8.宣言2
「どうって、どうって? 」
あたしは、動揺を隠すために、村中くんから視線を外し、Tシャツに顔を近付けちくちく縫った。
そんなこと、こんな所で突然ずばり言われるなんて、思いもよらなかったので。
どう取り繕ったらいいのかわからなくて、頭が真っ白になった。
「それは……、主将だし……信頼してるっていうか、その」
どうしよう! ええとお?! 焦ってうまく縫えない。
「そんなに動揺しながら縫うと、針で刺すぞ」
「別に、動揺してないよ。あ、痛っ! 」
「ほら、な。だから、言ったのに」
右手の親指に、ぷくっと血の赤い玉が出来た。
村中くんは、立ち上がり、置いてあった救急箱を、持って来てくれた。
消毒液をたらし、あたしの親指をティッシュで押さえた後、絆創膏を貼ってくれた。
「ありがとう。
これじゃ、反対だね。本当は、あたしが怪我の手当てをしなきゃならないのに」
「いいんだ。この位のことで、いちいち目くじら立てる奴じゃないだろう」
「どういう意味? 」
「宣戦布告するって決めたんだ」
「何のこと? 」
「あいつのこと」
あいつ?
「どういうこと? 」
「ま、そういうこと」
「意味がわからないんだけど! 会話、全然噛み合ってないよね」
「そうでもないよ、今、睨まれた」
村中くんは不敵に笑った。
睨まれた? 言ってる事がわかんないんだけど……。あたし、睨んでないよ? 村中くんて、思っていたのと性格が違うかも。
「お、そろそろ始まる」
「えっ、やだ急がなきゃ」
あたしは残りをせっせと縫い始めた。
村中くんは、また、じっと黙ってしまった。気まずいなあ……。
落ち着いていて、静かな感じの人だと思ってたけど、それだけじゃなさそう。せんぱいのこと、突っ込まれなかったってことは、セーフだったかな。澱みなく答えられたかな。
もうあれ以上言ってこないってことは、ばれてるわけじゃないんだよね。心配で、あたしが意識しすぎただけだったかな。うん、そうだよ、そうみたい。
だって、あたし普段、気付かれることがないよに、すご~く気を付けているのだもの。
「出来た! 」
「サンキュ」
あたしが手渡そうとすると、村中くんは、その場で立ち上がり、ばっと汗で汚れたブルーの練習用ユニフォームを脱ぎ捨て、グリーンTシャツに着替えた。
人の目の前で、着替えないでほしいなあ。あたしは、視線を反らせた。
せめて、少し離れた所で着替えてくれればいいのに。目線のやり場に困るよお。
村中くんは、着替え終わると、あたしを見た。
なんでそう、何にも言わないで、顔を見るかなあ。何を考えてるのか全然分かんない。
「今、俺が着替えてる時、どきっとした? 」
また、探るような目。歩いて、座ってるあたしの目の前に立ち、しゃがみ込んだ。
「ねえ、どうだった? 」
「しないよ、なんなのもう」
確かに目のやり場に困ったけど、言わなかった。
「負けねえ」
「何に負けないの?
さっきから、意味がわかんないよ」
あたしは首を傾げた。
「村中っ、もう時間だぞ」
せんぱいが大きな声で怒って呼んだ。
村中くんは、返事をせず、脱いだ服を拾い上げて、駈け出した。
「負けねえから」
そんな捨て台詞を残して。
男子って、男子って……。
みんなこうなのかなあ。
マイペースで。
強引で、底抜けに明るくて。かと思うと、意外と深い事考えてる。
自信過剰!
せんぱいもだけど。
ま、いっか。
もっとせんぱいのよく見える所に移動しよっと。