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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第七章
20/34

夢 の 今 2

冷蔵庫はなくても、テレビはあるのが私の部屋。映りは悪いけど。

「インフルエンザ予防のため、罹っている人がいたら室内の窓を開けて換気をよくしましょう」

政府広報が流れる。


私は、ジョージの「部屋に遊びに行きたい」という度重なる携帯メールを瞬間消去していた。

ソファを置く場所もないし、ここは完全に一人部屋だ。私は床に、ジョイントマットを置いて、暖を取っている。一畳もないスペースに、折り畳み式のちゃぶ台(のようなもの@イケア)を置いて、食事したり、PCを叩いたりしているのだ。掃除機もない。家事が嫌いなわけではないが、この広さでは適当に床クリーナーやコロコロで埃を取る方が現実的なのだ。


誰か来るという想定が一切されていない、それが私の部屋なのだ。まだ契約も残っているから、引っ越しも出来ないし、そもそもそんな予算はない。


……室内の換気を、か。イギリスに行ってこれと同じ広報を見て納得したのだが、ヨーロッパではかなり普通なのか、とにかく、風邪をひいたら、こちらでは窓を開ける。酷い人権侵害だ。更に、イギリスでは熱があると、水ぶろに入れとも言われるらしい。ブルテリアではシャワーがメインの為か、水シャワーに入れとは言われないが、寒かったら熱いシャワーを浴びれば温まる、と言われたのは目からウロコだった。ホーンのほとんどの家には、暖房がないのだ。冬は気温が一ケタになるというのに!


窓全開は、ウィルスをこもらせないようにするのが目的らしいが、シェアしている時、発熱してふらふらにも拘らず、台所や浴室の窓を全開され、切れる寸前になったことがあるが、自分たちが風邪の時もそうやっている。却って症状が悪化するのでは、と思うのだが……。


郷に入れば郷に従えで、私も風邪をひいてタクシーやバスに乗った時は、率先して窓を開けている小市民である。


そんな小市民の部屋に、やんごとなき身分の方が出向くことはありません。

はっきり言おう、迷惑です。

じわーっと暖かな気がまた寄ってきたが、きっぱりと撥ね付けてやった。

家賃月六万円の部屋を見て、何が嬉しいのか。御免蒙る。


ただまあ、何となく彼(汗)の気持ちも分かる。そろそろ三か月なんだ、三か月と言えば……


テリーが昨日社内メールで私とビビアンをプロジェクト・レインボーに加えると連絡してきた。最終段階らしい。

マーケから二人追加。コンプライアンスからやITも新たに加わり、これで会社の総部門から人を集めたことになる。


当初は三か月のプロジェクト遂行のため、ニールさんとジョージはウチの会社に入った。その期限が過ぎれば多分……

毎日会う事もないんだろうなあ。

私自身は、寂しくなるのか、どう思うのか、よく分からない。でもジョージは忙しいだろうから、会えなくなればそのまま自然消滅って可能性もあるだろう。それを覚悟で、彼(大汗)と『お友達』になったのだから、せめて見苦しくなく終えたい。気の交換って言ったって、世間が聞けば脳内ファンタジーにしか聞こえないはずだ。彼はこのブルテリア国の第二王子、立場もある人間に、そんなくだらない迷惑をかけたくない。


あれから結構その古武術について調べたけど、秘術なのか特殊能力なのか、意識を感じ取る、という技術をはっきり書いてある物は見つからなかった。でも、攻撃能力の一つと考えれば、周囲の気配を読み取ったり、目を閉じても相手の動きが分かるのは当たり前だろう。だが、相手の意識に働きかけて、自分の思う通りに行動させるのは、高度な技であるというより、ファンタジーだ。私は信じられるけど、他に世間の誰が信じるだろう。彼を笑いものにはしたくない。断じて。


でもこんな葛藤まで、ジョージは分かってるんだろうか。心の中を読まれているというより、私自身も知らない私の無意識を彼は知っているようだった。例の古武術のおかげだろう。私は、彼を教えた教官を憎たらしく思った。私の無意識なんて、私自身が知らないことだ。私が知らないことで、勝手に色々思って欲しくない。それに私たち、そんな内面の奥の奥まで話し合えるくらい、親しくなっているわけでもない。他人の無意識を感じ取れるのもうっとうしいのかも知れないが、親しい人の無意識が感じ取れるのは苦痛の方が大きいだろう。それによって、どんなに彼が傷ついたか、また今も傷ついているのか、その教官は分かってるんだろうか。単なる殺し合いの訓練のおかげで、彼は……


私がいけなかったのか。知らずと反撃してしまっていたからだ。

私が……


「紀恵、会議」

ビビアンが声を掛ける。そうそう、そのレインボー会議。名前を読み上げるだけで鬱になるが、名付け親は前も言った通り私なのだ。公募していた時、ちょうど窓から虹が見えたので、そのまま応募しただけ。それが通った。

「はいはい、っと」

ノートとペンを持ち、二人並んで会議室に入る。インターンのジョージは早めに来てスクリーンのセッティングをしていて、声を掛ける雰囲気でもないので、静かに後ろへ座った。


今日は咲子がプレゼンらしい。ニールが司会で、咲子が前に座っている。

他の出席者もばらばらと来て、ほどなくほとんどの席が埋まった。

じゃ、始めようか、とニールが声を掛けて、咲子がまずはお礼から述べていく。

「皆さん、お忙しい中お時間有難うございます。まずはスクリーンをご覧ください。わがプロジェクト・レインボーは八週間掛け、顧客満足度と事務処理エラーの関連性を導こうとしました」

次のスクリーンへと移る。

「これが結果です。この数値によりますと、ほとんど関連性がないことがわかりました。正直残念な結果です」

この後、延々と経過説明が続き、私の意識はもうろうとなったが……


「そこで、マーケティング部より新たな提案があり、改めて顧客調査を行い……」は?思わず目が大きく開かれる私。提案?何が?

「それを持ちまして、エラーとの関連性を研究することといたしました」

「レインボーの目的は、顧客満足度を高め、事務処理手続きを簡素化しエラーを減らすという二点にあります。つまり、その成果を形にすることが、まずは必要です。よろしくお願いいたします」


よろしくお願いされた?訳の分からない会社の全く訳の分からないプロジェクトにお願いされた?色々な事が一度に起こって、私自身も混乱している。ビビアンがそっと耳打ちする。

「つまり、延長したいってことよ」

「なるほど」 

そうしたら、ジョージももう少し長くここにいるんだろうか。そうしたら、もう少しだけ、別れた後を考えなくていいのかな。ちょっと嬉しいような、でもいつかは分かれるのにと思うとやっぱり複雑な……。

あれから毎日なるべくお弁当のデリバリーを頼んで、お昼はジョージと一緒に食べている。なのに、あんまり彼の気持ちがわからない。分からないというか……ずっと黙ったままが多い。

だから私も黙ってしまうのだが……

「そろそろプロジェクト終わりですね」

「そうかもな」

「そうかもって……」

……無言。こんな感じだ。

何だか泣きたくなる。こんなはずじゃなかった。本当はもっと話したいのに、なんで言葉が出ないんだろう。何故?

私は意を決した。

「もう会いたくないんでしょうか?私とご飯食べるのが嫌なら、もうやめます」

ジョージの顔が一瞬曇ったが、

「そんなことない」

「でも無言だし……。どうしたんですか?」

「いや……」

「知ってますよ!私は無意識で何と答えたんですか?何を尋ねたんですか、私に!」

はっきり告げると、彼の顔が一層曇った。

「会いたくないってさ」

「は?」

「俺が、プロジェクトの後も会いたいって言ったら、紀恵は会いたくないって答えた」

「はあ」

私はコホン、とわざとらしい咳をして、ジョージに身体を向けた。

「それで、ジョージはどう思ってるんでしょうか」

「紀恵、俺に会いたくないのか?」

……会いたいと思うだろうなあ。しかし何で会いたくないと即答した、自分?

「会いたいと思うでしょうねえ……」

「嘘だ!無意識は嘘をつかないんだ」

そーかよ。

それは何か見落としてるんじゃないの、王子?


「会いたいですよ、でも、このまま会ってどうしよう、と不安はあります」

「あーまた出た。紀恵って破壊力満点だよ」

ぐるぐるとナポリタンをフォークに巻き付けるジョージ。今日はイタリアンのデリバリーだ。

「俺に任せとけよ、絶対悪いようにはしない。むしろいい方向に進むんだから」

あんたにとっていい方向だろうが、と悪づくのは極秘事項だ。

しかし私にとってもこれは…結構恥ずかしい。だって…

「不安なのは、このまま会ってると、本当にあなたを好きになって……そのう……」

ジョージはじーっと私の顔を見つめる。プロだなあ、無表情だよ、ちぇっ。

「だって……前も言った通り、私は外国人だし、庶民だし、ジョージが実際何をしているのかもやっぱり想像しずらいし、色々とギャップも生まれるだろうし、そんな不安を抱えて、ずっと会い続けるのは……」

肩をすくめて、ジョージはナポリタンをぱくっと食べた。

「それも嘘だ。聞き飽きた」

おーまいがー。

完全にばれてる。

こいつまじしばいたろか、と未熟な私から殺気が立ったのは、すぐに悟ったらしい。またふんわかした気が私の周囲を取り囲んだ。狸め。


「分かりました、分かーった、分かりましたよ、言えばいいんでしょう?ジョージ、あなたねえ、私と会って後悔してるでしょう?」

あー言った。

しかし、ジョージは、次の一口を作成すべく、またフォークをぐるぐる回していた。いや、気が立ってるんだな、流石に。彼自身もどうしようもないのだ。

「私とエネルギーを交換したおかげで、自分の才能を開花させたと言えば聞こえがいいけど、あなたの攻撃能力は、普段使いのレベルをはるかに超えてる……」

ジョージの視界に、私の顔をしっかり入れて、はっきり言った。

「私はあなたの心を読めないけど、でも、普通に考えて、あなたの心は傷ついているはずよ。私はあなたを癒したいの、でも、私は多分あなたを倍傷つけてしまう。私を憎んでくれた方が、あなたは救われるんじゃないの?」

「憎めるわけないだろう。憎めるくらいなら、こんなに苦しくない」

「……そうね……。でもいつかは憎めるんじゃない?会わなければ。それに、私も自分を許せないわ……、あなたの傷つく原因が、私との出会いにあったなんて」

カタン。ジョージがフォークを置く。そして私の方に身体を向け、にやーっと不敵に笑った。

「俺はそんなにか弱くないつもりだ、紀恵。で、ようやくタメ口になったな」

「え?……あ、わ、私?!」

はあ?


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