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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第七章
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夢 の 今 1

ぽくぽくぽく……

後ろから、何か音がする。

後ろを振り向くと、馬が二頭、走ってくる。いや、馬二頭に騎乗しているのは……


私の顔に?が浮かんだのか、ジョージは解説した。

「前回は見なかったね。あれは王宮警察。庭内は通常馬で巡回するんだ」

ああ、と私の頭に、先週末からのネット検索情報が浮かんだ。

「あれが……。本当に馬に乗ってますねえ。王宮は独立した警察組織と、そして軍隊の近衛師団を持ってるんですよね。王宮警察は事務官も含め約千人、近衛師団は約二百人の精鋭部隊とされてますね」

「詳しいな」

「調べました」

ちょっと自慢したい気分。多少は私だって意地はある。

馬が近づいてくるのに従い、ジョージはぐっと力を込めてしっかり私の手を握った。

……馬が怖い?

馬はゆっくりと走り、私たちの脇を通って行く。騎乗している警官二人は、軽く片手をまげて帽子のつばに触り、敬礼をして行った。


「あのージョージ、ちょっと手が痛いのですが……」

「そう言って振りほどこうとしても、無理だからな。一瞬手をゆるめたじゃないか、馬を確認した時」

「……え?自分では覚えてないですが」

「ってことは、無意識に振りほどきたかったのか。全くショックだよ、紀恵には」

「ジョージこそ、馬が怖いんじゃないんですか、握りしめるなんて」

「馬は怖くないさ……。俺の背、もう紀恵を越してるんだよ。学位だって、紀恵より上だ。国際経験もあると思うし、社会経験も大学に入ったころから積んでるんだ。もうあの時の、駅で出会った中六のガキじゃない」

そ、それは……

押し黙った私を見て、ジョージははあ、とため息をついた。お互い溜息つきまくりか。

「いや、そんな事を言いたいんじゃないんだ。そうじゃなくて……」

またぎゅっと手を握りなおされる。

そしてそっと、左手で前方を指す。

「あの鳥、知ってる?ハヤブサだ」

見ると、水鳥やほかの鳥がわさわさと飛び立っていく。ハヤブサ。生態系の頂点にいるとされる、時速三百四十キロで降下できる、鳥の中の鳥。

「格好いいですねー。ハヤブサ好きです」

思わず目がハート型になったのを、ジョージも見て驚いたろう。しかし、好きなものは好きなのだ。素敵だ、ハヤブサ!


「……ハヤブサ好きなのか?」

「ええ。飛んでる姿は堂々としていて、正に空中で舞っているような華麗な浮かび方、水際で波と戯れて遊ぶ姿、ものすごく高いところで、止まり木に止まる立ち姿、すべてが素敵です」

「そうか、なら話は早い。ハヤブサは、パートナーを決めたら、一生添い遂げるんだ」

「へー、それは知りませんでした。でもハヤブサらしいですね」

あくまでもハヤブサラブな私だ。

「紀恵さ、ちょっと聞きたいんだけど……。紀恵の反応も怖いけど……」

ハヤブサ好きに引かれた?それでも構わないけど、いや、願ったり叶ったり。

「はい?」

「あれが俺の夢さ、現在の」

「は?……ハヤブサ?」

「そう」

カーッと全身の血が頭に上ったかと思った。

いえ、怒りではない、何か恥ずかしかったのだ、ものすごく。

顔が真っ赤になっているのかも知れなかったが、あいにくジョギング中に鏡を持っているはずもなく……

「そ、それは……叶うといいですね、その夢。いや、きっと叶いますよ」

えー。

ジョージの顔が輝く。そして左手までも私の手を握り、両手を包み込まれ、立ち止まる形になった。

「叶うんだね、紀恵?」

「え、ええ……」

何か私馬鹿なことを言ったのかしら?言ったか?ええ、それはそのう?

ジョージは私の顔をしばらく覗き込んで、はあ、とため息をついた。


また、片手つなぎになる。そして歩く。

「分かってないな」

……

困る、非常に困る。どうしてこんな展開になったんだっけ?鳥見たから?湖に出たから?いや、ジョギングしたから?いやいや、出会いをしたから?あ……


そう、出会った、からなんだろう。

彼にも、どうしようもないに違いない。あの時、駅で……。


「分かりました」

はあ、と今度は私がため息をついて、仕方ないのでぶんぶんつないでる手を勢いよく振りはじめた。

「ジョージ、私、一般市民で、ハイレベルな作法も知らないし、外国人です。本当にこうして、お友達になってもらって、光栄に思ってるんです」

「で?」

「十歳年上だから、もう子供も難しいし、結婚も出来ないだろうな、って思ってるんです。元々仕事さえできればいいかな、と思って、日本を出たんです。出会いなんて本当は全然期待してないんです」

「うん」

「ブルテリアの人たちも皆いい人なんですけど、よく言われたのが、日本人だから何人も彼氏いるでしょう、とか、日本人と付き合うにはお金持ちじゃないとね、とか、訳の分からないやっかみだったんです」

「うん」

「でも実際は、古くて汚いビルの、狭いワンルームで、冷蔵庫もなく暮らしてるんです。会社ではただのOLです。ヒラです」

「うん」

「だから、こんな王宮に招待してもらえて、絶対に会う事の出来ない人に出会って、おしゃべりも出来て、夢みたいな週末なんです」


もうこの時間自体が夢だ。

現実になるはずもない、ただの夢。


「私、ホーンに住み始めてから、ちょっとずつ夢を見るようになったんです。物語形式の」

「……」

「ジョージ、あなたの夢です。笑わないで。多分ニュースかテレビであなたの顔を覚えていたのかも知れない。あなたが出てきて、でも、他の女性とデートしたり、結婚式挙げたりするんです」

「……」

「それから時々、何か暖かい気配を感じたり、心臓が跳ねたり。気のせいかと思ったんですが……」

「……」

「覚えはないでしょうか?」


ジョージは手を離して、何とそのまま、私の腰に持ってきた。ぐっと私の身体を近づける。

「あっ……」

両手が、背後に回されて、がっちりと抱きしめられる。

「それが証なんだ……。俺と紀恵との。どんなに離れていても、二人はつがいなんだ。だから、元カノとも別れた。あの駅で話しかけてから、俺もたびたび夢を見た。紀恵がブルテリアに暮らしてるんだ、そして他の男と結婚してるのさ。自分も狂ったのかと思った、それで……」

抱きしめたまま、ジョージの右手が、私の髪を触りはじめる。

何だか、くすぐったいような気がして、ますます彼の胸に顔をうずめてしまった。

「俺、体育系団体の名誉会長とかもやってて、一つはある古武術なんだよね。自分じゃ大して出来ないはずだったんだけど、筋がいいって褒められてはいた。だけど忙しかったから、そんなに練習してなかったはずなんだ。それなのに……」


ある日、夢の話を、ちょっとだけ教官にしてみた。教官は(今も健在だけど)当時七十歳過ぎで、勿論熟練者。俺みたいな初心者と訳が違う。だけど……


教官は目を輝かせて喜びいっぱいで言った。

「それは交換したんですな。おめでとうございます」

「何ですそれ?」

「魂のエネルギー交換ですよ、マンチェクさんの場合、知らずと行われたのでしょうが、そのお相手も何か武道をやられていたのでしょうか」

「全く知らない。旅行者だったし、名前とかは知っているけど、外国人だよ」

「本来は、相手に探りを入れるための攻撃ですが、お相手もある程度の反撃は出来る方だったのでしょう。タイミング的にも、エネルギー的にも、十分だったのではないでしょうか。お互いの気を交換したことで、お互いの思考が読めるようになったのです」

「でも、もう会えないかもしれないんだけど……。もう顔も会わせないような人間と、日々心の中で会話してる訳?」

「無意識に、というのがまた凄いですな。マンチェクさんは本当に筋がよろしい。もったいないですなあ、このまま埋もれるのも」

「どうすればいいんだ?」

「お相手より強くなれば、心の中をある程度遮断できますよ。練習されますか?」

「お願いします!」


「私、武道も何にもやってないですけど……」

ふと顔を上げると、ジョージの顔がうんと近い。また顔が赤くなってしまう。

「後で詳しく聞いたら、まれに、精神力の強い人も、そういう事あるんだって。」

「そうなんですか?私結構繊細だと思うんですけど……」

「普通の神経で、海外に飛び出したりは出来ないんじゃない?もっと自分の凄さに気づいてよ」

息がかかるくらい、ジョージの顔が私の眼の前にある。恥ずかしすぎて、目を閉じてしまう。

「はあ……」

ジョージが私の緊張をほぐすように、少し顔を離すと、身体の奥からじわーっと温かな痺れが沸き起こった。何だか、安心する。その様子を見て、

「ま、それで悪いんだけど、今は俺、強いの」

ジョージがにんまりする。

「え?って事は……、私の気分読み放題?」

「悪いな」

「悪いです!」

あああああー、絶叫したい。心のレイプじゃ!犯罪だ!

「罪にはならないよ、別に誰にも言ってないし。罪であっても、俺は第二王子殿下、勿論無罪。悪いね」

「悪いです!!封建制度反対!」

ふわ、と暖かい空気がまた身体を包み、そしてまたきつく、抱きしめられた。

「分かってるよ……」


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