4.深海の淵
第2日目。
今日から、いよいよ本格的に練習が始まった。
早朝のランニング後。
早速1年がしごかれたらしい。
あたしは、途中から真弓先輩の手伝いに行ってしまったため、朝食の時、光輝が教えてくれた。
「俺、特にいじめられたよ」
まだこれから、今日という日は長いのに。
へとへと顔で、ナサケナイ声を出す。
でも。
楽天的な光輝は。
「俺、きっと弓削主将に期待されてるんだ!
だから俺に、あんなに厳しいんだ」
と、自分を納得させ、がんばるぞ、と燃えていた。
その目はせんぱいを信じきっている――。
……。
そ、そうだよ。
期待、されているから。
……だよ。
たこ焼きの恨みではないと信じたい。
信じ難いけど。
第3日目の午後。
あたしは、2階のテラスで洗濯物を取り込もうとしていた。
昨日の紅白戦で、どろんこになったユニフォームの山。
洗濯物関係は、毎日、1年が当番制ですることになっていた。
特に今日は、干してある物の量が多かった。
疲れているみんなが、大量の洗濯物をたたんだり、片付けたりするのはかわいそうだと思って。
みんながグラウンドから帰って来る前に、あたしは出来るだけやっちゃおうと思って。
テラスに降り立った。
すうっと吹き抜ける高原の涼風が、心地良い。
ユニフォームや、真っ白なシーツが、ふうわりと揺れた。
大阪の、もあっとした湿気とは、大きく違っていて。
夕方前には、空気がさらっとし出すようだ。
あたしは。
気分が良くなり、心も弾んで。
深呼吸して、澄んだ空気を吸い込んだ。
その時。
「きゃ!! 」
パリッと渇いたシーツごと、誰かに後ろから抱きすくめられた。
「な、なな!!! 」
あたしは、ジタバタしようとして、前に回された腕を見る。
その日焼けした腕には、見慣れた黒のGショック。
腕が伸びてきた瞬間に、予感はあって。
……期待は、あって。
こんなに驚かすようなことをするひとは、他にいない。
だけど、このテラスは、外からまる見えだったから、あたしは焦った。
もうすぐみんなが帰ってくる。もし見られたら大変なことになってしまう。あたしは、すぐそういう常識的なことに占められた。
逃れようともがいたら、さらに回された腕がきつくなって。
本当に。
見つかったら。
どうするの??
あたしはいつも、バレたらどうしようってことばっかり気にしているんだ。
「……帰って来るの、早いね」
洗いたての渇いたシーツは、肌に心地よい。
「うん、最終日、他校と練習試合になっただろ。
これから、打ち合わせに出かけることが決まって。
俺だけひと足先に帰って来たとこ」
シーツごしに、右のすぐ耳元で、ささやかれ。耳たぶらへんに、せんぱいの吐く息の熱が感じられた。
あたしは正直に反応してしまい、体の芯が疼いてシーツの海に溺れそうになる。
目の前では、風に揺られ、ユニフォーム達が、同じように横になびいた。
「みんな、帰って来たら、見つかっちゃうよ。
それにここ、よく見えるから、旅館の人にも見られちゃうよ」
「大丈夫だよ。
これだけたくさん干してあるし。
洗濯物と、洗濯物の間だし」
せんぱいは、のんびりとそう言う。
規則正しく揺れるタオルケットや、ユニフォームが。
寄せては返す、波のように見えて。
「……逃げて? 」
囁く、熱を帯びた声。
「え」
「嫌なら……逃げて? 」
熱い。
挑発するような、悩ましい吐息が追い込むから。
あたしは、ますます深海にはまってしまいそうで。
沈思黙考……。
この後の展開は!?