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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第二章
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ひ と り の 準 備

ゆっくりと頭を振ると、カーテンをずらし、まだ薄暗い窓の外を見てみた。


日本を出て5年目になった。ここは、日本より少し北側に位置するブルテリア王国の首都ホーン。

日本より四季がはっきりしており、冬はかなり寒く、夏はものすごく暑い。日本人も結構いるので、こうやって、元普通のOLである私でも、仕事は見つかるのだ。


ホーンに来た頃は、日本が恋しかった。友達も、両親も妹も、日本に残っていたし、ほとんどの友達が海外旅行をしたこともなく、妹は結婚したばかりで、自分だけ自由に海外に遊びに行けるはずもなく、私は一人ぼっち。


しかしそれでも、帰国するという選択が、私の頭の中になかった。(今もないけど)。


それは多分、孤独に慣れるための、準備行動だったのだろう。

いつまでもひとりなんだろうなという、はっきりとした予感が、私を海外まで運んでしまった。


多分。


そして鏡の中の自分に戻る。

田中紀恵。たなか、という普通の名前。のりえ、という名前も平凡だ。

私自身も平凡だ。

だけど、夢の中のあの人は、それでも私を呼ぶ。


……誰?

その人は、時々鋭い眼を向ける。まるで私のことなど、すべて知っている、というように。


私にも彼が分かる。彼が、ひっそりと私の心の中で、何かを待っている気配を感じる。


そして、身体中がふんわりと温まる。柔らかな痺れが、身体の中から外側の皮膚に向かって放射状に広がる。


ようやく私は満たされる。


……また眠っていたようだ。今度こそ、目覚ましの音で私は目が覚めた。


ホーンは交通の便はいいのだが、自動車社会なので、住民のほとんどが自家用車で通勤する。私は、そんな金銭的余裕がないので、タクシー通勤だ。タクシーはかなり安く、日本の地下鉄の初乗りくらいで、30分くらいは移動できる。台数も多いので気軽に路上で拾える。


東京より気に入ってる。

咲子と、ホーンのいい点について話していた時、私がこう言うと、彼女は羨ましそうな顔をして、

「紀恵は東京出身だもん。田舎を知らないからね。東京だって、憧れの街だよ」

と力説する。


咲子は、九州の某県出身。面積だってかなり大きいし、むしろゆったりとして暮らしやすそうではないかと思うのだが、それもまた嫌味になるようだ。それに正直東京者には、横浜を越えると何が何だか分からなくなるけど、そこは言わないお約束。

「東京は人が多すぎてね。ホーンは、道路も広いし、ブルテリア自体が大きいから、精神的に余裕が生まれるよ」

日本語でおしゃべりしていても、今の会社のブルテリア人の何人かは、日本語が話せるので、彼らも加わってくる。


商品企画のテリーは、日本留学組。

「そうかなあ。東京の方が穏やかで、ゆったりしてるよ」

これはブルテリア人が一般に日本に対して持つ印象である。

テリーはすらりとした長身で、小顔のいわゆるブルテリア人の典型的体型だ。奥さんは日系の銀行にお勤めだとか。


咲子は日本にいた時、銀行OLだったので、時々相談に乗っているとのこと。

こんな時、何だか既婚者同士で仲良く出来るのは、羨ましいなと思ってしまう。独身女性が既婚男性に近づくと思われてもいけないし。


「紀恵はさ、ようやく一人暮らししてるんだから、楽しまないと。私だって、独身の頃は人生楽しかったよお」

咲子の言葉に、テリーも、

「一人でいる時間って、本当に貴重ですからね。こっちは一人になりたくてもなれないし」

まあこれ以上は平行線になるのは分かっているので、じゃ、と私は席に戻った。


ブルテリア語の読み書きはようやく出来るようになったのだが、話すのはまだまだだから、こちらへ来ても仕事の種類は限られてしまっていた。

やっぱり現地語は勉強すべきだと、つくづく思っているのだが、ブルテリア語は活用も難しく、覚える文法も多くて、正直複雑すぎる。


恋人が出来ればすぐ覚えるよ、とは海外在住の上でよく聞く話だが、出会いがないのでそれも出来ない。


何だか気分が落ち込んできた。

集中して、この書類の翻訳を昼前に仕上げなければ。


またふっと、何かの気配を感じた。いよいよ、神経が参ってきているらしい。それもそうか。五年間、ほとんど帰国することはなかった。帰りたいとは思わないけれど、心理的に疲労がたまってるのかも知れない。


だから、同じ夢も見るのかも。私は思わず唇をかみしめた。情けなかった。



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