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夢で生きる  作者: 中田あえみ
第四章
10/34

は じ ま り 1


コミュニケーション能力には、まず、相手の事を知ることが大切。そしてそれを尊重しつつ、こちらの主張とすり合わせる、そういう過程を大事にすること。だから、たとえこちらの指示と、デザインの色が一致しなくても、何てことはない。


「じゃあ取り敢えずこちらも確認して、また連絡するから」

チン、と電話を切ると、ビビアンは肩をすくめた。

「間違いじゃないって」

「うん、聞こえた。ビビアンはどう思う?」

二人でまたイメージ画像をのぞき込む。

「原画とイメージ違くなる気がするのよね、黄色は」

「木と同化させたくないのは分かるけど、だったら、木を青緑にすればいいんじゃない?」

「いいねえ、紀恵、グラデーションかけてさ、下から上へ濃くしてくのはどう?」

「いいねいいね、ビビアン。いけるよ、それで」


こうやって、最初とは違う案が出てくるけれど、それはそれでより良い案になっていると思うから、ブルテリアに来てから、こういった手間を惜しみたくなくなった。


実際、こっちの人は良く話す。その手間と時間を惜しまないのだ。


効率性を考えたら、最初の段階で色々と最後まで考えて、ぴっちりとその通りやる日本のやり方の方がいいのかも知れないけど、最初はぽんとやってみて、途中でちまちま色々と変えていく方が、結局はより現実に沿った案が出来、時間的に見てもあまり最初にぐだぐだ考えていく方法と変わらないのでは、というのが私の実感だ。


結局私はこの国を好きなのだろう。


どうやって、ブルテリア王国を知ったのか、というと簡単だ。最初は、学生時代の観光旅行だった。本当はオーストラリアかニュージーランドに行こうと思ったのだが、かなり航空券が高かった。イギリスへはもう何度か行ったし、あと他に英語圏で(ブルテリアの公用語はブルテリア語と英語)、旅行代が比較的安いのは、ここホーン観光だったのだ。


大学時代、最初はあまり期待もせず、宮殿や湿原地(ホーンの郊外に、ラムサール条約対象の湿原地がある)を訪れようと思ったのがきっかけ。でも最初の旅行で、私はすっかりブルテリアに魅せられてしまった。


何しろ、交通の便がよく、タクシーが安い。

治安もよく、英語もよく通じる(ブルテリア語が話せない私は、日常生活は英語でこなしている)。そして、人々は温厚(抜けてるけど・秘密)、食べ物は新鮮でおいしく、自分は王室嫌い(少なくとも、あんな古い非民主的制度に積極的賛成はない)なのに、多分十回以上は通ったと思う。


そしてとうとう、日本で勤めていた会社が、潰れてしまった。

正確にいうと、清算したのだが、取り敢えず事務方は子会社へ移るか、転職を余儀なくされた。


私は、もういいやと思って、退職した。退職金はほとんどなかったけど、それと貯金を合わせて、英語の留学と称して、ブルテリア王国へとやってきた。だから、最初は私は学生だったのだ。

一年間英語を勉強しなおし、そして、仕事を探したところ見つかったので、そのまま五年目。


私は、ビビアンに言った。

「プリシラに文句言っといた、遅いって。最後脅されたけど」

「何て言われたの?」

「まだ話あるんだから、このまま離れたら、後で後悔するわよ、だってさ」

するとビビアンは笑って、

「紀恵、あんな嫌味なやつなんか気にしないって。さあ、凄いの仕上げるわよー」

これがブルテリア人の強さと言うか、したたかさと言うか。

私がもし減給とか、首になったら何ていうんだろ、彼女。さ、次の会社へ行こう、とでも言うのだろうか。言いそうだ。

まあ私もそんなに角を立てることはないか。間に合うんだろうし。

私はOK、と同意した。


日本から、ブルテリアに旅行していたころの思い出は、食べ物ばかり。

ホーンやほかの都市でも、日本食だってそこそこ安くておいしかった。ローカルの食べ物も口に合った。路上の立ち食いもしょっちゅうやった。


いつも私は簡単に道に迷うので、街角の人たちにもよく助けられた。

荷物をまとめようとガムテープを探していたら、いつも通り道に迷い、どこかの店先に使用済みのテープがぶら下がっていたので、それを買いたいと言ったら、タダでもらったこともある。

自分がラッキーだったのか、周囲の人はいい人ばかり。


そのお返しで、自分も出来るだけ他人を助けようとした(している)。

あまり電車やバスには乗らないが、出来るだけ子供やお年寄りには席を譲るようにしているし(ただし、他の人も負けず劣らず席を譲る)、ある日は、学生たちにタクシー代をおごったこともある。何でも、チームビルディングの一つで、学校の宿題として、お金を持たないでホーン市内を一周しなければいけなかったらしい。


手元に偶々お金があったのもあって、取り敢えず初乗り料金分を手渡した。

私はもともとあまり現金は持ち歩かない。カード決済の方が簡単で、安全だからだ。


そうだ、病院の彼女をお見舞いに行く学生を助けたこともある。

旅行の時は、それでも電車やバスに乗って、移動を楽しむようにもしていた。硬貨をなるべく使い切るように、何とか自販機で切符を購入した時、12、3歳くらいの男の子が、声を掛けてきた。何だかすごく思い詰めていた。

「すみません、その切符いただけないでしょうか」

「は?」

「僕の彼女が、今病院だって……、連絡あって、びっくりしちゃって、そのまま飛び出して来たら、お財布忘れちゃったんです」

「あら」

「悪いと思ったんですけど、お姉さんが切符買うところ見ていたら、病院のある駅だったので……彼女に会えれば、何とか帰りは出来ますから……」

必死で頼み込まれた……んだと思う。

「わかったわ。どうぞ」

切符を差し出すと、男の子はぱっと顔を輝かせた。

「すみません。お返しも出来ないかも……」

詐欺でも構わなかった。一日一善、それに今までこちらの人たちに十分親切にしてもらっている。

「いいのよ、気にしないで。私明日の朝帰国するから、お金残さなくてもいいの」

「え?お姉さん、旅行されてたんですか?ごめんなさい」

「全然。あ、これもいいよ、持っていって」

お財布の中の、お札を二枚、彼に握らせた。大した金額じゃない、タクシーで往復できるくらいの金額に食事二人分くらいのもの。

「そ、そんな。結構です、悪いです、いきなりなのに」

「いいって。もう使わないから。彼女、お大事にね」

「はい、じゃあ僕行かなくてはいかないので。有難うございました!」


今ちょっと思い出すと、私の後ろ方向を見て、男の子の表情が急にあっと驚いたように、そして逃げるように、去って行ったのだけど、そんなことは重要じゃない。


とにかく、毎日のように面白いことが起こるので、ブルテリア王国首都ホーンでの生活は、気に入っている。しがないおひとりさまOLだけれどね。



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