取り出すため、後ろを向いていた時。
さっと手が伸びてきて、握りしめられたあたしの右手。
そして、ふわっと……。
あたしは、思い出して、カッと耳まで赤くなり、無意識に、両手でぱっと唇を覆った。
そんなあたしの様子を見て、せんぱいは、盛大に笑い出した。
この人は、やっぱり意地悪。
薄暗い月明かりの道だから、赤くなったのは気付かれなかったと思うけど。
あたしは、せんぱいが笑い終わるまで、むっとしていた。あんなことされたら、驚くに決まってる。それも、後ろを向いてたとはいえ、遠矢もいたのに。
「ごめん、ごめん」
これはせんぱいの、いつもの口癖で。全然本気で謝ってもらってる気がしない。
せんぱいは、なだめるようにあたしの頭をやさしくなでた。
「花火のプレゼント、堪能していただけましたか、姫? 」
そう言って、寒いだろ? と着ていたウィンドブレーカーをかけてくれた。
寒くなかったけど、すなおにされるがままにした。それだけで、あたしの機嫌は簡単なほど、すぐ直ってしまう。
あたしは、落ちないように、上着の襟を、そっと引き寄せた。
もうけっこう離れていたので、河原から見える心配はない。
あたしのココロは、上着のせいだけでなく、ほんわかとした。
せんぱいは、そっとあたしの右手を取り、月夜の道をゆく。
順風満帆。
この恋の行方。