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朧夜に蛍火を  作者: 廿楽 亜久


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6/6

蚊帳丿外

 その町は小さな町だった。商売で成り立っているというよりも、農業で自給自足しているような町。


「おや、旅人さんかい?」

「はい。こんにちは。この町に宿はありますか?」

「悪いけど、小さな町でね。宿はないんだよ。でも、町長の屋敷なら部屋は余ってるんじゃないかねぇ? 空いてないって言われたら、うちにおいで。子供二人分の寝る場所だけならあるから」

「ありがとうございます」


 その町長について聞いてみれば、この町を収めている人の屋敷らしく、この農地ばかりの町の中で最も大きく立派な屋敷だからすぐわかると言われた。

 それどころか、ほとんど町の端ともいえる、ここからでも見える。


「ずいぶん差があるわね」

「まぁね。でも、町長がいなけりゃ、今頃、ここは別の町か物怪に襲われたんだ」

「どういうことですか?」


 数珠丸が不思議そうに聞けば、農夫は困ったように唸ると、


「私もよくわからないんだけどね、なんでも協定を結んだって話でね。ここは作物はよく取れる。だから、それを渡して、私らは守ってもらうだの、って。難しいことは私らにはわからないことでね」

「あぁ……なるほど」

「兄ちゃん、わかるのかい?」

「前に訪れた場所で、似たようなことをしていた場所がありましたから」

「ほぉ……やっぱり、町長はすごい人なんだね」


 農夫に礼を言って、町長のいるという屋敷に向かう。人もところどころにいるものの、圧倒的に畑の方が大きく、人々も遠目に二人を見つめるだけだった。


「言わなくてよかったの?」

「何が?」

「食べ物を生産するだけの戦えないロボットなんて、すぐに征服しておしまいよって、教えてあげなくて」

「その町長さんが敏腕かもしれないでしょ? 戦わなくていいなら、それが一番。それに……」

「刀のあなたに言われるなんてね」


 笑う小夜に、数珠丸はため息をつきながら、


「そこまで言う必要はない」


 その言葉には、小夜は少しだけつまらなさそうに目を向けただけ。

 屋敷についてみれば、町長は驚いたように二人を見つめると、笑みを浮かべた。


「ようこそいらっしゃいました。なにもおもてなしはできませんが、食べ物だけはたくさんありますから、どうぞたくさん食べていってください」

「ありがとうございます」

「いえいえ。申し訳ありませんが、部屋は一つしか空きがなく、ご一緒でよろしいでしょうか?」

「泊めていただけるだけで十分です」


 案内された部屋は、本来一人用の部屋らしく、ベッドは一つだけ。そのひとつのベッドに迷わず座った小夜は、一応部屋を確認している数珠丸の方に目をやりながら、ベッドに転がる。


「監視カメラとかトラップでもあるかしら?」

「あったら困るでしょ? ……正直、うさんくさい人だったし」


 意外な言葉に小夜は目を見開いて、起き上がった。


「アンタが人疑うなんて珍しい……明日は槍でも降るの?」


 数珠丸は、人をあまり疑わない。だが、絶対に疑わないわけではない。


「さすがに、あからさまだよ……」


 明らかに小夜と自分を見てから、態度が変わった。


「アンタに疑われるような人間ってことは、この町の人はアンタ以上にお人好しってわけね」


 心底楽しそうに笑いながら横になる、小夜に数珠丸はまたため息をこぼした。突然襲うにしても、この屋敷にいる人は、多くても十人いないだろう。しかも、そのうちの半数近くが女。

 子供と青年、二人だとしても旅を無事にできていると考えれば、ただ襲ってくるようなことはないだろう。だとするなら、あるのはひとつ。


「って、なんで小夜が一番のんびりしてるの!?」

「あーらー? ふかふかのベッドなんて、ひさしぶりなんだから、いいでしょー?」


 そのひとつ、食事に何かを混ぜられる。毒物か、睡眠薬かまではわからないものの、どちらにしろそれで倒れるのは、小夜だけだ。数珠丸は人の姿をしているとはいえ、元は刀。

 毒なんて物、なんの意味もない。むしろ食べ物すら必要としない体だ。


「食べ物を分けてもらうにしても、ここからもらった食べ物じゃなぁ……小夜。少し出かけてくるけど、一緒に行く?」


 先程の農夫であれば、分けてくれるだろう。テキトウに理由を付けて、分けてもらおう。

 一応、小夜にも聞けば、すぐに断られた。


「大丈夫よ。変なことされそうになっても、百八(ひゃくはち)がいるから」

「僕としてはそっちの方が心配なんだけど……」


 帰ってきたら、屋敷が血の海となっていたなんて、勘弁して欲しい。


「じゃあ、ちょっと出かけてくるけど、おとなしくしてるんだよ?」


 ドアの閉まる音が響く。ぐるりと寝返りを打って、仰向けになれば、小夜は大きく息を吐き出した。

 体が埋まるような柔らかな布団。静かな部屋。


「……」


 ゆっくりと目を開けると、小夜は体を起こした。


「こんにちは」

「!! こ、こんにちは。お嬢さん」


 広間を掃除していた、中年の女に声をかければ、驚いたように女は振り返る。


「なにかご用?」

「暇だから、少し見てただけよ。ずいぶん欲まみれの屋敷だから、あいつが潜んでるかと思って」

「? ごめんなさい。なんのことだか、私にはさっぱり……」

「わかると思ってないから、気にしないで。それより、あなたは他の使用人と服が違うのね」


 他の使用人らしき人とは、違い女の服は質の良さそうなものだ。それに、女の中では一番年上そうだ。


「それに、ここはずいぶん若い女の人が多いし、町長の趣味?」

「探偵ごっこなら、他所でやってもらえるかしら?」

「あら、ごめんなさい。気に障ったかしら? じゃあ、他所でやることにするわ」


 小夜は微笑んで、部屋を出ていくと、暗がりに向かう。そこには、一人、使用人の女が座り込んでいた。


「生きてる?」

「へ!? わ、私ですか!?」

「そう。あなたよ。あなた。そんな暗いところで、ナメクジ探し?」

「そ、そんなことしてません!」


 立ち上がった女は、その特徴的な容姿にひと目で客人の一人だと気がつき、慌てて周りを見た。

 誰もいないことを確認すると、小夜を近くにあった部屋に連れていくと、扉を閉める。部屋には、ベッドによろい窓、小さな棚。シンプルな部屋だ。


「……あらまぁ。ここがお楽しみ部屋ってわけね」

「! や、やっぱり、旅ってそういうことも、あるんですか……?」

「力がなければ、それにお人好しも、すぐに食べられちゃうんじゃない?」


 小夜の言葉に、顔を青くした女だったが、スカートの裾を強くつかむと、小夜を見つめる。

 その目に、怯えはあるものの、確かな強さはあった。小夜は、ベッドの端に腰を下ろすと、微笑んだ。


「話を聞いてあげる。言ってみなさい」



***



 数珠丸が、保存食をいくつか手に持ちながら、屋敷に戻ろうとすれば、小夜ともう一人若い女性が向かいから歩いてきた。


「小夜? どうしたの?」

「食べ物はもらえたの?」

「あ、うん。もらえたよ」


 忙しなく小夜とその少女を交互に見やるが、少女も困ったように小夜を見ては、数珠丸を見ているだけ。二人に見られている小夜はというと、気にした様子もなく、町の外に足を向けた。


「じゃあ、もうここには用はないから、いくわよ」

「え!? ちょ、ちょっと待って!?」

「何よ。あんな食事すら気が抜けない場所より、野宿の方がマシでしょ?」

「そ、それはそうかもしれないけど!」


 そこじゃない。チラリと少女を見やれば、少女と目が合う。今初めて会った者同士だが、なんとなく相手のいわんとしていることはわかる。


「あの欲まみれの屋敷にあいつが湧いてないかとか思ったのに、あてが外れたわ。ただの生殖本能に従順な奴がいただけだったわ。あいつも関わってないし、亡者もいないし、やることもない。長居は無用よ」

「小夜!」


 数珠丸が強く遮えれば、ようやく小夜はめんどくさそうに数珠丸の方へ目を向けた。


「疑問はなかった?」


 歩きだしてしまう小夜に、二人は慌てて追いかけていく。


「この町に若い人はいた?」


 思い出してみるが、子供は数人見かけたが、数珠丸と同じような若い人は、それこそ屋敷以外で見かけていない。

 脳裏に浮かんだ想像に、寒気が走り、隣の少女を見た。少女はただうつむき、小夜たちから離れないように歩き続けるだけ。


「……」


 若い人を、別の町に売っているのだ。容姿が良ければ、金のある場所へ引き取られ、そうでないなら労働力に。そして、ここは働き手としては使えないと判断された人たちが、農業で食べ物を生産する。

 もちろん、それも一種の平和の勝ち取り方と言われれば、そうだろうが、あまり良いものとは思えなかった。


「私は好きよ? とっても人間らしいもの」

「人間らしい、ね……」


 赤い目の少女がこちらを不満げな目で、足を止めて見つめていた。


「なに? その私が完全悪役みたいと思ってる目は」

「だ、だって、本当なんだもん……」

「欲まみれで結構。欲がない人間なんて、ただの仏か人形よ」


 小夜の赤い目が、数珠丸の隣の少女に向けられる。


「だから、あなたを手伝うのよ」


 近くの町へは、少女が道を知っていた。歩きでは、一日かかるものの、それほど遠い場所ではない。

 すっかり日も落ち、辺りを照らすのは、たき火だけになる。


「とりあえず、一緒に町まで行くってことだよね?」

「そう。あとは知らない。その町でどうなろうと知ったこっちゃないわ」

「小夜……」

「あ、い、いいんです! 私一人じゃ、あの屋敷から逃げ出すことすら、できなかったかもしれないわけですし……町につけば、なんだってできると思うんですよ」


 おにぎりを食べている小夜は、別に何を言うわけでもなく、ただ腹を満たしていた。

 初めて故郷を出た。逃げ出したかったのは事実だ。だけど、いざ出てきて、心を埋め尽くすのは恐怖。


(もう、帰れないんだ……)


 拠り所はどこにもない。真っ暗で、泣いてしまいそうだ。故郷を出た初めての夜は、とても寒くて寂しい夜だった。


「約束はここまでね。あとは、好きに生きなさい」

「……うん。ありがとう」


 そのやわらかい笑みに、小夜も少し目を見開いて固まる。


「もう、がんばって生きるしかないんだって思ったら、楽になりました。それに、ここは寂しくはない場所ですから」

「吹っ切れたってことかな」

「……一種の諦めね」

「小夜ってば……」

「別に嫌いじゃないわよ。愚直で素敵」


 数珠丸が彼女に謝るものの、彼女も困ったように小夜を見るだけだった。



***



 使用人の娘が一人が逃げた。それどころか、容姿のいい旅人二人すら、罠を仕掛ける前に逃げられた。おそらく、逃げた娘がここで若者を別の町へ売っていることをバラシたのだろう。

 あの娘も、もう直出荷だった。そのための教育も施していた。


「お前の失態だ! この役たたずが!」


 ただでさえ、この小さな町に新たな子供が産まれることは少ない。人を売るのも、そろそろ限界だ。


「奥様……?」


 逃げなかった使用人の一人が、怯えた目で私を見つめる。この子にとって、私たちは恐怖でしかないのだろう。あの男のように、いっそ手を挙げてしまえばラクかもしれない。


「……一人にして」


 屋敷の裏の、人気のない場所で積み上がった塀ブロックに腰をおろせば、近づいてくる足音。

 視界に写り込んできたのは、小さな足。


「こんにちは」


 顔を上げれば、いたのは白い髪と赤い目の少女。


「ひとりぼっちで惨めね」


 赤い目を褒めて嗤う少女に、女はなにも言葉を発せなかった。少女は、女の隣に座る。


「悦すら恵んでもらえなくて、苦以外なにも、だれも降ってこない。だっていうのに、あなたは何も感じないの? 仏様かなにかかしら? ひとつたりとも欲はないの――」

「うるさい!!」


 立ち上がって怒鳴った女は、楽しげに嗤う少女を睨みつける。


「好き勝手言って、私のこと、何も知らないくせに!!」

「あなただって私のこと知らないんだから、おあいこじゃない」


 そんな飄々とした態度に、女は顔を歪めるが、白い髪の少女はただ話し続ける。


「人間同士でわからないなんて当たり前だし、秘密は女のアクセサリーなんていうくらいなんだし、知らなくてもいいじゃない。

 それとも、貴方は全部無くして裸になって、みんなに理解してほしいの?」


 それならそれで、いいわね。なんて、微笑む少女が歪む。


「残念だけど、理解したところで返ってくる言葉は、あなたが望む言葉なんかじゃないわよ」


 みんな、肉が欲しいんだから。貪り食われて、捨てられるだけよ。と、少女は嗤った。

 視界が歪んで、言葉が頭の中を駆け回って、ぐちゃぐちゃになる。


「なによ……全部私が悪いって言うんでしょ? 私にやれっていって、私が悪いって!! 私は奴隷だものね! あなたたちみたいな奴らに使われて、死んでいくのよ!」


 歪んだ文字が駆け巡って、自分が何を音にしているかも、理解ができない。


「そうね。理解してるなら、奴隷らしく黙ってなさい」


 ただ目の前の笑みと言葉だけが、はっきりと理解できる。


「くだらなくて、こうして付き合うのもめんどう。気が済んだら、消えてちょうだい」


 ぐるぐると言葉と感情が入り乱れる中、ただひとつ、この笑みの恐怖を排除しようと、体が動いた。

 しかし、振り上げられた腕は一向に降りおろされなかった。その様子に、おかしそうに嗤う少女。


「いい子。いい子。聡明で、優しくて、臆病なのね。それを振り下ろしたら、人間らしくて好きだったのに」


 塀から降りると、作った笑顔で女に振り返る。


「人間は好きよ。だから、力を貸してあげるけど、道具はダァメ。バイバイ。お人形さん」


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