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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第三章
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心 の 蓋 1


「じゃ、失礼します」

再度会釈して、その場を私は立ち去った。


そしてしばらく、ニールとも殿下とも、全く接点はなかった。


……結婚式だ。ガーデンウェディングらしい。青空の下、きれいな芝生が地平線まで揃っていて、カップルが手をつないで写真撮影をしている。


誰だろう。新郎は見覚えのある顔だった。新婦は……全く知らない。顔もぼやけてはっきり見えない。

二人の後をつけて、カメラマンが撮影していくのを見守る。


ああ、本来ならば、これは私だった。

新婦の後ろ姿と、窓際に映る海を見ながら思う。不思議と痛みは感じないけれど、自分が本来、新郎と結ばれるはずだったのだと、はっきりわかっていた。


何で自分だったと思うんだろう。

自分で不思議に思う。そして新郎を今一度じっくり見つめる。すると……


すると、起きた。


失恋して、男性が他の女と結婚するという、嫌な夢のはずなんだろうが、別に何も感じていない。

とうとう、自分の心も死んでしまったらしい。感情が全く動かない。誰かにあえて蓋をされているようだ。


また鏡の中の、ぼさぼさ頭の自分を見つめる。

誰が、私の心に蓋をしようと思うのだろう。もう誰も好きにならないようにと、呪文を掛けられた感じ。


そしてあの男性。今ならわかる。ジョージ・パトリック・ヴィン・チョン・マンチェク侯爵第二王子殿下なのだ。彼の結婚式を私は見ていた。そして、本来ならば新婦は自分だったと後悔していた。


……相当に馬鹿馬鹿しいけど、やっぱり自分は結婚願望があり、玉の輿願望も捨てられない重症患者だから、あんな夢を見たとでもいうのだろうか。


うーん、殿下って、既婚だったっけ?しかしそもそも、十歳年下の男性?あり得ないよな……。

職場へ向かう朝は忙しい。色々考えている暇はない。私はとっとと支度を始めた。


今日は咲子は半休だった。おかげで、おしゃべりの量が減り、仕事に集中できていた。

私とビビアンの机のあるマーケティング部は、営業部と隣り合わせなので、おしゃべりしようと思えばすぐ顔を合わせることが出来る。


ウチの会社はブルテリア資本なのでローカルだが、一応商社なので、外国人はかなりいる。オーストラリア人、イギリス人は元より、ドイツ人、フランス人、香港人、インド人など、ざっと思いついてもそれくらいバラエティに富んでいるので、国際的な社風だと言えるだろう。


しかし、それでも。

日本語でおしゃべり、というのは全く違う。

私は、日本でも外資系にいたので、ビジネスで英語はかなり使った方だが、それでも細かいニュアンスを伝えるのは難しい。

日本語だと、相手の反応を見る余裕がある。


まあだから、国際結婚をしているカップルは偉大だなあ、と。

そこに行きつく私も、どうかしているけど。


『そんなに自分を卑下することはない』か。

……確かになあ。でももうときめくこともない気もするし、それはそれで、心が穏やかな日々が続けば、満足なのだとも思う。


お洒落なフランス人を見ていると、まるで絵の一部を見ているようで、心が洗われる。こんな日常でいい。


「うわっ」

驚く声が聞こえたので、ぱっと部屋の右隅を見ると、ニールの席にテリーもいて、話の最中に、どっちかがコップを倒してしまったらしい。中の水が、机の上にぶちまかれた模様。


慌てて、隣の席からティッシュをつかみ取って、テリーとニールで拭きはじめる。ぞうきんがないらしい。まあ普通はぞうきんなんて、机周りにないか。

隣のビビアンも気づいて「あー」と小さく唸ったけど、結局我々、知らんふりを決め込むことに。触らぬ神に崇りはないのだ。こういう対応に、国境による差はない。きっぱり。


「あれで結構おっちょこちょいだよね、テリーって」

ビビアンが小声で私に同意を求める。

「テリーが倒したの?見えなかった。あーすごい水の量」

机からしずくがぽとぽとと垂れていて、床まで濡れている。


ニールの「袖までかかっちゃって……」との声に、テリーが「すみません。僕の不注意でした」と謝っているのが聞こえ、我々はますますPC画面に意識を集中させた。


今度は、最初両手が軽くしびれる感じ。そしてそれがふっと全身に広がり、またじわーっと暖かくなる。これって……また、何かの気を送られているのだろうか。


そして今度は、マンチェクさんが彼らに近づいてきた。(本人さん付け希望なので、心の中でもこう呼ぶことにする)。「会議室にいても、二人とも来ないから、心配して見に来たんだけど」

「ジョージ! 悪いなあ、お迎えに来てもらって。ちょっと取り込み中」

ニールはさらりと返すと、自分の袖を軽く絞った。

テリーは顔を赤くして、

「すみません、僕がグラスを引っ掛けちゃって。書類が台無しに」

ニールはにこやかに、

「いや、これはまだ原稿段階だから、本当は新しいのがあるんだ。プリンターに打ち出しておいたから、それを使おう」

マンチェクさんは「それなら、俺がプリンターから持ってくるよ」

とスタスタと普通に歩き出した。なるほど、普通に仕事をするつもりなんだ。


改めてみてみると、王族のせいか、着ているもののせいか、ちょっと一般人と違ったオーラがある。ものすごく人目を引く外見ではないけれど、やっぱり格好いい。十歳下だけど。


でもニールの方が顔はいい。品もあるし、ちょっと年上感があり、リーダー格の感じがする。実際仕事では、プロジェクトリーダーだけどね。


このプロジェクト、咲子によれば、マーケと商品企画、カスタマーサービス、営業の混合チームで、社長直轄のものだそうだ。まだ言えないけど、かなり大がかりな業務推進になるそうで。


上手くいけばね、と咲子。そう、その通りです。


この会社だからなのか、ブルテリア人の気質なのか、とにかくプロジェクトって、最後まで完結したものは本当にわずか。この三年で一つか二つだと思う。


最後はうやむやです。そしてまた新しい一年。こんなんで、会社はやっていけるのか…… やっていけるんですな。


日本だと、あるプロジェクトやるまで、結構根回しして、予算つくまで企画書何枚も書いて、ようやく通ったら、もう最後まで終わらせるしかない!ような、ともかく、何か結論は出すような、そんな雰囲気だったと記憶している。


ホーンに来て、他の会社含め、これまでいくつかプロジェクトに関わったけど、どれもこれも中途半端。つまり、最初はやってみる。

やってみて、案外違うものだと分かる。←最初から分かれよ!

修正きかない、または修正が大変だと分かる。←だから何だ?

終了←時間と労力の無駄確定


という流れ。


これは国民性だ。つまり、当初は何でもやってみて、体験してみるのだ。そして、当初の計画と違うのだと確認すると、これ以上はやっても無駄と判断。即停止して、その分の労力や時間を他のものに割く、これがブルテリア流「無駄の省き方」


日本の場合、今までの労力や時間を考え、我慢して何とか最後まで結論出すというのが、「無駄の省き方」。「過去」を無駄にしない、ということ。

ブルテリアの場合は、これからの(修正などの対応)労力や時間を考え、思い切って「未来」の無駄をしない、ということ。


過去の無駄……そうだ、過去の経験を活かして何が悪い。過去は過去。そうやって割り切れる人もいる。でも。


昔の自分を思い出すと、愛されなかった過去ばかり。母親からは厳しく躾けられ、父親も厳格、私は二人に愛された記憶がない。

勿論、今ならわかる気もする。両親は娘を心配のあまり、立派に育てようと思うあまり、せっせと躾けに励んだのだろう。


その通り。おかげで、箸の上げ下ろしは出来る娘に出来上がりました。

ひとり暮らしを始めても、夜遊びなど一切しない、「いい子」に。


その一方で、未来の無駄をばさりと落とす、ブルテリア流にあこがれるのも確か。

だから私も、ブルテリアで働くことを選んだのかも知れない。普通女の子は海外生活を始めると、海外の人と結婚したり、恋愛したりするものだけど、私は本当に興味がない。心の蓋がぴっちりと閉められたようだ。


ビビアンも彼氏はいるし、何人か男友達もいて、それはそれでいいなと思うけど、やっぱり自分には関係ないのだな、と自然に思う。


ペンギンは空を飛びたいと思うだろうか。

アンドロイドは、羊の夢を見たいと思うのだろうか。

ペンギンだって実は上陸のため、海から高速ジャンプするだろうし、アンドロイドだって結局夢は見るだろう。


そういう事。やりたい、成し遂げたい、そんな気持ちはあまり結果に影響はない。必要であれば、出来るもの。そういう事。


そういう事だよ。どうしてみんなに分かってもらえないんだろうな。



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