8.宣言1
5日目の4部練が、もうすぐ始まる。
T運動公園へ移動した。この運動公園は、きれいで、設備も新しい。
緑の芝が青々と光っていた。
う~ん、もし合宿じゃなかったら、なんて穏やかな風景なんだろ。
体育座りをして、練習が始まるのを眺めていたら。
「悪い笹川、これ、縫ってくれないか? 」
村中くんが、あたしの隣に腰をかけて、Tシャツを差し出してきた。うちの部で、あたしを名字で呼ぶ、数少ない人。
「暑いから練習が始まる前に着替えようと思ったら、これ、肩のところが破けててさ。
練習中、誰かに思いっきり掴まれたかな」
グリーン地にイエローでアルファベットがプリントされているTシャツは、左肩の部分の縫い目がほつれ、大きく裂けていた。
「うわあ」
こんなに大きく穴が開いてたんじゃ、着るのはちょっと無理だ。
「練習が始まる前に、ちゃちゃっと縫えない? 」
今着てるやつ、汗でぐしょぐしょでさ。気持悪くて。
これだけしか旅館から持ってきてないのに、破れてたなんて」
「ごめんね、洗濯した時、気付いてたら縫ったんだけど」
あたしは、傍らのブラックのボストンバッグの中から、裁縫箱を取り出した。使い込まれた大きなボストンバッグで、部の物品が入っている。
「いや、笹川が、洗濯したんじゃないと思う。誰か他の奴だ」
村中くんとは、あまりしゃべったことがなかったけど。
今回の合宿で、食事の席が一緒になったことで、少し話をするようになった。
村中くんは、激しい練習の時以外は、いつも黒フレームのメガネをかけている。メガネの奥から、理知的で、冷静な眼差しを向けて来る。
賑やかな光輝とは対照的だけど、気が合うらしく。
全然性格の違う、光輝や遠矢と、なんで仲がいいのかなって、最初は不思議に思ってたけど。
「村中くんて、光輝と遠矢のお父さんみたいだよね」
「お父さん?!」
あたしは、ちくちくと縫いながら話した。
「そ。お父さん。だって、保護者みたいだよ」
「すげえ、ショックなんですけど……」
声が、本気で暗かったので、村中くんを見た。
体育座りして、膝の上にあごをのせ、小さくなっている。
「やだ、冗談だよ、冗談」
「いいよ、いいよ。まあ、縫って」
「そうだったね」
あたしは、再びいそいそと縫い始めた。
「もうすぐで、合宿終わるなあ。
やっとここまで来た」
村中くんの言葉には、とても実感がこもっていて。
「だね」
あたしも、心からそう思っていたところだった。
「さっき、また監督にどやされた。
この合宿で、何回あの怒号を聞いたことか……」
「村中くん、この前、張り倒されてたよね」
何日目だったか、村中くんは、監督に吹っ飛ばされていた。他の1年が、何か指示と違うことをしたらしく、その余波で、村中くんも巻き添えになったのだ。
「監督、おっかねえよなあ」
「そうだね。
でも、あのあと、主将が助け起こしてくれてたね。
そしたら主将も引っ叩かれてたよね。
あたし、あの時は、こわくて動けなかったよ。どうなるんだろうと思って、ハラハラしてたんだから」
「……」
村中くんは、唐突に黙り込んだ。
「村中くん? 」
村中くんは、時々、じっと、何か考え込んでいる時がある。いつも、何を考えているんだろう。
「何? 」
村中くんは、返事をくれたけど、上の空で。なんだか、とっても、悲しそうな目をして空を見上げた。
え? 何、急に。
「どうしたの? 」
「どうもしない。縫ってよ」
「うん」
なんとなく、変な雰囲気。
あたしは、隣の村中くんが気にはなったけど、縫い物に集中した。
「笹川って、さあ」
「何? 」
「……」
それまで黙っていた村中くんが、急に口を開いたので、何気なくあたしも、隣の村中くんを見た。
きらーん。
という効果音が似合う位、メガネの奥で目が光った。
「弓削主将のこと、どう思ってる?」
村中くんは、じいいっとあたしを、探るように見て来た。