Life【霊のリストラ】
鈴木伸太郎は「何か良い事ないかなぁ〜」と呟いた。伸太郎は25歳の時に妻の直子と出会い、27歳で結婚をし2人の子供に恵まれた。決して裕福とは言えないが42歳になる現在まで、妻や現在の生活にこれと言った不満が有る訳では無いのだが、平日は朝起きて会社に行き、帰って寝るの繰り返し、休日は裕福では無いので家族でスーパーへ買い物に行くか、家でゴロゴロして過ごすといった生活だった。そんな伸太郎にとって、何時しか「何か良い事ないかなぁ〜」が口癖になっていた。
とある休日、伸太郎が録画した番組を観ながらスマホでツムツムをしていると、かなり順調で残り15秒を残した時点で3百万点を突破していた。 伸太郎は「このまま行けば自己ベスト更新だ」と思った瞬間、突然画面が固まった。スマホの画面にはツムツムが途中のまま、やり直すか継続するかを選択する表示が出ていた。伸太郎は「このタイミングでメールかよ! 自己ベスト更新出来ると思ったのに」と言って継続するを選択すると、とりあえずツムツムを終わらせた。
伸太郎はアプリを終了し「何のメールだよ! またファミレスの広告か!?」と思いながらメールを確認した。すると「アンケートにご協力ください」との件名で、本文を見ると「人生をやり直したいと思いますか?」とあった。今の生活を退屈に感じていた伸太郎は「やり直せるならやり直したいに決まってるじゃん」と思った。メールの続きを読むと「先着100名様に人生をやり直すチャンス!」とあり、伸太郎は「フィッシングメールか?」と思いつつ続きを読む。続きには「※ お一人様3回までとさせて頂きます。4回目からは対価が必要になります」とあった。
普段ならこういったメールはスルーして直ぐにゴミ箱に棄てるのだが「もし本当にやり直せるなら!」という欲求と「どんな形で? ゲームか何かか?」といった興味に伸太郎は負けてしまった。伸太郎は「ゲームでも3回で止めれば良いのだし」と思い、恐らくショートカットと思われる青色に反転している「Yes」の文字に指を乗せてしまった。次の瞬間、伸太郎は教会で牧師の前に立っていた。伸太郎の隣りには直子では無く、身長は160㎝程度の細身で少し日焼けした健康的な女性だった。伸太郎にとっては初対面のはずが、その女性は美由紀と言う名前で、出会いからプロポーズした時までの記憶が鮮明に頭に浮かんだ。伸太郎は直ぐに「そうだ、俺は美由紀と結婚するんだ」と理解した。
暫くは美由紀との順調な結婚生活が続いた。ある日、伸太郎が美由紀の外出中に爪切りを探していると、テレビ台の引出しにあった郵便物の束を見つけた。何気なく郵便物を見ると、それは全て借金の督促状だった。伸太郎は美由紀が帰宅するや否や「何なんだこれは!」と美由紀を問い詰めた。美由紀は「パチンコの負けを取り戻そうと思って……」と言った。伸太郎が「いったい借金は全部でいくら有るんだ!?」と言うと、美由紀は「500万くらい……」と言った。美由紀が「もうパチンコしないから……」と泣いて謝るので、伸太郎は「もう二度とするなよ!」と美由紀を許し、結婚前から貯めていた金と足りない分は親などから借りて美由紀の借金を精算した。
しかし、暫くすると金融業者からの取り立ての電話が掛かって来た。美由紀はパチンコを辞められず、また借金を繰り返したのだった。取り立ては自宅だけでなく、伸太郎の会社にも来る様になった。伸太郎は自己破産に追い込まれ「こんなはずじゃ……」と頭を抱えた。そして心の底から「もう一度人生をやり直したい!」と願うのだった。
気がつくと、伸太郎はまた教会で牧師の前に立っていた。伸太郎の隣りには美由紀よりも10㎝ほど背が低く、色白で少しぽっちゃりした女性が立っていた。またしても伸太郎の脳裏に隣りに立つ女性、恵美との記憶が鮮明に映し出された。伸太郎と恵美は誓いのキスをし、皆に祝福され幸せな披露宴だった。その後の二次会でも、回りに囃し立てられ皆の前でキスさせられたり楽しい時間を過ごした。
二次会も終わり、友人に「明日からロスだっけ? 新婚旅行楽しんで来てね」とか「ユニバーサルスタジオとディズニーか、羨ましいな〜」とか「ラスベガス私も行きたいな〜」などと声を掛けられ、恵美は「お土産買って来るね〜」と言って参加してくれた友達を笑顔で見送った。伸太郎と恵美はそれからホテルに泊まり、翌日アメリカへと新婚旅行に旅立った。
ロスアンゼルスに到着すると、ホテルにとりあえずチェックインして、直ぐさまユニバーサルスタジオに出掛けた。翌日はディズニーへ行き、その翌日はラスベガスへと移動してショッピングをし、夕食はマジックショーを見せてくれる店で、仔羊の香草焼きやサメのステーキ等を堪能しながらテーブルマジックを見て楽しんでいた。伸太郎はマジックを見た後に「この後カジノに行ってみない?」と恵美に持ちかけた。恵美は「トランプのマジック見てたら行きたくなっちゃった?」と言って笑った。伸太郎が「カジノって行った事無いし、こんな時くらいしか行くチャンス無いじゃん」と言うと、恵美は「お土産も買わなきゃいけないし、お金がもったいないよ〜」と言った。伸太郎は諦めきれず「日本に帰ったら節約するからお願い」と言うと、恵美は「新婚旅行だし、思いっきり楽しみますか、お土産話しにもなるし」と言った。
伸太郎と恵美はカジノに着いたものの何をするか迷っていた。伸太郎か「トランプはやらない方が良いよな……」と言うと、恵美も「そうだね、さっきのマジシャンみたいな人が居たら騙されそうだし……」と言った。恵美が「ルーレットは?」と言うと、伸太郎は「ルールとか知ってる?」と聞き返した。恵美は「やった事無いし知らないよ〜」と言うと、伸太郎も「俺も分からない……」と言った。恵美が「じゃぁ〜 あれしか無いよね」と言ってスロットを指差した。伸太郎が「スロットなら日本のパチンコ屋でも……」と言うと、恵美が「じゃぁ〜帰る?」と言った。伸太郎が「折角来たんだし、少しだけスロットやって帰ろうか」と言うと、恵美は「うん、ちょっとだけね」と言った。
2人はスロットが有る方へと歩き出し、恵美が「どれが良いと思う?」と言うと、伸太郎は「あそこが良いんじゃない? 2つ並んで空いてるし」と言って指差した。2人は並んでスロットの前に座り、恵美が「コインを入れて、このレバー引けば良いんだよね?」と言った。伸太郎は「それで何か図柄が揃えば良いんじゃん」と答えた。伸太郎は「とりあえずやってみよう」と言って、恵美の前にあるスロットと、自分の前にあるスロットにコインを入れた。伸太郎が「それじゃ!」と言ってレバーを引いてみるが何も揃わなかった。恵美が「じゃぁ私も!」と言ってレバーを引くが駄目だった。恵美は「そんな簡単に揃う訳ないか」と言うと、伸太郎は「まだ分からないよ、ビギナーズラックがあるかもよ」と言った。
それから2人は何回か挑戦してみたものの何も揃わなかった。コインも少なくなり、恵美が「これで終わりにしよ!」と言った。伸太郎は「カジノの雰囲気だけは味わえたし帰るか」と言いながらスロットにコインを入れた。伸太郎はレバーを引きながら「これじゃ土産話しにもならないなぁ〜」と恵美に話し掛けていると顔の右側で激しく赤い光りがチカチカし始めた。するとスロットの下から凄い勢いでコインが出始め、恵美がスロットを指差し「何か揃ってる!」と言った。光りに気付き周りが騒つくと、黒人さんがコインを入れる箱を持ってる来てくれた。
2人は注目をは浴びながら、黒人さんから受けとった箱にコインを詰め込むと換金所へと向かった。恵美が「これって幾ら位あるのかな?」と言うと、伸太郎は「さぁ〜 見当も付かないね」と言った。伸太郎が換金所でコインを差し出すと、交換に100ドル紙幣の束が5つ差し出された。伸太郎はそれを受け取り、恵美に「とりあえず持ってて」と言った。恵美はそれを伸太郎から受け取ると、持っていたバッグにしまった。2人はカジノの出口へと歩きながら、恵美が「幾らあるのかな?」と言った。伸太郎は「数えてみないと分からないけど、100ドル札だったね」と興奮しながら言った。恵美が「1束が100枚だとすると、それが5束で……」と言うと、伸太郎は「あれが全部100ドル札なら5〜 600万あるかも!」と言った。恵美が「結婚式の費用とこの旅行の費用引いてもお釣りが来るね」と嬉しそうに言った。伸太郎は「美由紀の借金返済に使った金が返って来た……」などと考えながら、恵美に「とりあえずホテルに帰って祝杯しよう」と言った。
伸太郎は「人生やり直せて良かった」と幸せを噛み締めながら恵美とタクシーを止めようと街角に立っていると、黒人2人がカジノの方向から歩いて来た。黒人の1人が煙草を咥えながら、伸太郎に「ライターを持ってたら貸してくれないか?」と言って伸太郎に近づいて来た。伸太郎が「ライターは持っていない」と答えると、黒人はポケットから拳銃を取り出し伸太郎へ銃口を向け「金を出せ!」と言った。伸太郎が慌てて胸ポケットから財布を出そうとすると、黒人は伸太郎が拳銃を出すと勘違いして拳銃を撃った。頭から血を流す伸太郎を見た恵美は「誰か! 誰か助けて!」と叫んだ。すると黒人は恵美を黙らせようと、今度は恵美に向けて発泡した。この事件で恵美は死亡、伸太郎は一命を取り留めたが全身に麻痺が残った。意識を取り戻した伸太郎はそれを知ると「あんなに幸せだったのに、こんな事になるなんて…… もう一度人生を……」と思った。
気がつくと伸太郎は、またまた教会に居た。伸太郎は牧師を見て「また人生をやり直せるんだ」とほっとした。伸太郎が「今度はどんな女性と……」と思いながら新婦に目をやると、そこにはスラッとしたモデルと言われても納得のいく様な美女が立っていた。伸太郎に微笑みかける新婦の顔を見た瞬間、またしても新婦の愛梨との出会いからの記憶が脳裏に流れ込んで来た。
伸太郎と愛梨は幸せな結婚生活を送り1年が経過した。仕事中に携帯が鳴り、伸太郎が携帯を見ると愛梨からのメールだった。愛梨からのメールには「今日は結婚記念日だから早く帰って来てね」とあった。伸太郎は愛梨からのメールを見て幸せを実感した。仕事を終えた伸太郎は、自宅に帰り玄関で、帰宅途中で買って来た花束を愛梨に渡した。愛梨は「ありがとう、今日は伸ちゃんの好きな物いっぱい作ったんだよ」と言った。リビングへ行くとテーブルの上には伸太郎の好きな料理が並べられ、キャンドル等で装飾されていた。伸太郎はそれを見て「美味そう! とりあえず着替えて来るね」と言った。着替えを済ませリビングへ行くと、愛梨が「早く座って、座って!」と言った。伸太郎は「凄いご馳走だね」と言いながら椅子に腰掛けた。
愛梨は「これだけじゃないんだよ」と言って、キッチンからシャンパンを持って来た。愛梨は「今日は特別な日だから一緒に飲もう」と言ってシャンパンを開けた。伸太郎が「俺は飲めないから……」と言うと、愛梨は「今日くらい良いじゃん、明日は休みだし伸ちゃんが酔っ払っても私が介抱してあげるから」と言ってグラスにシャンパンを注いだ。乾杯したグラスが空きそうになると、愛梨は「もう少し付き合って」と言ってグラスにシャンパンを足し、伸太郎は1時間もしないうちに記憶を失った。
伸太郎は何故か息苦しくなり、気がつくとそこは海の中だった。愛梨は伸太郎に多額の生命保険を掛け、契約条件が成立するのを待って犯行に及んだのだった。伸太郎は冷たい海に沈みながら「こんな人生…… もう一度、もう一度だけ人生をやり直したい」と願った。すると頭の中で「やり直すには、それ相応の対価が必要ですが、それでも構いませんか?」と声がした。伸太郎は「やり直せるなら、それでも構わない!」と言った。
伸太郎は次に気がつくと、テレビの前で横になっていた。伸太郎は「今度は教会じゃないのか……」と考えていると「そろそろご飯だって」と息子が呼びに来た。伸太郎は「いつの間に寝てしまったんだ? それにしても嫌な夢だったな……」と思った。その日から伸太郎は「平凡が一番」と思い、毎日を過ごした。
やがて月日が流れて、伸太郎は72歳を過ぎたころ、心筋梗塞で此の世を去る。伸太郎の霊は天国に行くか地獄に行くか、次に転生する時期を査定する場所へと送られて行った。そこには人の身体に山羊の頭をした者がいて「名前は?」と伸太郎に言った。伸太郎は「鈴木伸太郎です」と答えると、山羊の頭をした者はパソコンの様な物を操作して「可哀想に……」と言った。伸太郎が「地獄行きですか?」と恐る恐る聞くと、山羊の頭をした者は「本来なら天国なんだが、人生を4回やり直してしまいましたね」と言った。伸太郎が「あれは夢じゃ…… 4回やり直しすとどうなるんですか?」と聞くと、山羊の頭をした者は「どちらに行く事も転生する事無く消滅します」と言った。伸太郎が「そんな……」と言うと、山羊の頭をした者が「次は楽しい人生が待ってたはずなのに……」と言った。そして近くにあったテレビの様な物を見ると「このシステムで閻魔賞を受賞した発案者のインタビューをやってる」と言って指差した。
伸太郎がテレビの様な物に目をやると、インタビューアーが「ルシファー様は閻魔賞を受賞されるまで苦労されたとの事ですが」と言った。受賞者のルシファーが「大天使ミカエルの兄弟である私がゼウスの機嫌を損ね地獄に回された時はどうなるかと思ったが」と言うと、インタビューアーは「何故また地獄に?」と聞いた。ルシファーは「人間の信仰を集めるのが仕事の神が、ゼウスの機嫌を損ねたばかりに神への信仰の薄い日本の担当にされ、業績が悪いとの理由で」と言った。インタビュアーが「地獄での生活は如何でしたか?」と聞くと、ルシファーは「人間界では犯罪が横行し毎年地獄へ回される人の数は鰻登り、労働条件は過酷になる一方で……」と言った。インタビューが「大変苦労されて来たんですね」と言うと、ルシファーは「増え過ぎた人間の霊を減らせたらと考えたのが、このシステムです」と自慢気に言った。インタビュアーは「これで地獄の労働環境も改善されましたからね」と言った。