7.遠矢
5日目の休憩時間。
雨もお昼頃には上がり、午後の練習は、外で行われた。
遠矢、心配だな。
光輝と遠矢と村中くんは、よくじゃれ合っているので、あたしも光輝を通じて時々他愛もない話をする仲だった。
練習がきつく、ナーバスになっている1年もいた。
遠矢は他の男子に比べて華奢で、当たり負けしたり、筋トレや走り込みで、みんなから遅れてしまうこともあった。
特に合宿に入って顕著だった。
負けず嫌いで、誇り高く、努力家の遠矢が、そんな中でも一歩も引かないで貪欲に喰らい付いていく姿は、他の1年の刺激になっていると思う。でも、当の本人には、つらいところだろう……。
あたしは、午前に出来なかった洗濯ものを干そうと、休憩時間にまたテラスへ向かった。
いよいよこの合宿も、折り返し地点をかなり越え、明日の試合とその後の打ち上げで終わりとなる。
みんなの中にも、青あざや擦り傷、発熱など、けが人・病人が出始めていた。入浴すると、傷であちこちひりひりするって、誰かが言っていた。過酷だった。
この後の練習の前に体を休めようと、みんな、部屋で死んだようにひっくり返っているので、辺りは静かだった。
その時、下から、せんぱいの声が聞こえた。
どこにいるのかなと覗こうとすると、せんぱいは、旅館の外で遠矢と何か話し合っているようだった。 わざわざ外で話すなんて、誰にも聞かれたくないことに違いなかった。
あたしは、聞いてはまずいと、慌ててその場を立ち去ろうとした。
「なんで明日の試合、光輝なんですか、俺、あいつに絶対負けてない! 」
あたしは、遠矢のいつもと違う甲高い声にに、びくっと足が止まった。悲痛な響きがこもっていた。
「しっ、中に聞こえる」
せんぱいは、落ち着いた声でそう言った。
あたしは息苦しくなり、その場を急いで立ち去った。
(聞いてはいけないことを聞いちゃった!! )
音をたてないように、自分の部屋に戻った。
どうしよう。
どうしよう!
遠矢、絶対聞かれたくなかったはずだよ。
なんてことしてしまったんだろう。
光輝が、試合に出られるかもって聞いて、あの時は嬉しかった。
でも、それには、誰か出られない2年生がいるってことで、そして、他の1年だって、自分も出たいって思う訳で。
当たり前のことだ。勝負の世界なんだもの。
このことは胸に閉まって、誰にも内緒にしなきゃ。
遠矢って心底負けず嫌い!! きっとこれから、3倍、ううん、それ以上の努力を、決意してるんだろうな。
遠矢は、脱水で倒れたあの後、練習前に体育館でせんぱいに言われた。
「お前は軽目のメニューにする」
何でもないことのように、せんぱいはさらっとそう言った。
「え」
遠矢は、途方に暮れたように、せんぱいを見上げた。
あたしもその時は、体育館に戻っていて。そして、遠矢のすぐ側にいた。
「大丈夫です。みんなと同じ練習内容で問題ありませんよ」
遠矢はせんぱいへ、噛み付くように言い返した。でも、せんぱいは、首を縦に振らなかった。
しぶしぶと言った感じで従いながらも、遠矢はすごく悔しそうだった。
遠矢は真剣だ。うかうかしてたら、光輝じゃなくて、遠矢が選ばれる日がすぐに来るかもしれない。
それに、せんぱいだって!
遠矢が倒れて心配して来てくれたのかと思ったら、あんなあんなあんなことするなんてさ。いっつもそうだよ、あたしは、振り回されっぱなしだもん。
そうだよ、せんぱいが追い抜かれるかも知れないね。
がんばれ、遠矢!
がんばれ、みんな、そして、せんぱいも。
あたしたちは、この日々に。
いつも。
一生懸命!
毎日が、宝物だから。