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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第七章
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夢 の 今 3

「だから言ったでしょ、座るところがないんだって」

私は、ジョージに苦々しげに言った。この男は、王子であり、この国の絶対君主の息子で、私はその封建制度の被害者である。

「実測観察からすると、三人は座れる。一人当たり三十平方センチのフリースペースは確保されるというのが俺の計算だ」

屁理屈だ。

私は彼に取り敢えず床に座って貰う。何しろ椅子もない、あるのはベッドだけだから。

お湯は常に電気ポットにあるのが不幸中の幸い。例のちゃぶ台を広げて、お茶を出した。取り敢えずティーバッグだけど。


「フォションのアップルティー。日本人の定番だな」

「そうよー。最近フォションがブルテリアに支店を出したので、ダッシュで手に入れたの。お茶っ葉買おうとしたら、ティーバッグがセールだったのでそっち」

ジョージは何でかご満悦だ。

「話を聞くと、いかにも紀恵らしいなあ」

「どう?疑惑は晴れた?本当に男がいるとでも思ったの?」

「うーん、難しいなあ。疑惑というか、質問なんだけど、帰社後、何やってるの?」

「ジムでしょ?あとはテレビ見たりして寝てる」

無言。

「ああ、あとネットやったりもしてるけど……」

ジョージは思い切ったように言った。

「これから、花嫁修業してほしいんだ」

「は?」

「フィニッシング・スクールに申込んでおいたから、週三日は通ってもらう」

「はあ?」

「あと語学で……『格好いい』フランス語を勉強してもらうんだけど、家庭教師を付ける。ここに来てもらうよ」

「はああ?」

「ブルテリア語の家庭教師も付けるけど、それは王宮に来てもらうから、一緒にやろう」

「へ?」

突然の様々なイベントに、脳のキャパシティが追いつかなかった。

「ジョージ?私に勉強しろと?」

「簡単に言うとそうだね。うん、確かにそういう事だ」

ジョージの顔がパッと明るくなる。

「そうだよ、俺がスポンサーになるからさ、紀恵は勉強するだけ。いい条件だろ?」

って、普通騙されるか?

まあまずお茶をいただく。アップルティーは香りが一番。

「……紀恵、断らないよね?」

静かにお茶を楽しんでいる私を、ジョージは横目で見る。

「ええっと、ちょっと待って。勉強するのは構わないし、三十五歳過ぎてから語学なんてどれだけ出来るかわからないけど、面白いと思う。でも、何でフィニッシング・スクール?」

「これから紀恵が必要になるからさ」

「どうして?」

「王宮でウチの家族と会うだけならいいけど、これから、貴族たちとか、外国のお客とかに会う時は、どうしても必要だから、知っておいた方がいい」

「……ジョージ!また私の無意識に聞いたわね!」

「いや…違うって、聞いたけど、国賓に会いたいって言ったぞ、紀恵」

こいつまじしばきたい。

「でも、どうして?」

「それは……」

ジョージだって、顔が真っ赤になるんだな、と初めて思ったその時、

「俺は、真剣だから。紀恵と結婚したいと思ってる。第二王子なんて不安定な身分だ。兄貴のスペアみたいなもん。でも万が一何かあったら、でかい責任だけ一瞬に回ってくる。本当に損な役割なんだ」

「アレクサンドルさんのスペアなんて!私は絶対にそうは思わないわ。ジョージはジョージよ、誰の代わりでもない」

私は思わず叫んでしまった。ジョージは暗い眼をしていた。

「事実は事実だよ、紀恵。俺だけじゃない、ルイーズも同じ。基本、俺たちみんなバラバラに暮らさなきゃいけない。一緒にいたら、まとめてやられてしまう」

だから成人すると、独立した建物でそれぞれ生活するんだ。


「そんなに厳しいものだったのね……。私、単にお金があるからだと……」

「それもあるけどね。お祖父上の世代は、一緒に暮らしていても、食事は別だったらしいからね。結構王族って損ばかりなんだ」

「うん……」

「普通の貴族の方が楽だって、ずっと思ってる。特に俺の場合、万が一を見越して、俺自身帝王学も学ぶ。でも、やり過ぎると、王位を狙ってると疑われる」

「そんな……」

「伴侶だって、将来は王妃になるかも知れない。それに相応しい教養が求められる。でも、大体は無用になる。兄貴が国王になって、そのまま子供が生まれれば、俺たちの代の役目は一応終わるからね」

だからさ、と彼は暗い眼で、私を見た。

「紀恵にとって、あんまり旨味のある話じゃない。これからは、護衛も付けることになるから。普段通りに行動してくれて構わないけど、誰かが見ていると思ってくれ」

「はあ?」

「手紙やメールは大丈夫だと思うけど、蔵人所職員が何をどうするかは、俺にもわからない。これは国家機密事項になるから、父上以外は多分知らされない」

「と、盗聴されるって事?」

「すごく正直に言うと、今まではされてた」

「はああ?」


ジョージの『簡単な』説明によるとこうだ。

要するに身元調査。一般市民でも企業でも、就職前やお見合いの後なんかで、やられる人物調査の、もう少し厳重なやつ(それがどの程度かは機密事項)が行われ、国王の承認があって初めて、王族と交際が出来るのだそうだ。

当然電話、メール、手紙も調査内容に含まれていたはず、と言う。

「ただし、俺は本当に知らない。それに承認が出た時だけ、こうやって本人に連絡できるんだ」

だから……

気でやり取りできる相手は、二人にとって好都合なんだ。何せ、二人だけの秘密なんだから。

ちょっと待て。

「私、マル高じゃない。駄目じゃなかったの?」

高齢出産の事だ。王族だったら、かなりこの点は突っ込まれるのでは。

「承認されたんだから、大丈夫だったんだろ。……紀恵、年齢は気にしすぎだよ。今時、五十代だって出産してるんだ、大丈夫。健康診断書は優良だったろ」

ブルテリアには、国民保険制度がないので、保険を使いたければ、個人で医療保険に入るか、保険のある会社に勤めるしかない。今の職場には、年に二十回という回数制限はあるけど、一般医にかかっても保険は下りる。健康診断も、ほんの少し補助が出るので、自腹を多少切るが、私は毎年一回は定期健診セットなるものを近所の病院で受けている。

病院同士競争なので、安い高い、色々なセットもあり、毎回毎回受ける前に吟味するのが楽しかったりもする。今回は癌マーカーがおまけのセットを受けてみたのだ。

「そりゃあそうだけど。心電図、X線、血液、血圧、体脂肪、腫瘍マーカーも全部優良だったけど、でも、年齢は……」減らしようがない。

「もう言うなよ。俺、マジでへこむ。俺だって、紀恵の年上になれるならなりたい!」

がしっと抱きしめられた。ジョージは馬鹿力なのか、息が苦しい。

「う……、う……ん」そして、彼の体温がすごく高くて、熱い。

すごくドキドキする。無意識で、私も彼の背中に手をまわして、ぐっと抱きしめ返した。

彼は、ほほを摺り寄せてきて、耳元で、

「早く子供が欲しい……。そうなんだろ?」

私はかーっと体中の血が頭に上った。

「ち、ちがっ!私子供は興味ない!」

くす、とジョージが笑った。

「じゃあ、マル高なんて関係ないだろ!身体弱いとか信じないからな」

私たちはようやく身体を離し、彼はおでこに軽くキスをした。

「……どうして承認されたんだろ、私」

「紀恵が俺に相応しいからさ」

こういう時は外国人だなあ、と思う。気障なセリフをさらりと言えるんだから。何か、ときめくなあ。


「あと……すごく言いにくいんだけど、記者会見はしなきゃいけない。国民の知る権利に応える為だ。紀恵はまだ一般人だから出なくていいけど、俺は交際宣言を出す」

「い、いつ……?」

「明日、と言いたいところだが、まだ未定。でもあまり引っ張れない」

「う、うん。報道の権利と知る権利は守らなくちゃいけないのは理解してる」

「マスコミにとっておいしい材料だ。外国人で年上で一般人だ」

「うん……」

「王宮に来てもらえれば、守れるから……。その点はあまり心配しないで、俺に任せてくれ」

「うん……。あれ?」

「何?」

「私、ジョージと結婚するって返事したっけ?」

「したよ」

「また無意識に聞いたわねー!!」

「手間を省いたのさ。効率化だ、プロジェクト・レインボーだ」

何て人!!!



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