表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

わかりにくい称賛

 テイラーの宿へ行くと、昨日の今日だからか彼女はいつもより大人しかった。普段のようにリオンを拘束したりシャロンに我が儘を言ったりしない。

 リオンが彼女と話している間に、シャロンは彼女の付き人にそっと目をやった。

 四十路手前かと思われるその女は、影のようにテイラー女史の傍で控えている。きっと昨日も一緒だったに違いない。

 しかし彼女は恐らくテイラーに忠実で、それこそ拷問でもしない限り口を割るとは思えなかった。下手に探りを入れれば、テイラーにこちらの動向がばれてしまう。


「明朝の出発時間を確認しておいてくれ。明日が最後の会合だろ」

 リオンとテイラーが事務的なやりとりをしている。

「ええ、そうよ。今回の会合で、交易の品目を増やすことができそうだわ」

「ほお。そういう会合だったのか」

「あら、騎士団は政治に興味がないの?」

「俺は兵隊だ。兵は必要以上のことを考えず命令に従えばいい」

「そう。その台詞、貴方の上司にこそ言って貰いたいわね」


 テイラーは片付ける仕事があると奥の部屋へ引っ込んだ。お付きの女もそれに従う。

 リオンとシャロンは別室で待機だ。二人で手持ち無沙汰になっていると、リオンが何かの気配に反応した。そっと窓枠に近付き、下を見下ろしている。シャロンも隣に並んでそれに倣うと、外にここ数日で馴染みとなった黒髪と茶髪の男女がいた。

 息を呑むシャロンの頭に、隣のリオンが思いっきり拳骨を落とす。非難の眼差しを物ともせず、彼は羊皮紙の端に時間と場所を書いて窓から落とした。



 夜、また不寝番の騎士と交代したリオンとシャロンは、城の近くのカフェへ足を向けた。リオンの指定したその場所には、既にルークとルチアがいた。その向かいに、リオンとシャロンが腰を下ろす。ルチアとシャロンはともかく、狼と猛禽類が向かい合って座っていると剣呑な雰囲気だ。

 シャロンがルチアにそれを言うと、彼女はにっこり笑った。

「大丈夫。きっと二組のカップルが逢い引きしてるように見えるよ」

  途端に狼と猛禽類が唸る。

「ふざけるな。誰と誰が逢い引きだ?」

 同じタイミングで同じ発言をした二人に、ルチアは肩をすくめてみせた。

「仲がよろしくて結構ですこと」

  彼女をじろりと睨んでから、ルークが話を始めた。

「昨日の婆の足取りが掴めた」

「ほお……」

「宿だ。娼館に類するものと言えば良いか」

 話が掴めるようで掴めない。「それって……?」と続きを促すシャロンに、ルークがきっぱりと言った。

「あの婆と会合相手のブラッドリーはデキてる」

「はっ?」

 思わず間抜けな声が出た。

「なるほど……会合ついでに逢い引きしてたってわけか。クソ、騎士団も虚仮にされたもんだ」

「本当にな。議員の躾はちゃんとした方が良い」

 ルークに揶揄され、リオンはますます眉間にしわを寄せた。

 だが、とルークが腕を組んだ。

「前言っただろ。ブラッドリーは婆を利用して捨てるつもりだと。それは間違いないと思う」

「じゃあテイラーどのは弄ばれてるってこと?」

「テイラーは男の気惹きたさに情報を売ってるってとこだろ」

 そう聞くと、何だかテイラーが憐れに思えた。しかし、国の情報を他国に駄々漏れにするなどもってのほかである。

 リオンも迷いなく決断した。

「明日、ブラッドリー共々現場を押さえる。良いな」

「はい」

 シャロンが頷くと、リオンはルークとルチアに向き直って珍しく二人を労った。

「遠路ご苦労だったな。宿代は騎士団が出す」

「良いですよ。報酬は別で貰うってカインが言ってたから。それに見物も兼ねてるし」

 そう言って断るルチアをルークが横目で睨んだ。

「それはおまえだけだ。勝手について来やがって、宿代が倍かかるだろうが」

「じゃあ一緒の部屋でも良いよ」

「ふざけるな。誰が……」

「あたしベッドでルーク床ね」

「……逆なら構わねえぞ」

「あんた、女の子に対する優しさはないの」

「おまえ女だったのか」

「ちょっと!」

 目の前で始まった口喧嘩を止めるか否か、シャロンはリオンを窺った。彼は放っとけ、と言ってのんびりコーヒーを飲んでいる。

 喧嘩ばかりしているが、この二人は良いコンビだ。

 羨ましい、と思った。自分もこうなりたい、と。そしてその相手はーー……。

「帰って夕飯食うぞ。明日は早い」

 リオンの声にルークとルチアの喧嘩もやっと止まった。



 城に帰って夕食を食べ、風呂に向かおうとしたところでサラに出くわした。サラは「お疲れ」とシャロンを労い、「昨日の朝、大丈夫だった? 」と眉を寄せた。

「昨日の朝?」

「うちの師団の馬鹿が喧嘩売ったらしいわね。様子が変だから問い詰めたら吐いたって。所属の分隊長からきつい罰則を食らわせたから勘弁して」

 そういえばそんなこともあった。

「大丈夫。ちょっと腫れたけどもう治ったし」

「リオン班長が助けてくれたんでしょ?良かったわね、班長が近くにいて」

 その言葉に、昨日の女性騎士とのやりとりとここ最近のリオンへの気持ちが頭と心を支配した。

「サラー!」

 思わず彼女にすがりつくと、「何よ、どうしたの」と驚かれる。

「助けて。もう色々ぐちゃぐちゃでわかんない」

「どうしたのよ、一体」

 何もなければそのまま部屋で話を聞いて貰ったのだが、明日も任務だ。仕方ないのでお風呂で話を聞いて貰うことにする。


「あたし、最初班長のこと粗暴で野蛮で傍若無人で嫌いだったの。でも最近、優しいところいっぱい見えてきて……その、好き、かもしれなくて……」

「打ち明けてみたら?」

 シャロンは思いきり首を横に振った。滴が飛ぶ。

「だめ、無理。あの怖い顔で『だから?』とか『馬鹿か』とか言われたら立ち直れない」

「そこまで野暮じゃないと思うわよ、あの人」

「それだけじゃない……」

 シャロンはお湯に深く沈みこみ、「ステラさん」と呟いた。

「ステラさんには敵わないもん、あたし」

「あの二人は恋愛関係じゃなかったわよ?」

「それでも、ステラさんは班長のこと好きだったでしょ?班長もきっと……」

 サラがなるほど、とため息をついた。

「昨日あの二人にそういうことを言われたってわけね。まったく、自分が相手にされないからって人まで追い落とすなんて」

 サラはシャロンの頭を優しく撫でてくれ、にっこり微笑んだ。

「そんなに気になるなら、班長本人に聞いてみたら?それが一番すっきりするはずだし、シャロンが真剣に聞いたら班長も答えてくれるわよ」



 「なあ、俺の顔に何かついてんのか」

 翌日、トリエンテに向かう途中でリオンが怪訝な顔で訊いてきた。

「いえ、何も?」

「じゃあ何で朝からずっと俺の顔見てるんだ、てめえは」

「え!?見てませんよ!」

 内心どきっとしながら答える。思わず馬から転げ落ちそうになった。

「……まあいい。その件は今日が終わってからじっくり聞いてやる」

 リオンの声が不穏な色を帯び、シャロンは内心ひやひやものだ。


 じっくりって何ですか、班長……。


 そうこうしているうちにトリエンテに着き、いつものようにテイラーをレストランに送り届ける。会合相手は既に中にいるようで、騎士団の前に姿を見せないのは相変わらずだ。

 テイラーを部屋に入れたあと、リオンは第一師団の騎士に外の抜け穴の出口を見張るよう指示を出した。リオンとシャロンの待機場所はいつもと変わらないが、今日は頃合いを見計らって中へ入り、取引の現場を押さえる予定だ。

 しかし、その思惑は崩れた。


 ガシャンという何かが壊れる物騒な音に、テイラーの興奮した声が聞こえた。

 それを聞くなり、リオンが立ち上がってノックもせずに扉を開ける。シャロンもすぐに後に続いたが、目に飛び込んできたのは予想外の光景だった。


 室内にはテイラーと男が向かい合って立っていた。男はおそらくブラッドリーで、彼は顔面蒼白でテイラーを見つめている。そのテイラーは、果物ナイフを自らの首にあてがっていた。


「テイラーどの……」

「動かないで!」

 絶句したシャロンにテイラーが金切り声で叫んだ。そして素早くテーブルをまわり、愕然としているブラッドリーの後ろから彼にナイフを突きつける。

「どきなさい、二人とも。私は王都には帰らないわ。この人と行く」

「馬鹿な真似はよせ、テイラー。私はおまえを連れて帰る気はない」

 ブラッドリーが掠れた声で言う。テイラーのナイフの先が彼の喉に触れた。

「よくも裏切ってくれたわね。貴方の勝手にはさせないわ」

「裏切り者はどっちだ、クソ婆。てめえこそ自分の国を裏切ってるじゃねえか」

 リオンが低い声で牽制する。

 この緊迫した状況下でも、彼の口の悪さは健在らしい。

「そうだぞテイラー。こんな真似は……」

 リオンの助け船に乗ろうとしたブラッドリーを、リオンが軽蔑したように制した。

「黙ってろ、下衆。てめえのやってることも大概だ」

「どいて!!」

 テイラーが金切り声で叫ぶ。

 その時、外が騒がしくなって武装した男たちが部屋に雪崩れ込んで来た。

 リオンとシャロンは、彼らとテイラーとの間に板挟みになる。武装した男たちは、次々に銃を構えた。

「チッ。高ぇ武器を持ってやがる」

 リオンの舌打ちにブラッドリーが答えた。

「我が国を舐めて貰っては困る。武器に関してはこの国より何倍も進んでいるのだ」

「阿漕な商いをしているからだろうが。大体こいつらは貴様が雇った私兵じゃねえか。どれだけ私腹を肥やせばこんな装備を揃えられるんだか」

「黙れ。騎士風情が私に口答えするな。テイラー、私を放せ。さもなくば撃つ。私の兵は腕が良い。おまえだけ狙い撃つことなど簡単なのだぞ」

 テイラーは顔を青くしたが、ナイフを放す気はないようだった。


 状況だけ見ると、不当な力を公使しているのはテイラーだ。しかし、自分たちは彼女を守るのが任務である。

 どうすればいい。

 動揺したシャロンに、リオンが低く声をかけた。


「任務を全うする。あの婆を守るのが俺たちの仕事だ。いいな」

 はっきりした言葉に、シャロンの動揺は飛んだ。

「はい」

 表情を引き締めたシャロンを横目で見て、「悪くない」とリオンが珍しく頬を緩める。


 何かある。彼の表情を見て直感した。


 その瞬間、どこからか小さな球体のものが投げ込まれーー破裂した。

 部屋中に白い煙が充満する。

 これで銃は撃てない。

 隣のリオンが獣のように地面を蹴って銃を構えた男たちへ突っ込んで行った。シャロンもそれに続く。

 銃を捨て、武器を剣に切り替えた男たちが向かってくる。リオンやアルヴィンより動きは遅いが、一撃が重い。避けきれず剣で攻撃を受けた時、あまりの重さに剣を弾かれた。

 素早く後ろに跳んで距離をとり、柔術で戦うように体勢を切り替える。武器の有無もだが、相手は大柄で体格が不利だ。体格差がさほどないリオンですら、シャロンの力では動かなかった。


ーー良い機会だから覚えておけ。おまえのような小娘が力で向かってきても無駄だ。この頭は飾り物か?


 出会ってすぐのリオンの言動が甦る。

 力で向かってきても無駄。それなら。


 向かってくる相手の攻撃を避け、足を伸ばして勢いづいている相手の足を思いっきり払った。ふいをつかれて倒れこんだ相手の首に足を巻きつけ、死なない程度に締め上げる。抵抗する力がなくなったのを確認し、彼を放して立ち上がった。


 次の男は、降り下ろしてきた剣を避けてその腕を取り、そのまま相手の力を利用して投げ落とした。


 その次は、最初から下半身に狙いを定めて襲いかかり、引き倒した。


 そうして四、五人倒した頃に煙が晴れ、状況がやっと理解できた。

 リオンが倒したと思われる男が七、八人固まって倒れ込んでおり、いつの間にかいる第一師団の騎士がそれぞれブラッドリーとテイラーを拘束している。

 リオンはその傍らに立ってシャロンの戦いっぷりを見ていたらしい。いつもの少し怖い表情のままシャロンの傍に来ると、シャロンのひとつに結んだ髪を引っ張った。


「悪くなかったぞ」


 それが彼なりの誉め言葉だということはもうわかる。

 嬉しくて泣きそうになりながら、「ありがとうございます」と敬礼した。

お読み頂いている皆さま、お気に入り登録して下さっている皆さま、ありがとうございます。

頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ