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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第九章
27/34

つ づ き 2

……駄目だとは思わないが、やっぱり二十代のような盛り上がりはない。老けたんだな。

ビビアンが顔をゆがめ、

「何てこと!女が『年老いた』なんて、八十代九十代になっても口にするもんじゃないわ」

「だって相手はピチピチ二十代だよ……。私なんてババアだよ……」

「冗談も休み休み言ってよ、女はね、三十代からが勝負、花なの!だから紀恵だって婚約したのよ。現実を見てよ、全く」

確かにそうだけど。相手の方が大輪、艶やかな咲きっぷりだと思うよ。

「分かったわ……。待ってて」

ビビアンは、手早く電話を手に取ると、ニールさんに内線をした。

「マーケのビビアンです。ちょっとお願いがあるんですが、マンチェクさんの公式行事での仕事ぶりを、紀恵に見せたいんです。どうでしょう?」

……公式行事?すごく目立つじゃない、もし私が行ったら。

私が完璧に凍っていると、ビビアンはふふん、と鼻で笑い、そのまま話を続けている。どうやら、ニールさんが手配してくれるらしい。

これらのやり取りはブルテリア語だったので、ほぼ聞き取れたのは嬉しい。これは本当に小躍りしたいくらいだ。

電話を終えたビビアンに、「私、会話聞き取れたよ!」と言うと、流石じゃない、と喜んでくれた。

「じゃあ、心置きなく式典に行けるわね。詳細はメールしてくれるって」


そして三分後、ニールさんからメールが来た。

場所は王宮からほど近い、国立競技場で、国際マラソンの開会式と閉会式だという。

ビビアンはCCされたメールを読んで、

「運動関係なら、人も集まるし、競技も楽しめるから、丁度よかったじゃない。紀恵の事だから、どうせ今まで王族の動向なんて眼中になかったんでしょ。これを機会に、マンチェクさんたちが実際何をやっているのか、確かめるべきじゃない」

王族の一日の予定とか、新聞に載ってるんだよ、知ってる?

「知らない……ってか、気にした事なかった」

だって、私、そんなの反対なんだもん。

ビビアンは、私の机の隅に積まれていた、フリーペーパーを手に取り、パラパラとめくって、私に差し出した。

「ほら、国内ニュースで、小さい欄に一日の動きが出てるでしょ」

よく目を凝らしてみると、国王陛下並び王族関係者と、総理大臣含む内閣の大臣クラスの前日の動向と、本日の予定が、簡単に記事になっている。今まで見たことがなかった。


確かに以前、ジョージは、新しい世代のための王族を、とは言ってくれたけど、正直どんなものなのか、どうするのかはよく分からない。聞いちゃいけない気もして、うやむやだ。彼が王族として、国事行事として何やってるのか知らないし、将来についてもよく分からない。

「百聞は一見に如かず。ニールさんが入場券くれるそうだから、一人で行っておいで」

一人で、ですか?ビビアンは来ないの?

「デートだもん。野暮なこと言わないでよ」

……参りました。


そしてここは国立競技場。ニールさんがくれた入場券には、朝5時半から開会式とあった。


……朝、五時半?

つまり、それ以前に起きて準備していないといけないわけだ。

ネットで式次第を調べると、実際は朝4時半から開場。レセプションがあり、朝五時二十分に参会者はスタート地点に整列、5時半に開会式の言葉を第二王子殿下が述べ、その後すぐに競技開始。


競技は大きく三部に分かれ、五時半はハーフマラソン男女混合、六時十五分はフルマラソン女子、七時にフルマラソン男子がスタートする。


ブルテリア中央銀行主催の国際マラソンは今年で五十八周年を迎えており、日本や世界からの招待選手も参加する、かなり大きな大会だ。実は、私も一昨年話のタネにハーフマラソンに参加したことがある。その時もジョージは開会式をしたはずなのだろうが、全く覚えていなかった。そんなもんだ。


そんな訳で、よれよれとなりながら(意識を失っている、とも言う)、競技場に行って、席を確かめると、一般席だが、VIP席の隣だった。ジョージは勿論一番奥の(多分ガラス張りの)王族席にいるはずなのだが、ここから、ステージだけは近く良く見える。

朝5時半きっかりに、運動服を着たジョージがステージに立った。

まだ薄暗い中、そこだけしっかりスポットライトが当たる。すごい、まるでスターの様だ。(実際、ブルテリアでは王族はスター扱いだが)

爽やかな第一声が響き渡る。

「おはようございます、参加者の皆さん、そして観覧席の皆さん。スタートの瞬間が待ち遠しいですか?」

問いかけると、場内から「はーい」と返事が届く。

「私も、個人的にスタートが待ち遠しいです。皆さんのおかげで、私自身のプライベートは順調に進んでいます。人生はマラソンだと言われますが……」

そして周囲をぐるりと見渡し、また特別に笑顔でスタート地点に立っているランナーたちを見つめた。

「……ようやく、私もスタート地点に立てそうな気がしてきました。本日は参加者の皆さんが一足早くスタートされますが、私も人生の後輩として、皆さんの活躍をしっかりと見させていただきます。気を付けて、いってらっしゃい」

話し終わると、拍手喝さいが起きた。観客の人たち、参加する人たちも、ほとんど全員、ジョージの姿を見つめ、ジョージもそれに答えて楽しげに手を振っている。

そして数分後、ようやく会場が収まると、スタートのピストル音が鳴った。


私も思わず、立ち上がってジョージに拍手を送っていた。

何か、感動する。

ただの頑張って、とも違うし、これってやっぱりカリスマってやつなんだろう。すべてが自然なのに、妙に目立つ。そして、嫌味なしに、元気がもらえるのだ。


これが『特別な血筋』の意味か。

生まれながらの指導者。そういう言葉が国王のいないアメリカで幅を利かすのを鼻で笑ったが、確かにある種の人間は、リーダーとなるように生まれついている。


「いらっしゃいませ、紀恵様。私に仰っていただければ、VIP席をご用意いたしましたのに」

背後から、アンソニーさんがそそくさとやって来た。はい、もうばれました。


そのまま、奥の王族席へと案内された。やっぱりガラス張りの奥の席だった。


「紀恵、来てくれたんだ。こんな朝早くに」

ジョージがキラキラ目を輝かせて私に言った。

「マラソンだから仕方ないよね。私もハーフに出たことがあるから、何とか起きれたわ」

「一昨年だろ?記録残ってるよ」

「やだー。単なる冗談でエントリーしたのに」

「まあいいじゃないか。朝ごはんは?まだなら一緒に食べようか。食べたら帰ってもいいよ」

「ジョージは最後までいるんでしょ?」

「まあねえ。閉会式があるから、一応ここでスタンバイ」

何だかジョージが、いつもと違って、少しクールに見える。今、お仕事中だからなのかな。

そんな彼に、ちょっとときめく。仕事に一所懸命な男性って、やっぱりいい。

「なら、私もここで競技を見たいんだけど……無理かしら?」

私はめったにお願いしないのだが、今日はスポーツの観覧とあって、言葉がスムーズに出た。

「勿論さ、婚約者殿。そのサファイヤの指輪、とても似合ってる」

そう、薬指はファッションリングという名の、サファイヤ。

ジョージはしらばっくれてるが、このサファイヤは、オーピン国王陛下の祖父、つまり曾祖父の姉が、結婚の時に両親から送られたもので、彼女は子供がなく、養子を迎え、その養子がオーピン陛下のご婚約の際、お祝いとして贈ったとかで、よく分からないがアンティーク、つまり骨董品。値段が付けられないらしい。

という話は、王太子殿下で公爵のアレクサンドルさんが、事後にメールしてくれたものだ。最後に「保険掛けてないよ、保険金がもったいないから」と言う恐ろしい事実まで伝えてくれた。サファイヤ自体は東洋のブルージャイアントに近い色で、私の大好きなロイヤルブルーだからすごく気に入っている。品があって、落ち着いて……私の理想なのを、現代風のアレンジして、彼は指にはめてくれたのだが。いつも外出時にははめるように、とアレクサンドルさんから半ば脅かされている。


何で保険ないんですかと聞いたら、そんな二百年前の古い物にお金なんか一切かけたくないと。お金持ちの考えは一般庶民には全く理解しづらい。


「スポーツとはあまり関係ないかなと思ったけど」

「いや、紀恵にはいつも薬指に着けてもらわないとね。贈った意味がないから」

「はは……有難う。それはともかく、閉会式までいい?」

「勿論だよ、一緒に競技の中継を見ようよ。大きいスクリーン見ながらさ」


そう言って、朝ごはんをとり始めながら、二人で大画面を見つめることとなった。


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