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女丿鎖

 その町は異様なまでに静まり返っていた。

 誰もいない道から暗がりの路地を見れば人影が微かに見える。


「ぁ゛…ぁ゛ぁ゛…」


 もはや、言葉を紡ぐ喉は朽ち、腐りかけた体を引きずり、近くを通ろうとするその男の足にすがりつこうと手を伸ばす。


「うわぁぁああああ!!!」


 その腐りかけた顔に叫び、前を歩く白い髪を持つ少女に男がすがり付けば、鬱陶しそうな目を向けられる。


「なんで道連れにしたがるのかしら……死神にホラ話吹き込まれたわけでもないのに」

「なんで小夜さよはそんなに平然としてるの!?」

「それはこっちのセリフよ。嫌なら切ればいいでしょ」

「そういう意味じゃないでしょ!?」


 あんな半分腐りかけの人間を見て、平然と切れる人間はいない。普通は驚く。 男は不安気に先程の路地に振り返れば、まだ路地裏から男を狙い、その手を伸ばしているゾンビのような彼ら。

 しかし、彼らが路地から出てくることはなかった。


「鎖…?」


 彼らの足には鎖が巻きついていた。

 その鎖の所為で路地から出てくることができないらしい。


「って、アレ!?」


 少し目を離した隙に小夜がいなくなっていた。慌てて、辺りを見渡すが特徴的な白い髪はどこにも見当たらなかった。



***



 その頃、小夜は路地を歩いていた。その曲がり角に差し掛かった時、死角から腕を大きく振り上げ大声を出す男に、小夜は全く驚いた様子もなく男を見ると


「貴方は新しいわね」

「……本当に驚かないな。嬢ちゃん」


 「さっきの兄ちゃんとは大違いだ」と笑いながら、積み上げられたダンボールに腰掛ける男の足にも、他の人間同様鎖が巻きついていた。


「死んで、捕らわれて、その上で人を脅かすなんて……見上げた根性ね」


 呆れながらも、他に比べてずっと話ができそうなその男に、小夜はこの町で起きていることを聞く。


「この町に入った若い男で、町から出られた人はいないって聞いたわ」

「そりゃ多分、あの女に捕まえられたんだろ。俺みたいに」


 自分のことだというのに他人事のように話す男は、馬鹿なのか、それとも諦めているのかわからない。


「そういえば、俺、死んだはずなんだがな……なんで生きてるんだ?嬢ちゃん、分かるか?」

「安心して。あんた、もう死んでるから」

「マジか!?」


 ようやく驚いた男だが、次の瞬間には大笑いしている。


「そうかそうか!死んでたか!だよなぁ!俺、刺されたもんな。ほら、ここ」


 そういって服をめくりあげれば、確かにナイフで刺された跡がはっきりと男の腹に残っていた。普通なら、少しくらい驚くところなのだが、小夜は全く動じず、逆にこの男の笑い声にうんざりしたような表情を浮かべていた。


「待て。じゃあ、なんで生きてるんだ?」

「なんか、話分かる奴かと思ったけど、間違ってたかも……あと生きてないから」


 少し話しかけた人物を間違えた気もしたが、新しく探すほどでもないと割り切ることにした。なにより、新しく探すのもめんどうだ。


「嬢ちゃん、やけに詳しいな」

「そりゃ、ここを解放しに…あんたたちを解放しにきたのよ」

「へぇ……!じゃあこの鎖を外せるのか!」

「外せる外せる。でも、その前にいくつか聞きたいことがあるから、それが終わったらね」

「じゃあ、他の連中を早く解放してやってくれ。あいつら、みんな寂しがって女の好みの男を探しては、仲間を増やしてるんだ」


 自分よりも他を優先しようとする男に驚きながらも、寂しいからといって男を襲って道連れにしようとする彼らに、小夜は小さくため息をついた。

 とにもかくにも、今はこの男たちを捕まえている女についての話を聞くことにした。

 すると、男は珍しく考え込むように顎に手をやり、唸る。


「その傷、正面から刺されたんでしょ?顔とか特徴とか……なんでもいいわよ」

「……スタイルは好みだった」


 はっきりと言い切った男にある意味、関心をしていれば、男はそのまま真面目な顔で


「顔は好みじゃないがな!」

「そもそもあんた、奥さんいるでしょーが」


 なぜそれを知っているのかと驚いている男に、その奥さんに話を聞いてきたのだと言えば、なるほどと、手を打っていた。


「あいつは元気か?」

「元気なんじゃない?少なくとも、私たちに、ここのことを教えてくれるまではね」

「そうかそうか!そりゃ、よかった!」


 小夜たちも、この町を通った若い男たちが皆、町から出てくることがないと、そして、若者を探しに夫と共に町に行ったが、町に入ってすぐに夫が消えてしまい、探したが見つからなかったと、そう話を聞いてきていた。

 夫を探して欲しいとも言われ、その特徴なども聞いており、この男のことだということは一目見て、分かった。


「そういえば、あの兄ちゃん、大丈夫か?」


 先程、小夜と一緒にいた若い男をのことを、今更ながら思い出して、心配したものの、鎖のおかげで探せる距離など限られている。

 小夜も若い男が襲われているということを知っていながらも、はぐれた男を心配することもなく、のんびりと座っていた。


「あの兄ちゃんも、襲われちまうぞ?」

「襲われたって大丈夫よ。強いから」

「でも、あんなにビビってたじゃねぇか。ここまで悲鳴聞こえてきたぜ?」


 少しビビり過ぎな気もするが、やることはやる。あれでも一応護衛なのだ。それに、今回は別の理由もある。


「いざとなれば戦えるし、死なないから大丈夫。むしろ、エサには食いついてもらわないと」

「……囮なのか?あの兄ちゃん」


 先ほどとは打って変わり、笑顔を消し、眉をひそめる男に、小夜がそうだと冷静に言い返せば、男は目尻を上げた。


「ダメに決まってるだろ!!嬢ちゃんがいかないなら、俺が!」


 そういって立ち上がるものの、鎖のせいで数メートル歩いただけで限界がくる。


「あんたには無理よ」


 冷たく言い放つ小夜を男が睨みつけた。



***



 何かに突然足をつかまれ、足を見れば腐りかけの腕が、肩を外しながら腕を伸ばし、足をつかんでいた。


「ひぃぃッ!!

「ぉま…ェ…も…」


 腰に携えた刀を引き抜き、その腕を落としたのと同時に、背中に衝撃が走った。


「あの人のために…貴方の魂ちょうだい…」


 それは女の声だった。振り返って見えたのは、女の長い髪だけ。


「ごめんなさい…」


 顔を上げた女の顔に、男はまた悲鳴を上げそうになったが、その悲鳴は喉に突き立てられたナイフによって止められた。

 いつもと同じなら、男はそのまま倒れていき、その足に鎖を巻きつけるのだが、男は一向に倒れる気配を見せない。女が不思議そうに顔を上げれば、男はやはり引きつった顔で、苦笑していた。


「ごめんね。僕、普通の殺し方じゃ、死なないんだ」

「ぇ…」

「君が天魔にそそのかされた子かな?お願いだから、もうこんなことやめよう?」

「ば、ば、化け物…!!!」


 血相を変えて逃げる女を追うことはせず、今更、背筋を震わせてから、また小夜を探し始めた。

 小夜を見つけたのは、それからすぐのことだった。


「どこ行ってたの!?怖かったんだからね!!」

「そんなことより、兄ちゃん、ケガ大丈夫か!?」


 男の襟は赤黒く染まっており、その出血から見ても大怪我だ。慌てて傷を見ようとするが、全く見当たらない。服にも穴があいてるだけだ。


「へ?」

「だから言ったでしょ。死なないって」

「ど、どういうことだ?こりゃ……」


 目を白黒させている男に、若い男は困ったように頬をかくと


「僕は人間じゃないので」

「……へ?」

数珠丸じゅずまるって言います。えっと……どう説明すればいいのかな?」


 数珠丸と名乗った若い男は、小夜に助けを求めるが、小夜はめんどくさそうに、ため息をついただけ。


「それで、見つけたの?」

「うん。見つけた。女の子があの人のためにって言ってたけど…」

「じゃあ、魂集めたらその人を蘇らせてやるとでも言われたんでしょ。よくあるパターンね」


 愛した人間が突然死んでしまい、それを認めたくない人間が天魔にそそのかされ、それを蘇らせる嘘の方法を実行する。

 とても単純な、だからこそとても強い想いによって、止められない行為。故に止める方法はただ一つ。実力行使だ。


「よくあるパターンでも、男女の愛もわからない小夜ちゃんじゃ、理解はできないわよねぇ~」


 ケラケラと人を嘲笑う声が三人の頭上から降り注いだ。

 男と数珠丸がその声に見上げれば、白い髪を持った、小夜とよく似た少女が嗤っていた。


「双子か?」


 不思議そうに男が小夜の方を見れば、本能的に足を半歩後ろに下げた。小夜はその少女を見上げることなく、ただ冷気を漂わせ、地獄から響くような声でその少女の名を呼んだ。


「て~~ん~~ま~~!!!」

「あら、怖い」


 怖いというわりには楽しげに笑うと、からかうようにその場でくるりと回ると


「ちょうどつまらなかったの。鬼遊びでもしましょう?もちろん、鬼は あ・な・た 」


 言い終えると共に、天魔が走り出した。


「数珠!手足ぶった切って捕まえてこい!」

「物騒だね…まったく」


 小夜は天魔に関わると人が変わる。

 天魔はかつて封印されていたが、手違いによってその封印が解かれ、その天魔が逃げる際に、あの世とこの世の境界が曖昧にしたおかげで、地獄に住んでいた魂たちまでもがこの世に来てしまい、世界全てが大混乱に陥っていた。

 地獄の管理を任され、この事態の収集を行っている小夜にとって、この混乱の大元が目の前に現れたのだから、抑えていた感情もあらわになる。

 しかも、本来、形を持たない天魔がわざわざ小夜をおちょくるために、小夜の姿を模して現れるのだから、もう止める術はない。もし捕まった日には、恐ろしい拷問の日々が待っていることだろう。

 そんな天魔に若干、同情もしなくはないが、混乱を招いた天魔を捕まえることに数珠丸も異論はない。天魔を捕まえるべく、走り出した。


「じょ、嬢ちゃん?」


 後ろから見てもわかるほどの殺気に、男がそっと声をかければ、先程よりも少し不機嫌そうな目を向けられた。


「嬢ちゃんは追わないのか?」

「あいつがわざわざ声かけてくるってことは、逃げ切る準備万端ですって言ってる時よ。どうせ捕まえられるわけないから、とっとと、ここを解放することにするわ」


 小夜はめんどくさそうに男に振り返ると、指を鳴らした。

 その瞬間、男の足についていた鎖は外れ、消えていった。


「この世で自由な最後の時間、せいぜい楽しんでなさい」

「ホントに、嬢ちゃんたち、何者だ……?」


 呆然と聞く男に小夜は口元を歪めると


「地獄の管理者。あっちに行って、私に気安く声をかけていたことを後悔しなさい」


 そう言い残すと、小夜は路地を出ていった。



***



「ごめんね…私、今日は魂捕まえられなかった…」


 女は涙ながらに眠る青年にそう告げる。青年の体には無数の刺し傷が生々しく残っていた。

 数年前、通り魔に襲われた彼の前で、毎日のように泣いていたある日、白い髪を持つ彼女は唐突に現れた。


『似た魂をたくさん集めて、彼の中に入れればいいのよ。そして、貴方の愛の口づけで目を覚ますの』


 その言葉はまさに、神の声のように感じられた。愛する彼を生き返らせるため、女は毎日、青年と近い年齢の男を襲っては、この町に縛り付け、彼の中に入れるその日まで捕らえた。


 「まだ足りない」と、彼女は言った。


 1人を生き返らせるためには、何十、何百もの犠牲を出すことになるかもしれない。だが、それも構わなかった。

 女にとって眠る彼以外に、興味はない。ただただ、彼を生き返らせるために、代わりの男を襲い続ける。


「私、絶対あなたを生き返らせるから。おばあちゃんになっても、絶対に…」


 彼に微笑む女の耳に、呆れたように息を吐く音が響いた。


「魂は廻る。でも、それは元の場所に帰るわけじゃない。螺旋状にぐるぐると……元の場所に戻ることは、絶対にできないわ」


 座り尽くす彼女の背後に、彼女が待つ少女ととてもよく似た白い髪の少女は言った。


「もう解放してあげなさい」


 ポタリと水滴が弾ける音がした。


「……嘘よ……嘘……だって、彼は生き返るって――」

「人は生き返らない」

「そんなはずない……!そのために、必要だって、私は、彼のために……!!そう、

貴方が言ったじゃない!!」


 女の叫びに少女は小さく嗤う。


「そんな腐肉の塊じゃ、甘ったるい愛の囁きも臭くてしょうがないわね。まぁ、醜い貴方にはお似合いかもしれないけど」


 ようやく女は顔だけ振り返り、小夜の姿を目に写そうとする。しかし、その目は、愛に燃えることなく、ただ彼と自分を侮辱した少女に対する、冷たい殺意だけがこもっていた。

 だが、その目が写したのは、白い少女ではなく、全く予想外のものだった。


「ねぇ、貴方、最後に鏡を見たのはいつ?」


 そこには少女ではなく、異形な何かがいた。


「ぁ…ぁっ…!!」


 その異形な何かは、女の心を表わすように、体を震わせ、言葉にならない声を上げている。


「ば、化け物…!」


 そして、自分と全く同じ言葉を叫んだ。


「そう、化け物。自分でよくわかってるじゃない。貴方はもう人間じゃない。そんな貴方を、彼は愛してくれる?」


 女だった化け物は、震え、言葉として意味を持たない悲鳴を上げ、小夜にその異形と化した腕を振り上げた。

 しかし、その腕は小夜に届くことはなく、地面に転がり落ちた。


「趣味が悪いよ。小夜」


 今しがた異形を切った数珠丸は、刀をしまいながら彼に寄り添うように倒れる彼女を見下ろした。


「逃がしたんだ」

「し、仕方ないじゃないか」


 天魔のことは追いかけていたのだが、言葉通り、煙のように消えてしまわれたら、どうしようもない。

 小夜は大きくため息をつくと、彼女たちを見下ろした。


「ようやく、ここの魂も彼女の鎖から解き放たれる」


 町のいたるところからほのかな光が現れ、町全体を光に包み込んだ。その光、一つ一つは、蛍から放たれる柔らかい光だった。

 女に捕まっていた男たちがその魂を蛍に変え、ようやく町を抜け、空へ飛び立っていく。


「叢雲ニ昇レ。螢火ヨ」


 そして、蛍たちは、月に飲み込まれるように、空高くに消えていった。



***


 暗い夜道を月明かりを頼りに歩く数珠丸の背中には、小夜が頬を膨らませて背負われていた。


「やっぱり、肉の器は邪魔……力も制限されるし」


 彼岸への道を開けるなど、本来ならば片手間に出来るようなことだというのに、今では一度やっただけで随分疲れる。


「寝ててもいいよ?」

「なんかそれは負けた気がする」

「なにに……」


 苦笑いをこぼす数珠丸は、一度軽く背負い直すとまた歩きだした。


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