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夢で生きる  作者: 中田あえみ
最終章
32/34

生 き る 1

ブルーマンデー。

月曜日の憂鬱。普通の勤め人なら、月曜日の朝の出勤は本当につらいと分かるはず。


国用車を使わせてもらってから、だいぶ楽になってはいるけど、やっぱり仕事場に行くのは根性が必要だ。


「新聞ですよ。お早うさん」

街角でフリーペーパーを毎日配っているのも、ブルテリアの日常風景。英語新聞や、ブルテリア語専用、両方併記したもの、王族よりのもの、中立的なもの、革新的なもの、とざっと十種類くらいあると思うのだが、ブルテリア人は何種類か組み合わせて、同じニュースを読み比べるのが好きなのだ。

私も機会があれば数種類貰っている。


今日の第一面は、どの新聞紙も、ある貴族の収賄疑惑を扱っていた。何でも、三家の貴族が、昨日夜から公正取引法違反と背任罪で、公正取引委員会の事情聴取を受けているそうだ。


……貴族?

私は昨晩のジョージの話を思い出したが、敢えて、突っ込まないことにした。

彼が私のためにしてくれることなら、完全に信頼しよう。

信頼して、お任せしよう。それでいい。


あんなにモテて、高貴な人々の中で、平凡な私はかなり目立った。それでも、ジョージは私がいいと言ってくれてる。それを信じたい。


でも……

元カノ、か。誰だろう。侯爵家だと言ってたから、きっとあの中にいても自然なのだろう。なのに何で別れてしまったのか。私のせいなのか?


お昼を一緒にする時に、ようやく聞いてみた。

「ねえ、何で私が良いの?あの夜会で思ったけど、皆綺麗で、たおやかで、ジョージはすごいモテてたよ」

ぐほっと彼は咳き込むと、にたりとした。

「妬いてくれてるのかな、婚約者殿?」

「うーん、単なる好奇心。嫉妬以前の問題でしょ、自分が場違いってはっきりわかってるもの」

「あのなー、それを嫉妬というの」

げっ。私、いつの間にか重たい女になってる?

ふっとジョージは優しい眼をして、

「いや、少しは焼きもち妬いてくれ。でないと俺が安心できない」

「つまらない女にはなりたくないもの。それになるようにしかならないし」

「そこだよ。あのねえ、人間好きになったら、どんな汚い手を使っても手に入れたいと思うんだよ。何か俺、紀恵に愛されてる気がしない」

ちょっとむっときた。

「あれだけ美人に囲まれてモテて、何をいまさら。私が泣き叫べば、状況が変わるっていうの?そうは思わない。そんなの理屈よ」

「俺が他の女を選ぶと言ったら?」

「どーぞどーぞ、ご自由に。私は結婚したいなんて頼んでません」

「そーかよ」

ジョージは言い捨てると、ランチボックスも片づけず、そのままパントリーを出て行った。何その態度?

そんなに怒ることないじゃない。

突然食事を放り投げて、あっという間に立ち去ったジョージに、私は何も言葉を掛ける隙もなかった。


本当に怒っていたのだと分かる。でも、何故?

私は彼を信頼してるし、結婚できないと突然言われても、理解出来ると思う。だって、ジョージの判断だもの。


せめて彼の心理状態が分かったら……。

そう思って、彼の気を察しようと思ったら、途端に薄黒い「怒り」を感じた。ぐわっと全身に押し寄せてくる、黒い思い。

何をどうすればよかったのだろう。全く分からない。


咲子が、お茶を汲みに、ちょうどパントリーに入って来た。

「何たそがれてるの、紀恵?」

「どうしよう……。ジョージが怒っちゃった」

簡単に今までの会話を説明すると、咲子は、

「そりゃあ紀恵が悪いよ。謝っちゃいな」

「な、何で?私は彼の意見に従う、って言ってるのに、何でそうなるの?」

「本気で欲しいものは、あきらめちゃ駄目なんだよ、紀恵。それはマンチェクさんだってやって来たこと。なのに、何で紀恵が出来ないの?」


だって……彼の負担になりたくない。

十歳上の、外国人の、民間人の、ありきたりの外見の私。もっといい人がいるんじゃないの?もっと彼は幸せになれるんじゃないの?


「それって逃げだよ。マンチェクさんから逃げたいんだって思われるよ。色んなこと口実にして、結局マンチェクさんと一緒になりたくないんだ」

「そんな事ない!本気で彼に幸せになってもらいたいだけ。もし彼が、彼自身の幸せの為に私が必要なら、私もうんと努力して、王子とつりあうように頑張る」

咲子は大笑いした。

「という事です。マンチェクさん」

と、ドアの外からするりと入って来た人間は……ジョージ。

「え?」

「紀恵がなかなかゲロらないからさあ、一肌脱がしてもらいました。このー幸せ者!」

咲子が囃し立てて、私にもようやく分かった。

「ず、ずるい……。騙してたのね。私、ジョージが本気で怒ったんじゃないかとすごく心配だったのに……」

「怒ってたさ、紀恵。すごくむかついたよ」

「……」

「でも、紀恵が未だに自信がないのは、俺のせいでもある。なあ、俺の幸せは、紀恵と一緒に暮らすことなんだ。何度でも言う。紀恵抜きで、俺の幸せはあり得ない」

きっぱり言ってもらって、ものすごく嬉しかったけど、とても恥ずかしい。

咲子もにこにこして、

「大丈夫よ、私が証人になってあげるから。長い人生、のんびり行こう」

釣り合う釣り合わないは、今のところ棚上げしておこう。

彼の言葉を信じよう、彼の幸せには私が必要だと。

……有難う。

咲子はしみじみと、

「紀恵も、恋愛するようになって、丸みが出たというか、柔らかくなったから、そこんとこは分かってあげてください、マンチェクさん」

あ……何だかすごく恥ずかしい。

四捨五入して四十歳にもなって、そんな乙女なこと……。


「だって、紀恵分かりずらいんだ」

拗ねたようなジョージ。

「日本人はね、あまり感情を表に出さないんです。ちゃんと習いましたよね」

「分かってるさ……。でも何だか、物足りなくて」

だってお早うのキスもまだだし、軽いハグだけで凍るし。

「結婚するんだから贅沢言わないでください」

さすが既婚者、咲子はパシッと言って、この場を収めた。


そしてまた、フィニッシングスクールの教官とこの話になる。

ジョージがまたむっとする。

「またパーティーに参加しろと言うわけか」

ジョージの離れの応接室。私と彼と教官の三人だ(今のところ)。

教官がにこやかにしかしきっぱりと、

「数をこなすべきと申し上げております。結婚式まであと二か月弱。本当なら毎日ご出席いただいても足りないくらいです。国賓の方々に自然に振る舞っていけるように、と国王陛下からもお言葉を頂戴しております」

……。

「アルデンヌ男爵夫妻のパーティーは、二週間後ですのでご出席、と。その前にお茶会がございますので、日本大使館からのご招待をお受けしましょう。急ですが、今週末土曜日のお昼です」

「額田大使のか」

ジョージすごい、覚えてる。

私は彼が口に出すまで、誰だったけかなあ大使って、と頭をフル回転させていたのに。

「小規模の集まりとのことですから、田中様にもうってつけだと思いますし、どのみちご挨拶は受けるべきかと」

「国王陛下に通してくれ。批准されたらお伺いしよう。それでいいかな、紀恵?」

「そうね、日本人の方がまだ楽かな」


これは確かに、とても気楽な集まりだった。

建物に入ればそこは「ザ・日本」で、ジョージの方が浮いていた。笑ってしまう。

一応テーマは、留学生の交流会で、交換留学生だけでなく、私費や昔留学生(日本またはブルテリア)だった人たちの懇親会。国際結婚をしている人たちもいて、かなり勉強になった。


ところが……全く違った内容の記事を、私は次の日の新聞紙で読むことになる。

『婚約者は辣腕経営者』

こんな見出しが出た、ブルテリア語の大衆紙。東京で言えば、東スポのような路線なのだが、多少ぼかしてあるものの、私のお茶会での写真が何枚か掲載されていた。


王族に取り入り、自分の母国との経済関係を強化しようと目論む外国籍の婚約者は、「殿下~」と甘い声で第二王子殿下を呼び、ぴったりとくっついて、殿下に近づく人間を品定めしているのだという。いったい誰の事でしょう。

(あまりに現実と離れているので、ジョージに誰か他の女性がいるのではと考えたほどだ。)

元留学生には貴族もいたが、パーティーやお茶会の席で、彼らは随時婚約者と親密に話しており、ある貴族はお茶を彼女に捧げたという。(ブルテリアでは、これは、かなり親しい人間にする作法で、例えば義両親とか、義兄弟などに見られる行動。)


何度も思い返してみたけれど、誰が私にお茶を?……覚えがない。

いや、確かに、お茶はいただいたが、それは向こうが私にぶつかってきて、たまたまカップが倒れてしまったのだ。中身はほとんど空だったので、その人はすぐ謝罪して代わりのお茶を手渡してくれた。それだけなのだ。


それに誰だったか、思い出せないし。この点は反省しなければ。直さないといけないのだけれど、私は全く人の名前と顔が一致しないのである。予習が出来るような、大きなパーティーの前だったら、この前のように必死で暗記するけど、最近のようなお茶会では一般の人も集まったので、誰が誰やら全く記憶にない。記憶力の訓練をもっとしないといけないなあ。


自分の記事を見つめながら考えていると、

「なに?気にしてるの、その記事?」

隣の机のビビアンが心配して声を掛けてくれた。

「いや、全くの作り話だなあと思って、かえって面白いけど」

「それならいいけど」

で、彼女はそっとプリシラの方に眼を向けて、

「こういう記事、楽しんでる人もいるのよ。気を付けて」

いや、どうすればいいのかさっぱりわからないんだけど。


暫くして、部内一斉メールでプリシラからお知らせが。

『社外でのマスコミ取材対応について』

嫌味なタイトルだが、仕方ないので読み進める。

『社外でのマスコミ取材は、マーケティングへ事前申告すること。これは、社内規定にも明記してあります。会社は、特定の団体への関与につき、会社のスポンサー陣と競合しないように申し合わせており、これらの事項を順守できない団体・個人は、処罰の対象となり得ます』


勝手に撮られた場合はどうすればいいのか。あんた(プリシラ)が守ってくれるのか(そんな事は絶対にない)。

何の内容もない通達。全く……。


ビビアンを見ると「ゴミ箱に入れたわよ、あんなメール」とのこと。

私もそれに倣った。

私も日本を出てから、ずぶとくなったのかも。日本にいたころなら、怖くて外も歩けなかったかも知れないけど、今は、多少は気になるけど、それ以上ではない。昔なら、悔しくて悔しくて、反論しまくっていたと思うけど、今は、どうでもいい。何しろ忙しいんだから。


プリシラの机に行こうという気すら起こらなかった。



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