3.せんぱい8
「まだ合宿始まってないのに、着替え足りるのー? 」
真弓先輩はじめ、みんな大笑いの中、せんぱいも、この時はさすがに凄味の利いたやばい眼であたしを睨んだ。
こ、こわいです。
そしてバスが走り出すと、あたしと、せんぱいの隣に座っていた副将が、せんぱいの両側からもたれかかって、眠り込んでしまったので、せんぱいは、またまた全く眠れなかったらしい。
せんぱい、大惨事に見舞わる……。
「せんぱい、一つ聞いてもいい? 」
あたしは恐る恐るせんぱいを見た。
昼間の出来事を思い出したせんぱいは、さっきまでとは大違い、完全に不機嫌になっていた。
「何」
ぎろっと、睨まれた。
こわいです……。
「ゆ、夕食のなすの素揚げ、食べた? 」
「食ったよ。
監督がいて、残せるわけないだろ。
しかも、弦巻が、なすが嫌いだってことを、ばらしやがって。監督達の分まで無理やり食わされた」
せんぱいは、忌々しそうに言った。
こわいです……。
余計なことまで思い出させちゃった……。
「な、なすは、旅館の人が作ったんだし、たこ焼きは、光輝だよ、いい事考えたんだったら光輝に」
「それ以外は、全部」
言いかけたあたしを遮って、あたしをびしっと指差した。
「お、ま、え」
ひゃあああ。
こわい、目が 怖いよおお!
あたしは、玄関の方に身体半分向けて、もう一度逃げ出そうとしたけど、せんぱいの力は強かった。
せんぱいは、あたしを再び引き寄せた。
「御礼を、お楽しみに」
お礼じゃなくて、お・ん・れ・い!
「的場の奴も、夕食の時、一緒になってずいぶん楽しそうに話してたよな、あいつ、明日の練習でもんでやる」
それからせんぱいは、あたしをぱっと放した。
「ジュース、飲む? 」
「も、もういいです」
そんな気分じゃないです。
「それじゃ、そろそろ上がろう。お先」
せんぱいは、旅館に戻ろうとして、思い出したように足を止め、振り返った。
「そうだ、あのさ」
「 ? 」
「村中に、気をつけて」
そう言い残して、せんぱいは、玄関の中に入って行った。
村中くん? 意味がわかりません。
はあ、脱力……。一気にどっと疲れてきちゃった。
今日のせんぱいは、本当に運が悪かった。可哀そうだった。その大半は、あたしのせいだけど……。一体何を企んでいるのかな。
しばらくして、あたしも旅館の中に戻った。
部屋では、真弓先輩が、布団を敷き始める所だった。あたしも慌てて続いた。
その後、2人での話が盛り上がってきた所で。
とんとん。
ノックの音。
「弓削だけど」
せせせんぱい?!
どうしたの?
「弓削? 何? 」
真弓先輩はあたしに、了解をとってから、
「開けても大丈夫だよー」
外にいるせんぱいに大きな声をかけた。
半分だけドアが開いて、さっき外で別れたばっかりのせんぱいが、顔をのぞかせた。
「監督達に買い出しを頼まれて、今から弦巻達と行くんだけど、女子2人も行かないかな、と思って」
「時間遅いから、外に出たら、怒られるんじゃない?」
「監督直々のご命令だし、俺、監督の覚えがめでたいから」
せんぱいは、得意の爽やか100パーセント営業用スマイルで、真弓先輩を見た。
「そういうの自分で言うー?
でも、いーわねー、信頼の、ぶアツイ人は。その笑顔、うざい」
真弓せんぱいは、嫌そうに言った。
せんぱいは、サッカーも上手だけど、目上の人とのやり取りがとても上手だと思う。
「あれ? この笑顔でたいてい好感もってくれるんだけどな」
心外そうに言う。
あたしは、心の中で頷いた。何度引っかかってしまったことか!
「じゃ、あたしだけ行こうかな」
そう言って、真弓先輩は、あたしを振り返った。
「さっき、1年生達は行ったんだもんね」
あたしはうなずこうとして。
でも。
あたしが口を開くより早く。
「あれ、さっき下で1年生達のミーティングに出てたから、的場達との買い物に行かなかったんだよ、な?」
せんぱいは、さらりと。
爽やかきらきら度3割り増しの、満面の笑みを浮かべて、真弓先輩の頭ごしにあたしを見た。
真弓先輩も、再びあたしを振り返った。
「えー、そうだったんだー。
1年気合い入りまくりだねー、じゃあこのお菓子は、的場君達が買って来てくれたんだね」
あたしは、う、と固まってしまった。
真弓先輩が、感心したようにあたしに向ける笑顔の後ろから、入り口の所の柱に寄りかかるようにして、腕を組み立っていた。
せんぱいが、口許は、微笑んだまま、凄味の利いた強圧的な眼差しを、あたしに注いでいる。
今日は、いくらバスで寝たって言っても、朝早かったし。
慣れないことばかりだったから、疲れてくたくた。すごく眠くなってきてて。
1年は、掃除や雑務で、明日から毎朝早起きしなきゃで。
さっきのコンビニも、けっこう歩くし、暗いくて怖いし……。
だけど、せんぱいから発されるプレッシャーは無視できず……。
「ええっと。 ……そうで、す。
ミーティングだったので……。
あたしも、一緒に行き、まぁす」
じいっと観察するようなせんぱいの視線を、痛いくらいに浴びながら、あたしはぎこちなく答えた。顔がひきつりそうでならなかった。
早速、お財布を取り出そうと、真弓先輩は旅行バックに近付いて行ったので。
せんぱいが、ふっと悪魔の笑みを浮かべて、パタン、と出て行ったのは、あたしにしか見えなかった。
あたしの顔は、ひくっとなった。
この合宿は初日から。
前途多難。
でも、真夜中の一緒のお出掛けも、あり、かな?