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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第四章
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は じ ま り 2


学校の宿題をやっていた学生のグループは、今はもう大人だろう。あれは確か15年くらい前の話なので、中五だった彼らは当時十七歳、今は三十二歳。……そんな馬鹿な。


男の子は、例えば十二歳だったとして、十年前くらいだから、二十二歳。まだ学生かも知れない。大学だろうけど。


自分も年取るよなあ。何か過去を思い出すとまた滅入る。そうだ、真剣に心療内科を……。


その前に、誰かに相談してみるべきだろうか。

超自然系が好きな人間……うーん、たまにメールする日本の友人の一人が、そういうの詳しかったかなあ。


スマホを取り出し、早速メールを打つ。

『ねえ、たまにシチュエーションは変わるけど、同じような夢を繰り返し見てるんだ。それに感情が誰かに抑えられているような気がして、何だかもどかしい。そんな現象ってあるの?』


しばらくして、返事が来る。

『それって、武術の一つじゃない?気配を操るというか、気を使うやつ。相当できる人だね。紀恵何かやったの?』

『いや、ジムは行きはじめたけど、特に武闘系は何も。タイボクシングとかも、痛くて結局辞めた』


そう、痛かった。

護身術替わりに、ボクシングをやろうかとも思ったが、殴るのも殴られるのも痛かったので、速攻やめた。

足を使えるタイボクシングの方がダイエット効果は高いというから、体験クラスを取ってみたけど、疲れるし脛まで痣になるので、やっぱりやめた。


体育会系でもないので、バレー同好会やマラソン愛好会もご辞退した。


そうなると、人間関係の輪も広がらない。分かってはいるけど、他人に交わるのは疲れるのだ。本当に一人で構わなかった。


だから、まだ海外で一人でやれているのだろうな、とも思う。

だから、まだ海外で一人なのだろうな、とも思う。

『気を操るって、でも、身近にいるわけでもないのに、そんなの出来るんだ?』

『夢の中の彼には、会ったことがないの?』

はあ?

彼?マンチェクさんにそっくりだけど、まさか彼がやってるって?でも以前はあったことがないんだと思う。

『職場で最近一緒になったけど、夢はもっと前だよ。こっちに来てから間もなくじゃないかな』

『うーん、出会ってる可能性高いと思うよ。』

……やっぱ駄目だ。

何の解決にもならなかった、と思ったけれど、取り敢えずお礼を言い、近況報告を交換して、自分の仕事に戻った。


「……イメージ画像来たわよ、やり直しのやつ」

ビビアンが添付ファイルを開いた。私は彼女のPCをのぞき、

「あら、いいじゃない?かなり華やかになったね」

こうなると、気分もよくなる。単純だなあ、自分。とっととケビンに「これで最終です」とメールし、そのまま気分良く終業時間が来たので、今日は残業をやめようと、PC電源をすぐさま落とした。


まだもう少しやっていく、というビビアンにさよならを言って、私は職場を後にした。


ロビーで、エレベーターが来るのを待っていると、咲子とニール、マンチェクさんまでやって来た。そのまま帰るんだろうか、それとも、他の場所で会議なのか。

「どっか行くの?咲子」

「そう、セントラルで会議。早く終わるといいなあ」

「子供大丈夫?」

「うん、一応メイドさんに頼んでるからね。毎日じゃないし」

「日本と違って、ブルテリアだと、メイドさん頼めるからいいよね、ベビーシッターもかなり広まってるし」

二人で日本語で話していると、ニールとマンチェクさんはくすくす笑っている。失礼な。

「ごめん。何だか日本語の音って、速くて面白い」

速い?

「速いんですか?一つ一つ音をはっきり発音するのに?」

ニールが言う。

「日本語の発音って、単純だから、素早く発音出来るんですよ」

咲子が驚いて、自分の口元を触った。

「そうなんですか?気づきませんでした」

私も言った。

「速いっていう自覚はないですねえ」

マンチェクさんは、

「日本語は聞き取りが難しんだよね。俺もニールも、簡単な挨拶は出来るけど、まだまだだもの」

今度は咲子も私も驚いて声を出した。

「えー、日本語勉強してるんですか???」

ハモった。

ニールは何気なく、

「勉強というより、興味ですよ。我々って、フランス語は必須だし、あと他に一つ二つの語学は出来ないといけないので……。週一回、フランス語のおさらいをやっている時に、ちょこっとだけやり始めたのです」

「語学が必須なんですねえ。私は英語だけでも大変で……」

思わず、小声になる私。

「大丈夫だよ、紀恵。俺が日本語出来るようになるからさ」

マンチェクさんが大真面目に答えたが、何が大丈夫なのかさっぱりつながらない。その代り、ふわっとした暖かい空気が、私の身体を包んだ……感じがする。

今の何?

尋ねようとしたら、エレベーターが来て、中に他の人たちも乗っていたので、話を続けることはなかった。


『夢の中の彼じゃないの?』

……マンチェクさんが、私の気を操ってる?

それはまた、なぜ??


何も答えが出ないまま、地上まで降りた。ビルの出入り口の前は、タクシー乗り場がある。

私は、じゃ、と三人に向かって手を振り、タクシー乗り場の待合客の列に加わろうとした。


「ちょっと待って。一緒に出ましょうか」

ニールが声を掛けてくれた。

咲子も、

「いいんですか?だったら一緒に乗ろうよ、まだ時間あるし」

嬉しかったけど、でも、お貴族様たちと一緒なのは、辛い。

「いえ、大丈夫です。有難う」

まあまあと、マンチェクさんが私の前で通せんぼをする。

「あ、あのう」

ニールも私の目の前に立った。

「車来てますから。四人は余裕で乗れますよ」

……私の視界に、大きめなセダンが止まっているのが目に入った。車のバンパーには、ブルテリア王国の旗がつけられている。思いっきり目立つ。国用車だ。

「あ、あのう」

それ以上は口に出せないくらい、何かの迫力を感じた。ので、

「……分かりました。有難うございます」

そう言って、後部座席に乗り込んだ。


ニールは助手席に。マンチェクさんは右、私が真ん中で左が咲子。おかげで、日本語でのおしゃべりの続きとなる。

「赤ちゃんさー、もうずっと動きっぱなし、寝ていても」

「そうなんだ。じゃあ布団もずれちゃうね」

「そうなのよ。見続けてないと、すぐ風邪ひきそう」

「うわー、休まないでよ、咲子。会社でかなり寂しいもの、いないと」

マンチェクさんはそこで口を出す。

「さみしい?」

「あ、分かるんですね、その意味」

咲子の言葉に、うなずいた。

寂しい、か。確かに必須単語かな。しかしまあ、第二王子殿下には、あまり関係のない言葉だろうけど。


ニールがそうだ、と声を出す。

「あのサンプル、出来たという話です。それ、取りに行っちゃいましょうか」

「早い方がいいな、そうしよう」

「ごめん、紀恵。少し遠回りだけど、何か予定ある?」

「いや、別に」

咲子の言葉に、即回答。おひとりさまには、何か予定が入ることが珍しい。

しばらくして、ある会社のビルに止まる。

ニールが、「じゃあ僕は取りに行きますよ」

咲子もすかさず「私も行きます、一人じゃ大変でしょう」

「俺は中にいた方がいいよな」

マンチェクさんが少し寂しげに言ったのが、印象的ではあったが、

「そうそう。悪いね!」

と、ニールのあっけらかんとした答えと、咲子のバタバタして外に出ていくのとで、何となく流してしまった。


運転手も、一時停止の手続きのため、少し車を離れたので、私とマンチェクさんの二人だけになった。き、気まずい……。


「静かになった」

マンチェクさんが口を開いて、

「中々話すこともなかったね、同じ職場にいるのに」

「そうですね。チームが違うから……」

何とか話をつなげようと、ほとんどない社交性をかき集める。

と、じわーっと暖かいものが身体の中にしみこんできた。まさに、浸されている気分。どこまでも、暖かい。

「……いつも週末は何してる?」

「あー、ジム行ったりしてますかね。あんまり活動的じゃないんで」

私がマンチェクさんとの会話よりも、その感じられる暖かみに、戸惑っていると、ふう、とマンチェクさんはため息をついた。

「何でブルテリアに来たんだ?」

百万一回目になりそうなくらい、聞いた質問。

「どうしてでしょうかね。気に入ってるんです、この国が」

「彼氏とかいないの?」

「そうなんですよ、いればねえ。でも一人です。ただ好きなだけなんです」

「家族とか両親とかも、日本にいるのか……」

「ええ、でも、ウチの親、何度かホーンに来てるんですけど、かなり好きですよ」

にっこりと、マンチェクさんがほほ笑む。おお、何かものすごく美形に見える。心臓がどくん、としてしまった。


いかんいかん。十歳下のぴちぴち青年に、何をときめいているのか。


「マンチェクさんのご家族は、どうなんですか?」

「俺の?まあそりゃ、立場上ブルテリアが世界で一番、と言わなきゃならないよな。でも俺も、兄貴も、日本が好きだよ、食べ物は美味しいし、景色も美しい」

「はあ。結構ブルテリア人は、日本に旅行するのが好きですよね」

「うん。あと、俺としては、パリとかもいいね。ホーンもいいけど、生まれた時からいるからねえ」

「なるほど」


「日本人に親切にしてもらったこともあるよ」

少し、間をおいてから、マンチェクさんは話を続ける。

「十五歳の時だった。まあ反抗期だったんだよなー、護衛をまいて脱走するのが好きでさ、何度かやってたんだ」

私は同情する。そりゃあ、普通の人間だって、一日中監視されたら気が滅入ってしまうだろう。

「確かに、窮屈でしょうね」

「憧れもあるしなあ。で、よくやったのが、護衛巻いて映画見に行ったり、喫茶店入ったりとか」

「ばれないんですか?」

この国では、王族はアイドル並みの知名度である。

「あとでばれるよ、でもすぐじゃない。一人でふらふらしていると、結構みんな気付かないものなんだ」

「すごいですねえ。ガッツありますよ」

「である時、当時の彼女と電話で喧嘩しちゃってさ、メールも来ないし、これはまずいと思って、ある外国との記念式典の途中抜け出してさ、彼女のいるところに行ったわけ」

「それ、大丈夫だったんですか?」

「あとでガッツリ怒られたけどさ、あの時は俺にとって、すごく大切なことだったんだ。彼女の誕生日でさ、ホテルでパーティーやってたわけ。そこに彼氏である俺に来い、と」

彼女、かあ。やっぱ結婚を考えてる女性、いるんだろうなあ。

二十五歳って、そういう年齢だよなあ。ちくりと、胸が痛む。ああ、まだ修練が足りない。

「ホテルでパーティーって、どんなご家庭なんですか、彼女?」

「もう別れたけど……」

優しい眼をして、マンチェクさんはしっかりと私の顔を見た。

「もう別れたよ、中学卒業後に。……それはそうと、元は式典に出席してたんだから、当然財布とか持ってなくてね」

「はあ」

「でも取り敢えず地下鉄の駅に行ったんだ……」

「へえ」

王族だから顔パス、とかあるのだろうか。

「切符どうしようと思ってたら、ちょうど一人の女性が切符を買ってた。行き先が同じだったんで、ダメ元で声を掛けたら、その切符くれたんだ」

……そ、それは……



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