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不思議な出会い

 テイラーとブラッドリーは第一師団によってヴァルトガルドへ移送されることになった。それから少し遅れてレストランを出たリオンとシャロンの前に、爽やかな笑みを浮かべた金髪の男が顔を出す。

「良いタイミングだったでしょう。煙玉」

 シャロンは思わず息を呑む。

「あ……あれ、カインさん?」

「そうですよ。ルーク特製煙玉」

  カインはにっこり美人な笑みを浮かべる。

「助けて下さってありがとうございます」

「いえいえ。うまく切り抜けられて良かったですよ」

「礼金はトリスタンから届けさせる。世話になったな」

 リオンの言葉にカインは気軽に手をぱたぱた振った。

「実費だけで構いませんよ。騎士団には恩を売っておいた方が後々助かります」

 意外とちゃっかりしている。

 リオンが微かに苦笑を浮かべた。



 ヴァルトガルドに戻ると、リオンは事情聴取で捕まった。シャロンも行こうとしたが、「てめえは飯食って寝ろ」と睨まれて引き下がる。

 一緒に夕食がとりたかったのだが仕方ない。早めにご飯を食べて、何となく中庭に行ってベンチに座り、夕焼け空を眺めていた。

 あたりがどんどん暗くなり、そろそろ帰ろうかと思った時ーー……。


「貴方、リオン班長の班の人だよね?」と声をかけられた。

 見ると、にっこり笑った茶髪の女性騎士がシャロンを覗き込んでいる。

 一瞬また何か絡まれるのかと思ったが、彼女に悪意は感じられなかった。

「あたしも昔、リオン班長が上官だったの。訓練の初日、大変じゃなかった?」

「大変でした。すっごく。投げられて、暴言吐かれて」

「やっぱり!変わってないな、班長は。本当は優しいっていうのもわかった?」

 そう言いながら彼女はシャロンの隣に腰を下ろした。

「はい。すごくわかりにくかったですけど。『悪くない』っていうのが誉め言葉なんですよね」

「そうそう。懐かしいなあ」

 彼女はだいぶ薄暗くなった空を見上げた。

「あたし、騎士としては駄目な奴だったの。それをリオン班長が拾ってくれて、何とかやっていけるようにしてくれたの。だから班長のことはすごく大事で、尊敬してるし大好きなの」

 彼女はシャロンがぴくりと反応したのに気付き、慌てて手を振った。

「違うのよ。あたしのは恋愛感情じゃないの。あたしにとって彼は尊敬できる上官で、お父さん……みたいな感じかな」

「お父さん、ですか?」

「うん、お父さん。何でかなあ。でも班長もそうだったと思う。お互い父と娘みたいな感覚になっちゃって。そりゃ素敵って思うことはあるよ。でもそれだけなのよね」

 彼女はおかしそうに笑って、ぽかんとしているシャロンの方を見た。

「貴方は?班長のこと、好きなんでしょ?」

「え!?何で……」

「貴方、素直だから見てたらわかるよ。さっきあたしにヤキモチ妬いてたでしょ」

 うっ、と言葉に詰まるシャロンを見て、彼女は優しく笑った。

「班長も貴方のこと気にかけてる。きっと誠意をもって応えてくれるよ」

 彼女がふと、濃くなった宵闇の方へ視線を向けた。

「ほら、班長が探しに来たよ」

「え?」

 シャロンには全然見えない。

「班長のこと幸せにしてあげて。よろしくね」

 彼女がシャロンの耳元で囁く。

 それからすぐに足音と蝋燭の明かりが近付いてきた。怪訝な顔をしたリオンがシャロンを見つけて眉をひそめる。

「こんなところで何してる」

「お話してたんです。班長の昔の部下だって……」

 そういえば名前聞いてない。

 そう思って振り向くと、彼女はもういなかった。

「誰と話してたって?」

 傍らまで来たリオンが訊ねる。

「班長の昔の部下だって言ってました。女の人で、茶色くて肩ぐらいまでの髪の……」

 リオンが珍しく驚いたように目を見開いた。

「ステラだ」

「はっ?」

 思わず変な声が出る。

「俺の部下で女は今まで三人しかいねえ」

 ステラとサラとシャロン。

 サラでもシャロンでもないのだからーー……。

「なんだ。あいつ余程おまえのことが心配だったのか」

「違うと思います」

 シャロンは微笑んだ。

「たぶん、班長のことが心配だったんです。きっと」

 リオンの眉間にしわが寄る。

「ステラさんってどんな人だったんですか」

 ますます眉間のしわを深くして、リオンが先ほどまでステラがいた場所に座った。

「突然何だ」

「リオン班の先輩ですから。同じ女の人だし、どんな人か知りたくて」

 リオンは思い出すように天を仰いだ。


 そつがなくて、素直で、気が利いて、でも時々抜けているのがステラだった。

 最初は少し頼りなかったが、そのうちに地に足がついてしっかりするようになった。

 リオンの言うことには従順で、全幅の信頼を寄せられていることが嬉しくもあり、少し心配でもあった。

 信頼されている自覚はあったし、尊敬の対象となっているとも思っていた。他班の騎士のなかにはそれを恋心と認識していた奴もいる。しかし、それは違うとリオンは思っていたし、恐らくその予想は当たっている。

 ステラのリオンへの気持ちは、上官への尊敬と兄のような存在への家族愛、そのなかにほんの僅か、恋心のようなものが混じるものだったとリオンは認識している。逆に、リオンのステラへの気持ちは、ほとんどが仲間愛と家族愛だ。彼女のことは大切だったが、他の班員への気持ちも同じだった。いとおしいと思うことはあったが、恋心ではなかったと自覚している。


 リオンはそのようなことをぽつぽつと語ってくれた。言葉少ななのでいまいち理解し難かったが、彼がステラだけでなく、仲間を如何に大事に思っているかが伝わってきた。

 ステラとリオンの関係が気になって始めた話だったが、リオンの仲間への想いの方に心がふれた。


「班長、あたし、リオン班の先輩みたいになれるでしょうか」

 そう訊くと、彼はまた眉をひそめた。

「おまえは俺と反りが合わねえんだろ」

「そ、それは……最初はとんでもない上官がきたと思いましたけど」

 シャロンは居住まいを正した。

「今は班長の立派な部下になりたいと思ってます。班長のこと尊敬してますし、好…………」


 待て。今あたし、何を言おうとした?


 自分の言おうとしたことに驚いて固まっていると、横から手が伸びてきて乱暴に頭に載った。

「励め」

「は、はい、あの、はい!」

 その手のせいで余計混乱し、訳のわからない返事をしてしまう。

 怪訝な顔をしたリオンに、シャロンはふと思い出したことを告げた。

「ステラさんは、班長のことお父さんって言ってました」

「お父……」

 珍しくリオンがダメージを受けた。三十代、微妙な年頃にはショックが大きかったようだ。

 ダメージから立ち直ったリオンが立ち上がり、シャロンの腕を引っ張った。

「身体冷えてんじゃねえか。戻るぞ。明日昼には王都へ帰る」

「はい」

 リオンはシャロンを引っ張ったまま歩き出した。城中に入ってしばらくし、その手は思い出したように離された。



 翌日、王都に帰るリオンとシャロンをアルヴィンとサラが見送ってくれた。と言っても、街の巡回がてらだが。

「大変だったなあ、リオン。お疲れさん。元気でな」

「ああ。あまり部下に面倒かけんなよ」

 あっさりした挨拶を交わす二人の横で、シャロンはサラをぎゅっと抱き締めた。

「いろいろありがとう、サラ。あたし頑張るね」

「うん。シャロンに久しぶりに会えて私も嬉しかった。ちゃんと結果は報告してよ」

「う、わかった」

 シャロンから離れたサラが紙袋を渡してくれた。

「これ、道中食べて。ヴァルトガルドのお菓子。騎士団学校の時、よく食べたお店のよ」

「わあ、ありがとう。懐かしいなあ」

 放っておくといつまでも話していそうなシャロンをリオンが「もう行くぞ」と促した。後ろ髪引かれる思いでそれぞれの馬に騎乗する。

「リオン班長」

 二人を見上げる形になったサラが綺麗な敬礼をした。

「道中お気をつけて。お会いできて良かったです」

「ああ。……元気でな。まあ、倒れねえ程度に励め」

「はっ」

 凛々しく返事をし、敬礼を解いたサラがふわりと微笑む。

「シャロンのこと、よろしくお願いします」

 リオンは頷いて馬の首をめぐらせた。シャロンもそれに続く。

 城壁の外に出てから一度だけ振り返ると、小さくなったサラが手を振ってくれているのが見えた。シャロンも大きく手を振り返す。

 無性に寂しくなって、鼻の奥がつんとした。一粒だけこぼれた涙を皮手袋をした手で拭うと、「泣き虫だな、おまえは」とリオンに言われた。


 前を向いてるくせに何でわかるんだ。


 シャロンは何も答えず、馬を彼の隣に並べた。

「班長、今日はどこまで行くんですか」

「婆がいなくて俺たちだけなんだ。適当にすれば良いだろ」

 そう言われて、リオンと二人旅になることを思い出した。


 どうしよう。緊張してきた。


 緊張を解そうと話題を探す。

「あの、テイラーどのとブラッドリーどのはどうなるんでしょうか」

「婆は議員を罷免されるだろうな。あのお貴族さまはわからねえ」

「身柄は?」

「しばらくヴァルトガルドで預かる。王都に戻すとまた評議会の要らねえ茶々が入るからな」

 会話が終了した。


 話題、話題、何か話題ーー……。


「そういえばおまえ、何を報告するんだ」

「へっ?」

 差し出された話題に飛び付きたいが、話が見えない。

「さっきサラに約束してただろ。結果報告するって」


 その話題、今振らないで下さい!


「大したことじゃないです。ほんとに。全然」

「ふうん」


 会話終了。


 この調子で王都までもつのだろうか。

 シャロンは空を見上げて小さくため息をついた。

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