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夢で生きる  作者: 中田あえみ
最終章
33/34

生 き る 2

ジョージに出会ってから、私は世界が違う色に見えてくると思った。何だか自分と周囲の空気が溶かされたような、不思議な雰囲気が感じられる。これが……愛されている、という事なんだろうか。


それにしても、ジョージの離れに引っ越ししてから、結婚式まで本当に忙しかった。

最短で行いたい、ゲストも最小限に、規模も簡素に、というのが私たちの要望だったが、直属王位継承者の最初の結婚式とあって(まだアレクサンドルさんは独身)、簡単に済ませられるわけもなく、一所懸命削っても「国賓」が何人も招待された。おまけに、最短でという願いは聞き入れられ、婚約発表から三か月後に式を挙げた。

だから、短期間のうちに出来るだけお披露目をかねてパーティーやお茶会に出席して欲しいという陛下や貴族間からの要請は、いわば当たり前の事だったろう。


アルデンヌ男爵夫妻のパーティーは、私には華麗だけでなくかなりの贅沢に見えた。今度は薄ピンクのドレス(日本の桜のイメージだ、と言われた)には、金糸と銀糸が縫取られ(多分日本の伝統工芸、つまり本物の金と銀を使用)、胸には大きなルビーの首飾り。純金で周りを飾っているので、ダイヤはなし。その代りドレス自体がキラキラしている。


そんな贅沢品を身に付けてパーティーに行ってみると、男爵は海外に金山を持っているとかで、コップから皿からすべて金食器。いや、金では熱いものが運べないとかで、メッキらしいけど、とにかくキラキラ。


お酒にも、お菓子にも、金箔がのっかっていた。お正月みたい。でもこれが男爵のこだわりなんだそうだ。

久しぶりに美味しい和食も並んでいて、私はせっせと立食していた。


「田中紀恵様。ご紹介いたします」

「ふぇい?」

納豆を飲み込んでいる時に、声を掛けないでほしいんだけど。糸引き納豆を引き引きごはんともぐもぐしていると、額田大使が私に近づいてきた。

大使の後ろに、男性が一人、女性が二人。

女性から、

「私は高橋雅子と申します。大使館で書記官をしております。先日はお茶会を欠席しておりましたので、本日ご挨拶にお伺いしました。このたびはご婚約おめでとうございます」

納豆を糸ごと何とか飲み込み、挨拶を返した。

「有難うございます」

そしてもう一人の女性が、

「経済新聞社のラリカ・テレーズ・アルデンヌと申します。この度はおめでとうございます」

「有難うございます……あら?男爵のお嬢様ですか?」

私が最後のアルデンヌ姓にさすがに反応すると、ラリカさんははにかんだように微笑んだ。

「ええ、私は末っ子です。長姉と長兄は、両親の下で今晩はホスト・ホステス役を務めております」


そして最後に男性が英語で、

「ローレンツ・フィリップ・ジョシュア・コロモフ伯爵と申します。この度はご婚約おめでとうございます、田中紀恵様」

ブルテリア貴族が日本大使の紹介?

額田大使が、

「コロモフ伯爵は、ブルテリアと日本の青少年交流に尽力されており、田中様のご出身校の姉妹校のご出身でもあります」

「あ、有難うございます。ご縁がありますね」

すると右手にキスをする。貴族らしい振る舞いといえばそうだけど、未だに慣れない。これが教官の言う「場慣れが必要」な場面なのだろう。


身体の周囲の空気が、さわさわと鳴った。でも、別に私は何もしていない。挨拶を受け、世間話に参加しているだけだ。だから別に無視した。


そして、コロモフ伯爵の話は面白かった。

「目的地の最寄り駅が赤坂見附だったので、豊洲から地下鉄で行ったら、永田町駅だって言われて……」

高橋さんが聞く。彼女は埼玉県出身との事。

「どこに行こうとしていたんですか」

「赤坂のカフェ。パフェが美味しいからって言われててね……。外出ればわかるかと思って、外に出ちゃったんだけど、やっぱり永田町で」

あそこは分かりにくい。離れているけど繋がっていて、でも名前が違う。東京ではよくある話なので、私が東京における地下鉄事情を述べようとすると、高橋さんは、

「誰に聞いたんですか、パフェのお店。確かにあそこ有名です!女性ですね!」

眼を輝かせて伯爵の顔を見ている。こ、これがツボなのか……。

伯爵は観念したように、高橋さんと、ラリカさんを見ながら、

「まあたまたま、直近の姉妹校提携の話し合いで言われて、経団連の付き添いと一緒に行ったんだよ」

「いかがでしたか?」

「並んだよ、平日の午後に行ったけど、五人くらい前にいた。でも並ぶ価値はあったね、イチゴがものすごく大きくて甘くて、生クリームとよく合うんだ。アイスクリームの口当たりもいい。あれなら二杯食べられる」

なんと、この伯爵は甘党らしい。ブルテリア人はあまりお酒を飲まないので、確かに甘党は多いのかも知れない。

「ブルテリアに支店持ってきてくださいよ!あそこのパフェ大好きなんです」

これなら私も話に参加できそうだ、と思ったところ、よっ、とジョージが現れた。

「お待たせ」

ま、待たされた……んだろうか。

すると、コロモフ伯爵が最敬礼し、

「マンチェク第二王子殿下、この度はご婚約おめでとうございます。ここ最近、社交の場を離れておりまして、ご挨拶が遅れました」

「構わないよ、ローレンツ。ラリカもいるんだな」

はい、とラリカさんも挨拶し、高橋さんも続いた。

「話の途中だったんだろう、続けてくれ」

「ええ、では……、イチゴパフェを食べたら、止まらなくなって、次はイチゴ狩りに行きましょうって、そのまま千葉県のイチゴ農場へ行ってしまいました」

「経団連とですか?」

「そうですよ、経団連とです」

嘘つけ!と女子全員が心の中で同時突込みをする。

「でも最初の十分間でお腹いっぱいになってしまって、苦しくてそのままホテルで胃薬を飲んで寝ましたよ」

なかなかたくさん食べられないものですよ、イチゴは。


伯爵なのに、気取ったところもなく、デートの話も(デートに決まってる!)さらりと小話にできるスマートさ。だから、国際交流の準備などに噛めるのだろう。

「私は三十五歳なので、そろそろ食事にも気を付けないといけないと言われてるんですが、甘いものは止められないですね」

「あら、私も三十五歳です。同い年なんですね」

「あ……それは失礼しました。田中様はとてもお若く見えますよ、二十代前半かと思いました」

「有難うございます」

流石に戸惑った表情をしてしまったのか、ジョージが、じゃ、これで、と私の腕を取って、彼らから離れた。

私は何気に、

「コロモフ伯爵って同い年だったのねー。もう少し年上かと思っちゃった」

するとジョージはかなり不機嫌に、

「そうかよ」

とだけしか答えなかった。

あれ?私、あの人たちと話していた時、何か特別なことしてたかしら?

誰かを好きとか、気に入ってるとか……。何も言ってないと思うけど。

少し部屋の壁方向へ歩くと、今度は男爵夫妻が近づいてきた。

「この度はご臨席いただき、まことに光栄でございます、マンチェク第二王子殿下」

ちなみに、私との挨拶は、私が来た時にとっくに済ませている。

「お招き有難う。男爵も夫人もお元気のようで何よりです」

「殿下、先月は新しい金鉱が見つかりましたので、この度のご成婚に向けて、献上いたしたく準備を進めております」

「何も特に必要なかったと思うが、それなら、まずは国王陛下へ差し上げて欲しい」

「はい。陛下と殿下、そしてボランティア団体の寄付を合わせてさせていただくつもりです」

「有難う」

そうなのだ、献上品を受け取るのも、立派な社交儀礼。

しかしあまり高級品を貰っても、使いこなせる自信がないんだけどなあ。ジョージの離れの食器は、ロイヤルドルトン。私個人は大好きだけど、自分では一客のカップとソーサーを揃えるのがやっとだったのに、離れに移っていきなり全てがブランド品になったので、百円均一が最近恋しい。思い切りお皿を叩きつけたい。


いいものを長く使っていく。これは美徳だ。でも、庶民としては、安いものをそれなりの期間使っていくので十分なのだ。これも場慣れが必要なだけなんだろうか。


そうだ、さっきのさわさわについて聞かないと。男爵夫妻が下がったところで、私は言った。

「ジョージ、あのね、私普通の挨拶しただけだからね」

ジョージはまだ仏頂面だ。

「だったら、何で心動かされてたんだよ、奴に」

「動いてないわよ。でもいきなりキスされたら、慣れてないからどきっとするでしょ」

「キスう!?」

がっしりと、両腕をつかまれる。

「挨拶よ、あの、右手に口づけするやつ……」

はあ、と彼もため息をつく。

「あの挨拶で、紀恵、動揺してたのか?でもあれは、普通の挨拶だぞ」

「そうよ!普通の挨拶だけど、日本じゃ普通じゃないもの。慣れてない……」

分かったよ……。ジョージは弱弱しく納得した。

「なら、俺が他の女にああ挨拶するのも嫌なのか?」

本音を言えば……。でも黙った。だって、挨拶だから仕方ない。

「黙ってないで言ってくれよ」

「言いたくない。前も言った通り、重たい女になりたくないの」

「それは嫉妬してるって事だぞ、紀恵」

「それが何だって言うのよ、関係ないでしょう。貴方には分からないわよ!あんなに注目されて、あんなに豪華な部屋に溶け込んで……。私なんかちゃんちゃら場違いだわ、自分の事分かってるもの!」

「誰が言ったんだよ、場違いって?」

ぎらり、とジョージの眼が光った。

「誰も言ってなくたって、私が分かってるのよ!ジョージだって分かってるでしょ!」

「ああ、分かってるよ。だけど俺が、逆に紀恵の実家に行って、普通にゴミ捨てしてたら、すっごい浮くだろ。同じだろうが!」

あまりの正論に、私の頭の中で、朝の通勤前にジョージがスーツ着てゴミ袋をゴミ捨て場においてる絵が浮かび、思わずうっとなった。

……すっごい場違いだ。髪の色も、背格好も、ヘン。

ゴミ袋も似合わない……。

「……うん」

「落ち着けよ、紀恵。いいか、貴族階級だって、人間さ。変わらないよ、紀恵と。他の国は知らないけど、俺や家族は王族だが、同じなんだ。信じてくれ」

「でも絶対君主制じゃない」

「それは政治の話だろ。プライベートは違う、でなければ、俺が紀恵と結婚できるわけがない。家族は俺の気持ちを優先してくれてるし、紀恵の信条だって分かってる。だから、紀恵は安心してくれ」

「私の信条って……私が民主主義信奉者で、専業主婦反対、って事も?」

「絶対平和主義者ってのも、最初の報告書でバレてるさ。そもそも、俺自身、日本での紀恵の行動追跡はしてたんだから」

あー、もープライバシーうんぬんって、止めてくれよ。最初に言ったろ、身上調査を通らないと、付き合えないんだって。

学生の頃、平和式典に行ってたり、国際政策シンポジウムに参加してたのも、分かってるんだって。


何と!私自身も忘れていた過去だ。確かにその当時仲良かった子がそういうのに興味があって、原発作業者の写真展とか、色々付き合わされたし、大学の教授がシンポジウムのパネリストとかで、ほとんど強制参加だった時もあった。そう言えば、そんな事してた!


「分かってて、何で私と婚約できるの?」

「それが俺の意思だからさ。逃げるな」

「ジョージが心変わりしたら?」

「しないよ。でも、その時は財産分与で第二の人生を楽しく暮らせるだろ……。くそっ、結婚前に、何で離婚の話をしてるんだ、俺たちは」

「だって……」

「まーったく、そういう心配性の紀恵が好きなんだよ。これはもう、脳内に刷り込まれた愛情らしい、取り消せない」

私もようやく頬が紅潮しているのに気付く。ジョージの気持ちが、ダイレクトに心の中に入ってきている。私だって、拒めない。こんなに、怯えて、混乱しているのに。


こういったカルチャーギャップは、ちょいちょい起きる。そのたんびに、ジョージの顔が赤くなったり、私の顔が青くなったりする。でも、それでも、一緒にいたい。傷つくのも、嬉しいのも、みんなみんな、彼のせいだから……。


振り返ってみると、世界中に山ほどある国の中から、何でブルテリアに、ホーンに一人で来て、住み始めたのかは説明がつかない。偶然と言ってもいい。でも、隣にいるジョージを見ていると、ああ、彼と出会うために、私はわざわざ日本から移動してきたんだな、と納得できる。運命だったんだな、と。


海外暮らしは、別に夢のような楽しい生活ではない。むしろ、日本と同じか、それ以上に孤独で単調な生活と仕事が待っている。

それでも……


それでも、私は日本を出る決心をして、そのまま外に居続けた。そういう人生の選択も、この世の中にはあってもいい。


これから、ウチの両親の老後は誰が見るのかとか、子供が出来たらどうするのかとか、言葉の問題とか、いろいろ出てくるだろうけど、二人で何とか話し合ってやっていくつもりだし、やっていけると思う。ね、ジョージ?


心の中で呼びかけたら、ふわりと暖かい気が私を包んだ。

ね、二人で、生きていこうね。[Fin.]


完結しました!皆様どうも有難うございました。次はあとがきです。

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