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朧夜に蛍火を  作者: 廿楽 亜久


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猫丿家

「頭痛い、気持ち悪い。これだから、肉の器は……」


 元々が白いからか、こうして風邪をひくと小夜は、リンゴのように赤くなる。


「でも、野宿にならなくてよかったじゃない」


 体があるからこそ、力を使えば疲れるし、お腹も減る。その感覚は数珠丸には小夜を通して微かに感じることしかできないが、あって悪いものとも思えない。

 とはいえ、そんなことをはっきりと小夜に言ってしまえば、イヤミのひとつは言われるから、黙ってその言葉は飲み込んだ。

 小夜は子供だからか、時々体調を崩すことがある。近くの町で宿を取れれば一番いいのだが、白い髪と赤い目という容姿を快く思わない人からは、例え風邪を引いていようが関係ない。

 その点、今回はこの小さな屋敷の老人が快く泊めてくれたのは、ラッキーだった。


「調子はどうですか?薬、持ってきました」


 襖を開けて、薬を持ってきてくれたのは、老人の孫である少女。


「すみません。なにからなにまで……何か、僕にお手伝いできることがあれば手伝います」

「そんな気にしなくても……あ、でも、それでしたら一つ」


 頼まれたのは、荷物運びだった。裏の山小屋から薪を持ってきてくれというものだ。小夜にちゃんと寝ているように言うと、子供扱いするなという視線を送られ、逃げるように言われた山小屋へ向かった。

 残された小夜は、長いため息をついて、薬と水を持ってきた顔を布で隠している少女を見つめる。布に一つ目を模した模様が描かれた少女は、不思議そうに首をかしげていた。


「あなたたち、いつもこうなの?」

「こう、とは?」

「得体のしれない奴らを、簡単に家に上がり込ませるってこと。狐や狸に狙われてしょうがないでしょ」


 そういえば、少女は笑って持っていたお盆を小夜の傍らに置いた。


「お爺様が危険でないというなら、きっとあなたがたは危険ではないのでしょう。私はまだ、修行の身ですから、お爺様の目を信じる他ありません」

「つまり、あなたには、私は人間ではないように見えてるわけね」

「えぇ。声は形は私よりも幼いようですが、私には何百年と生きている妖怪と見分けが付きません」


 微笑みを絶やさず、はっきりといいきった少女に小夜は目を見開くと、笑った。


「でも、妖怪だろうとなんだろうと、子供が苦しむのは見たくないそうです」


 優しい方ですから。と、付け加えられた言葉に、小夜は興味なさそうに相槌を打った。



***



 薪を抱えて戻ってきた数珠丸は、それを蔵にしまうと、2人を泊めてくれた老人が立っていた。


「ご苦労さま」

「いえ。他に何か手伝えることはありませんか?」


 そういえば、老人は朗らかに笑い、


「働き者だね。君は。では、町で買い物を頼めるかな?陽が傾く前に、必ず戻ってきてください。夜の山道は危険だからね」


 買い物のメモと金を受け取ると、足早に門から外に出た。その時、ふと視界に隅に何かが過ぎった。しかし、天魔ではないし、心配するようなものではないようだ。


「ネコ……?」


 その姿は、ただの山猫のように見えた。

 近くの町は小さくはあったが、それほど貧しいわけでもなく、食べ物に困っている様子はない。余所者にでも売る分はあるようだ。数珠丸が買い物をしていると見ない顔だからか、色々と話を聞かれた。


「そりゃ、災難だったねぇ。妹さんは平気かい?」


 気前のいいおばさんは、心配そうに頬に手をやるが、額には不思議そうにシワが寄っていた。


「でも、町外れの屋敷なんて、あったかねぇ」

「結構、山深くですから、僕たちもたまたま見つけたくらいで」


 山道ではあるが、道はつながっていたはずだ。近くに住んでいれば、山菜を取る時にでも見つけそうな場所だが、位置が悪いのか誰も知らないらしい。


「ふーん……まぁ、アンタも食べ盛りだろ?野菜はおまけしておくから、妹さんだけじゃなくて、アンタもちゃんと食べな」

「ありがとうございます」


 気前のいいおばさんが玉ねぎをもう一つ袋に入れてくれた。すると、後ろで何か思い出したように手を打ち、声を上げたおじさんに、2人で目を向ければ、おじさんも驚いたように2人を見つめ返した。


「屋敷は知らねぇが、あの山は化け猫が出るって話だ。まぁ、本当か嘘かはわかんねぇが、気をつけろよ。しっぽが2つに分かれてて、普通のネコよりも何倍もでかいらしい。家くらいの大きさだったかなぁ」


 猫といえば、先程見かけたものの、大きさもそれほど大きくなかったし、しっぽも1つだったはずだ。そもそも、家ほどの大きさのネコなら、簡単にどこにいるか分かりそうだ。

 だが、その手の話となれば放ってはおけない。小夜に報告だけはしておこうと、おじさんたちに礼を言って帰路についた。その時、少しだけ辺りを警戒してみて見てみたものの、先程の山猫も含めて、動物の気配はなかった。

 屋敷について、早速、小夜に言っておくかと襖を開ければ、小夜は小さな寝息を立てて眠っていた。起こすのは忍びないかと、様子だけ見ようと顔を覗かせれば、布団の合間に見える影が蠢いていた。


「……」


 いつものことながら、不意を突かれると悲鳴を上げそうになる。

 上がりそうになった情けない声をしっかりと飲み込んでから、その影に数珠丸が手招きをすると、その影は這い出て、畳の上で小さな塊となって現れた。


「起きたらでいいから、小夜に伝えて欲しいことがあるんだ」


 数珠丸が小声で言うと、その影は表面を波紋のように波立たせると、半分溶けかけた耳を外に出した。黒い何かに人間の耳だけがくっついているような状態など、正直怖い以外のなにものでもないが、目や口に比べればマシかと、先程の化け猫の話を耳だけのそれに聞かせる。



***


 

 誰もが寝静まった夜。月明かりもなく、暗い屋敷を大きな影が走り回る。大きな影はある部屋まで来ると、襖に張られた結界越しに、問いかけた。


「喰らいニ来タ」


 襖の向こうで、怯える反応をした者と、なんの反応も起こさなかった者がいる。


「今宵の供物ヲ差し出セ」


 呻くような声に中にいた少女は、自分の前に座る祖父の方を怯えた目で見つめる。祖父は依然として、祭壇の前で結界を強く張っているだけだ。


「お爺様……」

「返事をするな。返事をすれば、結界が破られる」


 今にも泣き出しそうな少女に、老人は眉を下げた。


「……あの子達には悪いことをしたな」

「あの子達は、人間じゃないんですから」


 襖から大きな音が響く。向こう側にいるヤツが、結界をこじ開けようとしているのだ。少女は必死に目をつぶり、ヤツが諦めるのを必死に待つ。

 あと何度この音に耐えるのだろうかと、また響くであろう音に備えていると、次に聞こえてきた音は、ネコの絶叫だった。


「ぇ……?」


 大きなものが倒れる音がした後、襖はいつものように簡単に開いた。


「だから言ったでしょ?狐とか狸に狙われるって」

「いや、猫だよね?アレ」


 小夜に睨まれ、すぐに謝れば少女も老人も怯え半分に、未だに状況が判断できない様子でその白い少女を見つめていた。少女がようやく我に帰り、廊下をのぞき込めば、口の付いた黒い何かが、その口から毛の生えた細長い何かを生やしながら、小魚でも食べているかのような音を立てている。何を食べているかなど、簡単に想像がついた。

 しかし、救われたとはいえ、その黒い何かから感じるそれは、決して良いものなどではない。憎悪や欲が形を成し、濃く圧縮されたそれに、少女はその場に座り込んでしまった。


「大丈夫。襲ってきませんから」


 数珠丸が安心させるように言うが、それすらも少女には恐ろしく感じた。


「やっぱり、バケモノじゃない……!!」

「初めて会った人を化け猫の餌にしようとする奴らに、そんなこと言われるとは思わなかったわ」

「まぁまぁ……」

「ちゃんと、一晩泊めてもらった恩は返すわよ」


 また赤い顔で、いつもと変わらない様子で老人に目を向けると、老人はゆっくりと目を閉じ、頭を下げた。


「申し訳なかった」

「お爺様……」

「あの、よければ話を聞かせてもらっても」


 突然、狙われたこと以外全く分かっていないこの状況で、数珠丸が聞けば、小夜が一際嫌そうな表情になる。


「辛いなら、小夜は寝てていいよ。というか、寝てなよ。体冷やしちゃダメだし、治らないよ?」

「アンタねぇ……」


 ため息をついて、老人の前に座れば、数珠丸は心配そうに小夜を見るが、こうなってしまっては数珠丸の意見など聞いてもらえない。

 老人もそれを察したのか、全てを話し始めた。


「それは、10年前のことだ。私たちは昔から妖怪たちを祓うことで生活をしていた家系で、元々はこの屋敷にも多くの人がおった。しかし、ここ数十年、異形による事件が多発しているのは知っているだろう」


 世界をこんなことにした張本人を捕まえるために旅にしているので。とは言わずに、頷くだけにすれば、老人も小さく頷く。


「旅をしている君たちならよくわかるだろう。大方、そちらの子が村八分か何かになったのだろう?君のような浮き世離れした容姿を持つと、そういった扱いをされる子が多い。加えて、君たち2人は霊力がある。そういった事件に関わることも多いのだろう。

 我々はそういった事件を解決するため、各地に散らばり、この屋敷には私の家族だけになった」


 そんなある日のこと。少女が屋敷の外で遊んでいると、やせ細ったネコがいた。かわいそうに思った少女は、食べ物をあげようと、ネコを屋敷に入れてしまった。

 家族が気づいた時にはもう遅かった。ネコは次々と少女の両親を襲い、祖父母を襲い、少女を襲おうとしたその時、祖父によって張られた結界が、ようやく化け猫を外に追い出した。

 しかし、化け猫はそれで諦めることはなかった。


『腹が減った。お前たちは必ず喰らう』


 そして、ずっと屋敷の様子をうかがい、結界が廃れてきた頃合を見計らい、新月の夜に現れては、一人、また一人と食らっていった。

 最後に残ったのは、祖父と少女だけだった。そして今夜、飢えた化け猫の腹を満たすために、小夜と数珠丸が選ばれたのだ。


「想像通りのはた迷惑な話ね」

「想像以上に君たちは強かった。あの化け猫を退治してしまうなんて。アレは、君の式か?」

百八ひゃくはちよ。素直で純粋な私のペット」


 地獄の釜で茹でられ、溶かされてなお欲が深すぎて残ってしまった欲の塊。ペットという言葉に、少し疑問はあるようではあるが、それよりも隣で数珠丸が青い顔で小夜の袖を引いていた。


「何」

「あ、あのさぁ……今の話を聞く限り、みんな化け猫に襲われて」

「死んでるわね。あなた以外」


 小夜が目を向けたのは、少女だった。少女も老人もごく当たり前のように、頷き返せば、数珠丸だけが顔から血の気を引かせていた。


「て、てことは……」

「私は言ってしまえば幽霊だな」


 その言葉で、小夜の腕を掴む数珠丸に驚きながら、彼はこの手の話が苦手なのかと小夜に聞けば、心底呆れた様子で


「チョービビり」


 長い間、旅を続けて、しかもこの世に留まろうとする魂を問答無用であの世に送ったり、異形となったもの、地獄から溢れ出した魂なども、あの世に送っているというのに、今だに目の前に幽霊が現れただけで、悲鳴を上げそうになり、人の腕をつかむほどだ。

 しかも、今だに見分けがつけられないというのにも、さすがに呆れるしかない。やはり、童子切のほうがよかったかと、ため息を付いて思っていれば、察したのか腕を強く掴み、睨むが小夜はどこ吹く風だ。


「まぁ……君たちには救ってもらったこともある。せめて、君の風邪が治るまでゆっくりしていくといい」

「そういって、まだ狐にも騙されてるなんてないわよね?」

「ない。安心してくれ」

「本当に?」


 細められた目は、やはり疑っていて、少女も言い返そうとするが、その前に数珠丸が聞く。


「何かまだ感じるの?」

「感じない」

「じゃあ、そんな人を疑うのはよくないよ。泊めてもらってるんだから」

「人を餌にするために、プクプク太らせて、挙句、睡眠薬まで仕込むんだから、ご丁寧よね」


 小夜の視線に、少女は微かに息をのんだが、何も言い返さなかった。


「それでも、だよ。それに、睡眠薬は小夜が寝ない子だと思われたからでしょ」

「……」


 数珠丸にも仕込まれていたのだが、生憎、刀が本体である数珠丸にとって薬や毒というものはまったくもって効果がない。もちろん、それを知らない2人にとって、数珠丸はただの効きにくかったというだけで、小夜の表情の理由はわからない。

 小さな咳払いで、気を取り直すと小夜は、立ち上がり結界の中心となる法具を手に取り、力を込めた。


「あなたの力が全く信用できないから、自分の力で結界を張ることにするから、以上。さすがにもう眠いし、寝るわ」


 それだけ言うと、小夜は部屋に戻っていってしまった。



***



 それから1日が経ち、ようやく治った小夜は数珠丸と屋敷の外に出る。見送りには、2人がついてきた。


「お世話になりました」

「こちらこそ。ほら」

「……色々、ありがとう」

「どういたしまして。今、お礼を言われなかったら、アンタの大好きなお爺さんを成仏させてやろうと思ってたわ」


 その言葉に、数珠丸は慌てて小夜に、老人を彼岸に送るつもりはないと言っていたことを確認するが、返事は手刀で返ってきた。

 そんな様子をただの兄妹喧嘩と思ったのか、老人は朗らかに笑うと


「結界もそうだ。私を成仏させるというのも……君たちは、いや、君は一体何ものなんだ?」


 その質問に、小夜は一瞬きょとんと目を丸くすると、口元を歪ませ笑った。


「そいつが言ってるでしょ?バケモノよ」


 今度は老人が驚いて目を丸くした。小夜はその様子に小さく笑うと、山道に振り返る。


「それじゃあ、死んだらまた会いましょう」

「さようなら。色々と、すみませんでした。お元気で」


 数珠丸はしっかりと頭を下げると、先に行ってしまった小夜を追いかけていった。

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