表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

私は私の自由を存する

已己巳己くんと右往左往ちゃん 1章


−1−

「きゃー!!また同じクラスぅ!」

「さようなら…またきっといつか逢えるよね…」

「クラス分けぐらいで大袈裟だなぁ…」

「まぁーたお前と同じクラスかよ…」

「…よりによって何故彼女なのだろうか……」

「わふー!また同じクラスになれたのですー!」

教室には喧騒があふれていたが、自分に向けられたものは1つもなかった。

 俺、已己巳己いこ・みきは、尾芽北おめきた第二高校二年生に進級した。今日は輝かしい始業の日である。しかし俺はとても面白くない気分だ。今朝親と喧嘩してきたのだ。学校など世間一般の平々凡々な知識を植え付けるためだけの施設ではないか。そのようなところに俺は通いたくない、と主張すると、父親は、お前は友をつくるべきなのだ、と、トンチンカンな反論をしてきた。俺は友達を欲していない。ならなぜ作る必要があろう?

 「オイ、早く廊下に並べー」

どうして並ぶ必要があるのだ。そう思いつつも担任の従う。今朝もそうだった。これから始業式だ。今まで何度も聞いたような話をまた聞くのはうんざりだった。

 体育館に向かう道で昇降口を通る。全てが埋まっている下駄箱をぼんやりと眺めていると、怒りが頭をもたげてきた。画一化された下駄箱の中に自分の靴が埋まっていた。俺は列を外れた。下駄箱は一足分、欠けた。


−2−

 校門をくぐり、車道に出る。俺は自分のしたことに緊張と興奮を覚えつつ、意味もなく車を目で追っていた。今の時間は通勤の車が多い。そんな意味のない観察結果を出して、普段とは異なる時間に学校外にいることを再認識し、感情が更に昂る。とりあえず学校の近くに居続けるのはまずい、そう判断し、スパイ気分で足を進めた。

 同じくらいの歳の女の子を視界の端に捉えた。俺は大通りから外れた、女の子のいる方向へ気まぐれに進んでみた。こんな時間に道を歩いている彼女は自分と同じであるような気がして、この心情を共有したく思ったのだ。歩いているのに、彼女の背中は近づいた。なぜなら、彼女は立ったり座ったりと、せかせかと忙しく動き、一向に進んでいないからだ。そして彼女は独り言を延々と言っている。

「あぁこのいしきれいんーおなかすいたなおぉっとセブン発見!」

セブンに入っていったセーラー服を追いかける。ちょこまかと無駄な動きを繰り返す。

「おにぎりとーいやおかかがいいかなーあハムサンドにしよあーお腹空いたーあ学校行ってないうわもうこんな時間だよ!」

彼女はハムサンドを小脇に抱えそのまま急いで店を出た。少し経ってから、俺は気づいた。

「え、ちょ、今の女の子、会計済ませずにいきましたよ!」

「はぁ……最近万引き多くて困ってるんですよ……」レジの中年のおっさんは読んでいた新聞も離さない。

万引き……?思いもよらない言葉に、

「あの子は万引きなんてしません!」

と咄嗟に言ってしまった。

おっさんは顔だけをこちらに向け、「知ってる子なんすか?だったら注意しといてください……」と言うと新聞の4コマ漫画を読み始めた。店を出た。セーラー服はどこにもいなかった。


−3−

 正直、なぜ「あの子は万引きなんてしません」と怒鳴ってしまったのか全く分からない。あの子なんて呼ぶほど親しいどころか、話したこともないし、実際数分前に俺がただ少し彼女のことを見ていただけである。それに、独り言も多いし不審人物である。その俺は今、彼女を探している。

 彼女は先ほどのしゃかしゃかと横方や後方にばかり動き、前方にはめっぽう進まなかったのが嘘のように一瞬のうちに彼女は消えていた。右に向かっていたような気がするので、そちらへ行く。さて、時間はたっぷりとあるが、どうすべきだろうか。彼女の独り言を思い出してみるに、学校に行く、と言っていた。しかし周辺の学校については疎いので見当がつかない。とりあえず、近辺の学校をまわってみることにする。

 最初は市井田学園。お嬢様学校として有名だ。当然だが体育をしている生徒以外は、全員鉄筋コンクリートの檻の中で勉学とやらに励まれている。しかし俺は鉄筋コンクリートから解き放たれている。これは大きな違いである。そう考えつつフェンスを通して見た体育を見学している生徒の制服はセーラー服ではなかった。

 次に少し遠いがシリウス学園。電車に乗って出留田高校。街中のトリブロト学院。どこもブレザーだった。

 カラスが鳴いている。なぜ一日をこんなことのために使ったのだろう。学校はもうとっくに終わってしまったに違いない。ん?……学校……テスト。テスト?テスト!?はぁ……諦めよう。最下位クラスになったとしてもそれはしょうがないことだ。この学校にはクラス分けのあとにすぐ適正テストが有る。クラス分け自体を前年度の学力で決定するのだが、その後更に適正テストをすることでA-Fのクラスに厳格に振り分けられるのだ。

 それはそうとして、セーラー服の学校は見つからなかった。まさか市外に行ったわけではあるまい。絶対にあるはずだが、見当たらなかった。荷物を取りに学校へ戻る。そのいつも通っている通学路に、小さな、鉄筋コンクリートがあった。養護学校サレディオ。看板にはそうあった。

 門からセーラー服の彼女が出てきた。丁度下校時刻だった、いや違う。追手がいた。彼女は私と同じ様に学校から抜け出そうとしていたらしい。「私は私の自由を存するぅ~」と叫びつつ彼女はうまく例のセブンに隠れ、追手を振り切った。丁度いい。お金を返させよう。彼女に近づき声をかける。「こんにちは」「どなたですか追手?張り手?釣り手?手が攣ると痛いですよねところで」意味が分からない。彼女は達成感からか、爽やかな笑顔を浮かべていた。「俺は已己巳己です。突然ですが、今朝、ハムサンドのお金払い忘れなかったですか?」終わりのない彼女の声を遮り、言う。「!あぁそうでしたね忘れてましたというか気付かなかったというか……払ってないでしたごめんなさいごめなさい犯罪ですねすみません」打って変わってとても落ち込む。そしてダッシュで走ってセブンを出ていく。なんて変わった人だろう。朝からこの異質さに惹かれてここまで探し続けていたんだろう。変であることは価値だ。すぐに彼女はセブンに帰ってきて、お金をおっさんに払った。俺に「ありがとうございました」とだけ言って去っていった。俺はとても満足な気分だった。初めて自分以外の人間に魅力を感じた。


−4−

 昨日、新しい教室に変わったばかりだというのに、また俺は教室を異動させられた。扉の上のクラスプレートには、2−Fと記されている。そのプレートは少し他のクラスのよりも黄ばんでいる気がした。俺結構頭いいのに。俺は謙遜するのは嫌いだった。

 中に入ると昨日とは違い、群れていなかった。1人ひとりバラバラに生きていた。それでも、みな着席はしているし、ワイシャツはともかく制服は着ている。俺が着席すると、すぐにHRが始まった。

 昨日、学校に荷物を取りに行ったとき、こっぴどく怒られた。心配したらしい。その心配したから、私はえらい、それに比べお前はダメだ。そういう自分の判断を人に押し付けるな、と恭しく申し上げたら、顔を真っ赤にして怒ってきた。家に帰ってからも、父に怒られた。

 今朝も不本意ながら登校したが、俺はそれならむしろ、養護学校サレディオに登校したかった。あそこには異が詰まっているはずだ。なんて魅力的なところだろう。

「なぁ、お前昨日、なんで居なかったんだ?」

また野次馬か。俺は邪険に答える。「ファミコンがしたかったので、一刻も早く家に帰りたかったんです」もちろん口から出任せだ。今どきファミコンなど好き好んでやるものもいないだろう。これで引いてくれるに違いない。

 しかし、彼の反応は違った。「え?!なんのソフトなんのソフト!?俺もファミコン好きなんだよ!」俺は驚き、初めて顔を上に向け、彼の顔を見た。彼の瞳にはステロイド曲線が描かれ、顔は上気していた。次に何を言うのか期待しているその瞳には逆らえず、俺は小声で「ど、ドラクエ……」と呟いた。俺はゲームには疎い。すると彼はマシンガンのように話し出した。何を言っているのかはよく分からない。しかし、時代遅れのファミコンごときについてここまで語れるなんて変人である。このクラス面白い、と少し思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ