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青丿茂

 青々と草木が茂る山を、ずいぶん長い間、歩いた。


「こんな山奥に集落なんてあるの?」


 前を歩く青年、数珠丸が、後ろにいる白い髪を持つ少女、小夜に聞けば、数珠丸以上に疲れた様子でため息をついていた。


「無かったらあのジジィ、舌と歯も全部抜いてやる」


 本気の恨みのこもった声に、数珠丸も苦笑いになるしかなかった。

 あの世とこの世が混ざり合ってしまったこの世界には、地獄で拘束していた罪人や魑魅魍魎たちまでもが、当然のようにこの世に居座っている。それが安全な奴らであればいいが、そうでない奴らが、圧倒的に多い。そいつらの回収するのも大切だが、もっと重要なことがある。

 この事態を引き起こした張本人、天魔を捕まえることだ。しかし、なかなか居場所も見つからず、見つけたと思えば逃げられることを繰り返してばかり。

 おかげで、仕事のほとんどは他人から異様な噂を聞いて、現地に向かって調査。そのため、空振りなんてこともよくある。

 そのたびに、その嘘の情報を渡してきた人に罰を与えようとする小夜を止めるのを、いったい何度やったことか。


「それって職権乱用にならないの?」

「乱用したところで、私を咎められる奴はいないわよ」


 はっきりと言い切る小夜はこれでも、地獄の管理の最高責任者をしていた。つまり、小夜を咎められるとすれば、閻魔などのもう神様といってもいい存在でなければならないというわけだ。

 こんな人が地獄の管理をしていて本当に大丈夫なのかとも思ったが、大丈夫じゃなかったから今の状況になってることを思い出し、ため息をついた。


「なんか今、失礼なこと考えなかった?」

「え゛!?う、ううん!考えてない!考えてないよ」


 全く信用していない視線から逃れようと、森の奥に目を向ければ中年の男が斧を振っていた。


「あ、人がいるよ。話聞いてみよ?」

「……そうね」


 小夜の目がはっきりと信用していないと語っていたが、数珠丸は逃げるように駆け出した。

 数珠丸は男に近くに集落があるかと聞いてみれば、男はその集落から来たという。


「それにしても、若い兄ちゃんがあの村に何のようだ?なんもおもしろい場所ねぇぞ?」


 噂についても聞こうとすれば、男は目を見開いて数珠丸の後ろを見つめ、心底驚いてから、口から言葉にならない声を出し始めた。


「?」


 何事かと数珠丸が振り返るが、そこにいるのは小夜だけ。小夜も少し眉をひそめていたが、男は突然、青い顔で小夜のことを掴むと


「どうしてこんなところに!?」

「は……?」


 男の行動に理解できないまま小夜は抱えられ、森の奥に連れさらわれてしまった。

 取り残された数珠丸は唖然とそれを見送った後、1人、その場で叫んだ。



***



 放り投げられると、すぐに扉は閉められ、鍵のかかる音がした。


「なによ……急に」


 その特異な白い髪を恐れ、蔑む人はいるが、突然抱え上げられ、閉じ込められるのは、これが初めてだった。

 外の声に耳をすませば、先程の男の声と他にも数人の声が聞こえる。


『カイコヅキサマが外に出てた?』

『あぁ!間違いねぇ!あんな白い髪の浮き世離れした奴そういないだろ!?』

『そりゃ…そうだが。どうやって出たんだ?』

『一緒に若い兄ちゃんがいた。そいつが手配したんじゃないか?』

『なら、そいつ捕まえねぇと…』

『ね、ねぇ!その人を息子の代わりにするのはできない?』

『そいつは無理だろ。諦めな』

『で、でも!!』


「誰かいるのですか?」


 男たちの話に聞き耳を立てていると、突然、外ではなく中から声が響いてきた。振り返れば、そこには白い柔らかそうな毛を生やし、顔には虫を象ったような面をつけた人が立っていた。

 その姿に小夜は驚いたように目を開くと


「驚いた……本当に蚕憑かいこづきがいるなんて」

「……不思議な方。肉の器があるのに、その魂は別のようで別ではない。何かに憑かれているわけでもないなんて……」

「私は地獄の管理者の小夜。知ってるでしょ?」

「いいえ」


 即答され、小夜は驚き、口を半開きで固まった。


「私は母に産み落とされてから、ずっとこの中にいます。普通の異形の者が知り得る知識を持ち合わせてはいないのです」

「……あ、そう」


少し不満気に頬杖を付きながら言うと、扉の外にいる男たちの声に耳を傾けたが、すでに数珠丸を探しに行ってしまったらしい。


「それにしても、白い髪ってだけで私を蚕憑と勘違いするなんて……」

「申し訳ありません。私も外に出ることはおろか、誰一人として見たことはないのです」


 産み落とされた時から、この暗い部屋に閉じ込められ、耳をすませば声は聞こえるが、直接会ったことはない。


「じゃあ、なんで白い髪ってことだけ、知れ渡ってるのよ」

「それは…一度だけ、私は最後に皆さんの前に姿を現すのです。人には“代替えの儀”と呼ばれ、私は、贄とされる子の頭に卵を産み、自由となる。そんな儀式です」

「見たところ、貴方はまだ羽化してないようだけど……確かに、今夜にでも羽化しそうね。儀式はいつ?」


 近いのならば、無理してこの扉を破る必要はない。3日くらいかと思っていれば


「今夜です」


 思っていた以上に近く、すぐには言葉がでてこなかった。



***



 人に追われること2回。全て振り切り、どうするかと集落の方を見ていれば、肩を叩かれ、振り返れば、そこにいたのは、巨大な蛾だった。


「ひぃっ!!」

「驚かせて申し訳ありません。貴方はどうやら同種のようでしたから」

「ど、同種?」


 見た目は慣れないが、その物腰のやわらかさに少し落ち着いて聞き返せば、


「人や動物とは違った生き物。最近、急激に増えてきたモノたちのことです。貴方は、とても人に近い気もしますが、こちら側のようでしたので」


 確かにこの蛾が言っていることは間違っていない。

 小夜の術によってこの体を作っているのだから、人間でもなければ生き物ではない。かといって、蛾の言う妖などの類ではないのだが、似たようなものではあるので頷いておけば、蛾は不思議そうに首をかしげた。


「それにしても、貴方はどうしてここに?」

「あ、えっと…実は――」


 小夜が連れ去られ、自分も追いかけられているのだと説明すれば、蛾は驚いたように声を上げた。


「小夜?もしや、あの小夜様ですか?」

「え…」

「地獄の管理者の」


 当時のことは全く知らないが、時々自慢されることがあり、少しくらいは小夜が昔、地獄の管理をしていたことは知っている。頷くと、蛾は驚いたように震え出し、はっきりとした表情はわからないが、どうやら、ものすごく動揺しているようだった。


「あ、あの小夜様を……!私の子のせいで……!」

「あ、あの~?」

「も、申し訳ありません!しかし、私たちにとってこのような集落は貴重であり、我々が生き抜くためには仕方のないことなのです!どうかお許しを…!」


 地面に降りて頭を下げる蛾に、数珠丸は眉を下げ、どうするかと唸る。


「とりあえず、僕も詳しいことはわからないので、小夜がいないことには話が進まないでしょうから、小夜を助けにいかないと」

「それなら、あと数時間であの社の扉は開かれるでしょうから、その時に小夜様も」

「じゃあ、それまで待ちましょうか」


 その後、また見つかり、日が落ちるまで集落の人々から逃げる数珠丸だった。



***



 暇つぶしついでにその部屋の中を歩いていると、割れた鏡が床に転がっていた。天井を見上げてみれば、電球も割れた状態でぶら下がっている。


「これじゃ、夜になっても電気がつかないじゃない。これ、貴方がやったの?」

「いえ。正確に言えば、私なのでしょうが、私がまだ生まれてまもなく、元の体の持ち主よりも力が弱い時に、私によって割られました」


 この部屋に入ってすぐは、まだ電球も鏡も割られていなかった。しかし、毎日、鏡にのぞき込むたび、自分の顔から虫のような顔に変わっていく様子に、自分の姿を写すものを割り、影すらも人から変わっていく様子に、光も無くした。

 遂には顔に触れた感触すらも、人では無くなり仮面をつけた。


「なら、もうその面いらないじゃない。取らないの?」


 小夜の言うとおり、その虫となった顔を嫌ったのは、元の人間だ。今の蚕憑ではない。


「しかし、私の中に眠る彼が嫌ったというなら、せめてこれを外さないことが彼への償いですから。この体を彼に返す、その時まで」


 その言葉に小夜はしばらく目を見開いて固まると、大きなため息をついた。


「呆れた……貴方、本当に何も知らないのね。元の人間が目覚めることなんてないわよ」

「ぇ…」

「当たり前でしょ。人間にとって重要な頭、つまり贄を神に与え、この集落を飢餓から守ろうとしてるんだから」


 それは初耳だったようで、蚕憑は驚いたまま何も言わず、ただ小夜の話を聞く。


「この集落の周辺は周りがどれだけ不作で飢餓に苦しんでいようと、必ず豊作。緑は青々としていて、枯れる気配がない奇妙な集落だって言ってるわ。

 そしてそれは、貴方たち蚕憑がもたらすもの。正確にいえば、蚕神かいこがみが、ね」

「そ、それでは今夜の代替えの儀は」

「きっと、昔、貴方たちとの交渉で、種族存続と豊作の利害の一致ってところね」

「そんな――ッ!!1人の犠牲…いえ、両親だって!」


 蚕憑は今にもつかみかかりそうな勢いで、小夜に問いかけるが、小夜は呆れたような表情で


「1人の犠牲でこの集落の数十の人間が助かるなら、どちらに天秤が傾くかなんて、赤ん坊でもわかるわよ」


 何も言い返せない蚕憑に、小夜は外の騒がしさに耳を傾ければ、どうやら代替えの儀が始まるらしい。


「まぁ、別に種族の存続にも、この集落がどうなろうと私の管轄ではないから、手出しはしないわ。あとは、自分で考えなさい」



***



 そして、ようやく、閉じられた扉が開かれた。

 男が中を見た時、その2人の姿にしばらく何も言えず唖然としていると、小夜はその隣を通り外に出ると、体を伸ばした。


「こ、こいつはいったい…」


 丸い目で振り返る男に、小夜は微笑むとどこからか、ペンチのようなそれを取り出す。


「さぁ、贖罪しょくざいを始めましょうか」


 にっこりと微笑む小夜は後ろから羽交い締めされると、手からペンチのようなそれを奪い取られた。


「だから、それはダメだって!!」


 数珠丸はため息をつきながら、舌を抜くための道具を奪い取れたことに安心していた。

 少しでも気に障ることがあると、どこからかそれを取り出し舌を抜こうとする。小夜によって行われるその行為は、本当に贖罪としての価値はあるらしく、死後の裁判で、その罪は既に許されたものとして換算される。

しかし、それがこの世をさまよっている死者や妖怪なら時間と共に回復するが、生者ならば抜かれた舌は戻ってこない。

 タチが悪いことに、その見分けがはっきりとついているのにもかかわらず、それをやろうとするから止めるのが大変だ。


「いやー悪かった。人違いだったんだな」


 事情を説明すれば、小夜を社に入れた男も含め、集落の人はみな、小夜と数珠丸に謝ってくれたのだが


「謝って許されるなら、地獄はいらないのよ」


 小夜はいまだにご立腹の様子だ。

 しかも、それを変わった嬢ちゃんだと笑うものだから、数珠丸でもさすがに止められなさそうで、頬をひきつらせる。


「小夜様」


 そんな中、それがしゃべると、人々は一瞬にして息を詰まらせた。その蛾を見たことがないわけではない。だが、それは見慣れるはずもない。


「外に何かいるとは思ってたけど、やっぱり蚕神だったのね。貴方が、あれの母親かしら?」

「はい」


 怯えるように頷いた蚕神に小夜は表情を崩さず、たった一言だけ告げた。


「勝手にしなさい」


 それだけ言うと、小夜はすっかり興味がなくなったのか、集落から出ようと歩き出す。

 数珠丸は小夜と蚕神を交互に見るが、不機嫌そうに振り返った小夜に、慌てて追いかけていった。


「い、いいの?」

「なにが」


 確かに噂通り、この集落には異界のモノがいた。だが、それは小夜たちが送り

返すべきモノではなく、人々の生活に既に定着し、成り立っているモノだ。それに小夜が関わることはない。少なくとも、自分に害しない限りは。

 残された蚕神は、自らの子である蚕憑に近づくと


「さぁ、羽化し、子を産みなさい」

「どうして……こんなことを。こんな、誰かが悲しむ、犠牲を生むようなことを何故、続けようとするのですか」

「こうしなければ、我々の種族は絶えることとなるでしょう。仕方のない犠牲なのです」

「そんな……!!仕方のない犠牲なんて……それなら、私は――」


 蚕憑の言葉は聞こえることはなかったが、山の中で2人は何かが破れ、羽ばたいた音を聞いた。



***



 痩せた大地を歩き続け、その店に入ると見覚えのある痩せこけた男がいた。


「よぉ。嬢ちゃんたち」


 それはあの集落のことを教えてくれた商人の男だった。


「まだこんなところにいたの?歳ね。引退したら?」

「まだまだワシは現役だよ。それで?行ってみたのか?あの集落に」


 数珠丸が頷けば、男は少し興奮気に2人に聞く。


「おかしな場所だろ?あの山だけ、どんなに周りが不作になって、枯れ果てても青々としてんだ。変だよなァ……まぁ、おかげでワシたちも食いつなげるってもんだが。いったい、なんなんだかな……」

「さぁね。何もしないで幸福はつかめないもの。なにか代償を払ってるんじゃない?」

「なにか、ねェ」


 顎を撫でながら唸っていたが、しばらくすると考えるのをやめ、立ち上がった。


「何はともあれ、今は自分の村だ。ワシは行くとするよ」

「急いだほうがいいかもね。いつまでも続くものはないわよ」


 男は不思議そうに首をかしげたが、頷くと手を振って店を出ていった。

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