目 覚 め 1
ジョージはまた真顔に戻り、俺の事、紀恵の両親は知ってる?と聞いてきた。むろん、知るはずもない。
「記者会見前には、知らせないと……。メディアの対応が出来ないと思うし」
彼の言う事はもっともだが、しかし、こんな非現実的な話を、どうやって一般の日本人に伝えればいいのか、皆目わからない。
「今までの彼氏だって、結局伝えたことなかったのに、どうやって今回話せばいいのか全く分からない」
「じゃあ、今電話して伝えてみてよ、俺の事」
……疑ってるわね。
まあ仕方ないか。私は国際電話の番号を押し始めた。
案の定、ほとんど話がつながらなかった。父、母とも、キャパシティオーバーである。
「紀恵、つまりおつきあいしてる人がいるのね。その人は十歳年下なのね」
「ええ。で、結婚を前提としておつきあいしてて、で、彼は有名だから、もしかしてそちらにも取材が行くかもって」
「……王子と付き合ってる、という事ね」
「ええ」
「……騙されてないの?紀恵?いえ、私がブルテリアに今すぐ行きます。いったい他人の娘をなんて思っているの!」
母が怒ったのだ。父が何か言うと思っていただけに、この反応は予想できなかった。
「あ、お母さん、あの、向こうのご両親にはお会いしたので……」
「だったら、何で相手から連絡がこないんだ?」
今度は父が怒鳴っている。
「いや、これからするところ……」
私はジョージに、目で「こりゃ駄目だ、話つながってない」と合図した。
ジョージが一旦切ったら、というので
「分かった分かった。もう一度連絡するから、ブルテリアに来るのはちょっと待って。私も騙されてないかちゃんと確かめるから。大丈夫よ、私たち何もないの、まだ。はい……はい、では」
消耗した。まさかの両親の対応だった。
ジョージが軽く私の両肩を後ろから抱いた。
私はまだびっくりしたままだ。
「信じられない……。親は中々信じないだろうなと思ったけど、結局怒ってるよ、どうする?」
「まあ普通の親は、王族となんか結婚させたくないと思ってるよ。元カノの時だって、根掘り葉掘り馴れ初めを聞かれたからね」
「公爵令嬢でしょ?」
「うん、だから身元調査はスムーズにいったし、父上も母上も社交界で出会ってるから顔合わせもいらなかったんだけど、公爵夫妻が大変ご立腹」
「何で?面倒だから?」
「そうさ、公爵家ともなれば、誰でも選べるじゃないか。王太子ならまだわかるけど、スペアの第二王子に誰が嫁がせたいんだよ。一般市民の方がまだいいだろうさ」
「スペアスペアって言わないで。私にとっては、あなたが一番なの」
悲しくなって思わず本音を言うと、ぐっと後ろから抱きしめられた。
「俺にとっても、君が一番さ……」
甘く耳元でささやく。何か……こういう事が出来る人だったんだ、とまたジョージの新たな点を発見したような感じ。私、まだまだ彼を好きになるんだな……。
私の気持ちが落ち着いたのを見計らって、じゃ、とジョージは帰って行った。
今日の両親の反応を、陛下と蔵人所に連絡するのだという。
「王子様と結婚、か」
おつきあい、だけでも何か凄いのに、お輿入れともなると……。
まさか、男の子に切符ねだられて、タクシー代あげたら、ずっと後でこうなるって思わなかったよな……現代版鶴の恩返し。
国際結婚なんて今まで考えてもなかっただけに、ネットで調べてみると、かなりシビアな現実が現れた。ブルテリア人と日本人のカップルで、離婚率は五十パーセントを超える、というものである。
日本人は核家族なので、ブルテリア人の大家族体質が合わないらしく、毎週末親戚揃ってのブランチ(外食)は苦痛らしい。何で話も合わないのに、顔を出さなければいけないのか、と感じるそうだ。
また、日本の郊外から嫁いできた人は、特にホーンの住環境に驚くらしく、マンションは狭いうえ、騒音がひどい、と思うそうだ。
マンションの音には、確かにうなづける。壁越しに、天井越しに、まな板の音や、テレビの音なんかガンガン聞こえるし、ひどい時は夜中の1時にピアノを練習している。
現実には夜九時以降の騒音は禁止されており、マンションの管理事務所へ苦情を入れれば大抵音は止む。だが、もし違う人が入居してきて、騒音を出し始めたら、同じように管理事務所へ苦情を入れないといけない。
苦情を入れるまでは、何の改善もないと思った方がいい。つまり、音を立てている方は、他人が何も言ってこないからこれくらいは大丈夫だ、と思ってやっているのである。相手の身になって、という考え方はない。だって、自分は相手ではないのだから、「相手」の「気持ち」なんかわかるはずもない。それより、相手からはっきり指摘してもらった方が、正確だし現実的だ。そう考えるのだ。
お墓参りにはいまだに親戚総出で駆けつけ、しかもきちんと立派なお供え(花、食べ物、お金)をするのがブルテリア人。どうせ誰も食べないし、使わないのに、もったいないと思ってはいけない、とか。
色々なケースを読んでいるだけで、私はかなり憂鬱になった。
ほんの少しだが、貴族と結婚している日本人もいた。その人は、社交界のダンスパーティーが死ぬほど嫌だと記してあった。ダンス……
私も恐ろしいことに気付く。ホーンに来てしばらく、社交ダンスを習っていたこともあったが、足と手が全く振付通りに動けず、自分で自分に絶望して止めた。しかし、結婚式でも大抵ダンスは披露される。出来ませんでは済まされないだろう……。
またパーティーはほとんどの時間は立ちっぱなしなんだそうだ。そう言われてみれば、テーブルセッティングされているパーティーなど映画の中でも見たことはない気がする。カードやゲームをする場合だけ、小さなストールに腰掛けられるとか。なるほど、道理でみんなパーティーを抜け出すわけだよ……。