1、夏合宿へ
こんにちは。こんばんは。
そして、はじめまして!
白金れんげと申します。このページを開いてくださって、ありがとうございます。
短めのお話です。
よろしかったら、ご意見・ご感想をお願いします。
バスに乗り込む直前、視線が絡み合う。せんぱいは乗車口の外に、腕組みして立っていた。
せんぱいの瞳の奥、一瞬ちりっ、と炎が燃え盛った気がして、あたしの心はひりひりした。
付き合い始めて、もうすぐ1年。
あたしが中学のころからの、内緒の恋。
「よし、1号車、点呼取るぞ」
男子は全員、学校指定の白のワイシャツに、黒い制服のズボン姿。あたしと、2年の真弓先輩は、ブラウスに、プリーツスカート。1年は、ピンクで、2年生はブルー。
どんどん乗り込み、せんぱいが入って来た。あたしの大好きな、凛とした良く通る声が、バス内に響 く。
それだけで、あたしの心が、とくんとくんと反応する。
3年生が引退して、せんぱいが、主将になった。
せんぱいの後を追うように、同じ高校に入学したあたしは、すぐにサッカー部のマネージャーになった。
大好きな、大好きな、せんぱいの所属する、クラブ。
うちのサッカー部は、恋愛禁止。この恋は、内緒のまま。
せんぱいは、今、1番前。立って声を張り上げてみんなに指示を出していて。
精悍な肢体。目線は釘付けになってしまう。
いつもは、みんなに気づかれたらどうしようか心配で、あんまり見れないけど、今、あたしはバスの最後列。まっすぐ見ることができた。やっぱ、すっごくかっこいいなと思う。きりっとしてて、落ちついてて。練習の時とは、違う顔。そして……。
この前、1号車と2号車のメンバー分けが終わったあと、同じバスになったことを教えてくれた時のことを思い出す。こういう時には見れない、あのまなざし。
いつもの、あたしにだけ見せる、挑むような、目。あれもまた、違う顔。
同じ1号車になれたのは、せんぱいのおかげらしくって。
せんぱいも、あたしと同じように、楽しみにしてくれてるのが、うれしい。なんかでも、恥ずかしくって、むずむずしちゃうよ。
ここ大阪から、夏合宿の地、長野まで、約8時間の旅。
せっかく同じ高校、同じ部活に入ったのに、二人だけの時間は、ほとんどなくって。高校生活は想像してたより、すっごく忙しい。宿題も多いし、それに部活も厳しくって。
いつもグラウンドのせんぱいを、目で追うことしか出来ない日々。
これから8時間も、隣にいられるんだ。あたしは、たまらないくらいのしあわせを感じていた。
最後尾の列のあたしの隣は、真弓先輩。
2年生のマネージャー。
窓際に陣取って、腕を組んで、左側に寄りかかり、窓にもたれている。
真弓先輩は自分の点呼が終わると、頭から、デサントのコバルトブルーのウィンドブレーカーをかぶった。部の2年生全員お揃いの、ウィンドブレーカーだ。
あっという間に寝る態勢に入っていた。
点呼が終わりに近付いてきて、ふと思った。
せんぱいは、どこに座るんだろう。
……きっと、1番前だ。
主将だし。
さっき後ろに来る途中、運転手さんの真後ろの席2つに、荷物が置いてあったもの。
せんぱいが座るんだね。
いちばん、まえと、いちばん、うしろ……。
さっきまで、わくわくで、ふわふわだった心が、ちょっぴりしゅんと、しぼんでいく。
せんぱいと1週間も一緒にいられる合宿を、夏休み前から、楽しみにしてて。
……すっごく、楽しみにしてて。
おんなじバスの中で、おんなじ空気の中にいられるって、さっきまで心がはずんでたのに。
……すごく、うきうきとしてたのに。
なのに。
たった、たった、これだけの距離で、悲しくなってしまう。
自分のヨクブカサにげんなりとしてしまう。
「よし、全員揃ってるな」
みんなを見渡す落ち着いた声。あたしの心には、甘くとろりと響く。
せんぱいが、そう言っている時、どかどかっと2人、乗り込んできた。副将達だ。
「2号車も全員揃ったぞ」
その声に、せんぱいはうなずいた。
更に副監督も乗り込んで来た。
ん?
一番前の席は、2つしか空いてないのに。
どこに? と思って見ていたら、副将達は、どんどんこちらに歩いて来て。
あれれ? と思う間に1番後ろまでやって来て。
そして、あたしの座る最後列、空いてる右の窓際に、どさっと座った。
ここに座るの?
続いて、もう1人の副将も詰めて座り。
最後に、あらわれたそのひとを、あたしは、ばかみたいに見上げてしまった。
いつの間にか、肩にデサントのウィンドブレーカーをひっかけていたその人は、どかっと真ん中の席、つまりあたしの横に腰を下ろして、トミーヒルフィガーのミニダッフルバッグを床にとん、と置いた。
ブルー地で、ネイビーのアクセントが入ってる。持ち手もネイビーで、とてもかわいいデザインのバッグ。
そして、ウィンドブレーカーを、脱ぎ、シートの背もたれに掛けた。
あたしは、目を真ん丸にして、そのひとを見た。
まさか隣同士!?
せんぱいは、あたしの視線に気付かないのか、平然と、体を折って下に置いたバッグをごそごそやり始めた。
前を見ると、運転手さんの真後ろの席では、副監督が、荷物を片付けて座る場所を作っている。
びっくりし過ぎてテンポ遅れで、あたしは心臓がひっくり返りそうになった。
なななんですか?
もう一度、隣のひとを見た。
そのひとは、バッグからエビアンの500ミリペットボトルを取り出して、ごくごくと飲んでいる。
な! な! な!
上を向いた首のラインが、すんなりと伸びていて、とてもきれいだった。
男の人らしさを強調する、喉仏が、力強く躍動していた。すっごく、すっごくかっこよくて、こっそりのつもりのちら見なのに、目が離せなくなりそうになる。
ど、ど、ど、どきどきしてる場合ですか。
あたしは、挙動不審。
ペットボトルを半分くらいまで飲み終えると、せんぱいは、きゅっとフタをして。それから、ふいにあたしの方を見てきたので、あたしは、こちんと固まった。
え?
切なげな風情と、熱を帯びた愛おしげな視線を向けてきて、あたしはますます硬直する。
せんぱいが、じっと見つめ、逸らさないから、あたしもその引力に抗えない。
そんなに見られたら!
耳や顔が、一気に熱くなった。
あたしは、いっぱいいっぱいで。
みんなに、ばれちゃう。やだ。
でも、せんぱいの愛おしげまなざしは、あたしを絡めとったまま。
もうっ、もう、あたしは息も出来ないで。
降参っていうか。大混乱。今、なんでこんなことになってるんだっけ! えと、ここ、バスの中じゃなかったっけ。
すると、おもむろに、あたしにペットボトルを見せてきた。
ちょっとだけ首をかしげて、あたしを覗き込む。
「これ、置かせて? 」
少し低い声でそう言うと、固まってるあたしを余所に、あたしの目の前のシートの網の中につっこんだ。
振り返ったせんぱいは、口の端を上げ、おかしそうに笑いをこらえていた。
いじわる。
いじわる!
今のって、みんなからは、ただペットボトルを置いてもいいか、聞いてるようにしか見えなかったはず。
せんぱいは、何事もなかったかのように、体を戻して、背もたれに寄りかかった。
しれっとしている。でも、どこか楽しそうにも見える。
部のみんなもいるのに、あんな、至近距離で、急に真剣な顔で見つめられたら、パニックになっちゃうに決まってるよ。
もう!
誘惑しないでよ……。
あたしは、気を落ち着かせようと思って、座り直し、ピンクのプリーツスカートを直した。
あたしの隣は、これから8時間、せんぱいってことなんだね。
あたしはいつも、いいように翻弄されるばっかり。
前言撤回!
離れてた方がよかったよ。
隣にこんなひとがいたんじゃ、長野まで心臓がいくつあっても足りないもん。
バスは、いつの間にか走り出していた。