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大変な一日

 帰る道々、リオンはやっと今回の任務の本筋を話してくれた。

 エドウィンが彼に命じたのは、テイラーの護衛ではなく見張りだった。テイラーにはもともと不審な動きがあり、今回の異国の貴族との会合はタイミングが良すぎて何かあると思ったらしい。テイラーの方も外聞を気にして護衛を寄越せと言ってきたので、これ幸いとシャロンとリオンを送り込んだのだという。


「それなら初めから話してくれたら……」

 文句を言いかけたシャロンをリオンが一睨みで黙らせた。

「てめえに話してみやがれ。態度がおかしくなってこちらの意図がばればれになる」

 城門の前で別れる時、リオンがシャロンの後頭部を鷲掴みにした。妙に顔が近くなり、心臓が一瞬跳ねる。

「いいか。少しでも俺たちの意図がばれるような顔をしたらてめえの表情筋を削ぎ落としてやる」

 有り得ないほど物騒な台詞を投げ、リオンは手を放した。


 残されたシャロンは、久しぶりに去っていくリオンの後ろ姿を見て殺意を覚えた。



 「ちょっと」

 いきなり声をかけられ、シャロンは驚いて振り向いた。

 今日はまた会合なので、今から宿にいるテイラーのところへ向かうところだった。


 声をかけてきたのはシャロンより少し年上の女性騎士二人だった。彼女たちの顔には友好的な色は一切なく、面倒なことが始まることを告げている。

 シャロンは諦めて向き直った。

「何でしょうか」

「あんた調子に乗ってるみたいだから、忠告しておこうと思って」

 女性騎士が鼻で笑った。

「勘違いするんじゃないわよ。リオン班長があんたなんて相手にするわけないんだから」

「はっ?」

 思わず声が出た。

「鬱陶しいのよ、あんた。班長にちょこまかつきまとって。部下なのをいいことに調子に乗って」

 彼女は、シャロンがいかにリオンにべたべたつきまとい、リオンが本当はどれだけ迷惑しているかを雄弁に語った。

 残念ながら、それでシャロンが傷つくことはない。部下の範疇を逸脱した行動はとっていない自覚があったからだ。

 しかし、彼女が苦し紛れに放った最後の矢は思った以上に突き刺さった。


「リオン班長は、ステラさんのことをずっと想ってるんだからね!」


 あ、やっぱりそうなんだ。


 シャロンは妙に納得してしまった。

 サラから聞いた話と、リオンの言動からもしかして、と思ってはいた。いつかリオンの部屋で見た鎖の通された異国のコインは、ステラのものだろう。

 きっと目の前でぎゃあぎゃあ言っている彼女も、それが理由でリオンを諦めたのだろう。そして一緒にいるシャロンに嫉妬して釘を刺しにきたといったところか。


「お話はそれだけですか」

 そう訊くと、彼女たちの顔に血が昇るのがわかった。

「偉そうに!少しは反省したらどうなの」

「反省が必要なことはしてませんので」

「何ですって!」

 手が伸びてきた。シャロンはその手を取り、素早くひねりあげる。

 弱い。リオンに普段稽古をつけて貰っているので、彼女の動きはひどく緩慢に見えた。


 しかし、もう一人の騎士が後ろからシャロンを羽交い締めにする。シャロンがそのまま背負い投げようとすると、「やめなさい」と忠告された。

「貴方が暴れたら、リオン班長に迷惑がかかるわよ。あたしたち、そういう風に報告するから」

 こんなときに限って誰も通りかからない。シャロンがぐっと奥歯を噛んだ瞬間、横っ面を張られた。


 顔なんて殴ったら証拠が残る。なんて馬鹿な奴ら。


 そう思ったが、二発目がきて何も言えなかった。


 三発目が振り上げられ、反射でシャロンは目を閉じる。

 しかし、パシッと小さな音がしただけで何も衝撃がこない。

 目を開けると、後ろから誰かの手が伸びて拳を受け止めている。


「リ、リオン班長……!」

 シャロンを殴っていた騎士が慌てて拳を引こうとしたが、リオンは放さなかった。

「俺の部下に何してやがる」

「こ、この子の態度があまりにひどいので、指導をしていたんです」

「ほう。それは上官である俺の責任だ。俺が責任を持って処罰する。こいつが何をしたか教えてくれ」

 シャロンを捕まえていた騎士が恐る恐るシャロンを放す。リオンが拳を受け止めていない方の手で彼女の腕を掴んだ。

「今までの威勢はどうした。 早く話してみろ」

 二人が揃って顔を青くし、下唇を噛み締める。

 シャロンはリオンを振り返った。


 ああ、この顔で睨まれたら何も言えないのわかるかも。可哀想だとは思わないが。


「班長、もういいです。テイラーどののところへ行かないと」

「俺は裏でこそこそされるのが嫌いだ」

「あたしも嫌いです。でもこの人たちに構う時間も勿体ないですから」

 拳を受け止めているリオンの腕を無理矢理引っ張る。リオンは恐ろしい目付きで睨んできたが、構わずにそのまま引っ張ると彼は猛烈に不機嫌な雰囲気を纏ったままついてきた。

「……おい、いつまで引っ張る気だてめえ」

 低い声で言われて、シャロンは慌てて彼の手を放した。

「申し訳ありません」

「そのひどい顔をどうにかして来い」

 リオンに手で追い払うような仕草をされ、シャロンは慌てて駆け出した。

 医務に行って頬を濡らした布で冷やし、打ち身にきく膏薬を塗って貰う。

 それから急いでテイラーの宿へ行こうと城の門へ向かう。するとそこにはリオンの姿があった。壁にもたれて相変わらず不機嫌そうな顔をしている。シャロンに気づくと身体を起こした。


「班長……先に行かれたかと思いました」

「おまえを一人にしたらまた面倒事を拾って来んだろ」

 リオンはそう言い、先に立って歩き出した。シャロンも急いでその後をついていく。リオンの雑な物言いも、この時はまったく腹が立たなかった。



 会合はまた港近くのレストランだった。この前と同じようにリオンとシャロンはレストランの奥の席に陣取る。

「おまえのその顔、どうにかなんねえのか」

 コーヒーを片手にリオンがじろりと上目遣いに睨んでくる。

「腫れてます……?」

「ああ。ひどい顔だ」

「班長、あたし一応女なんですけど」

 そう主張してみると、「知ってる」と返された。

「おまえ、今朝のあれは何だったんだ」

「下らない女の嫉妬です。班長が気にするようなことじゃありません」

「そうやってまた誤魔化す気か」

 リオンに睨まれ、思わず怯む。


 これは尋問か何かですか。


「……班長のファンですよ。近くにいるあたしが目障りみたいです」

「何だ、それは」

「言葉の通りです。班長はステラさんを想ってるんだから、あたしに余計なことをしないよう釘を刺しにきました」

 リオンの眉がぴくりと動いた。

 言い過ぎたかな、と思ったが、リオンは気を悪くはしていないらしかった。

「あんまり面倒事を起こすな。起こす前に俺を呼べ」

 はい、と言いかけてふと気づく。

「班長、別にあたしが面倒事を起こしたわけじゃないです」

「似たようなもんだろうが」

「違います。むしろ発端は班長でしょう」

「何でそうなる。てめえの思考回路は欠陥品か」

「班長のファンの子に嫌がらせされたんです。ファンの管理はちゃんとして下さい」

「知るか。勝手に幻想抱いて盛り上がってる妄想女の面倒を見る気はねえ」

「幻想?班長のどこに幻想を抱くんですか」

「だから知らねえって言ってんだろ。あいつらの腐った頭に訊いてみろ」

 ここまでこてんぱんに言われれば今朝の二人も形無しである。

 しかしきっと、ステラは違ったのだろう。彼女はありのままの彼を想い、彼のために生きたに違いない。


 シャロンがそっとため息をついた時、奥の部屋の扉が開いた。終わったかと顔を上げると、出てきたのは美しい金髪のーー……。

「カインさん!?」

「やられましたよ。中はもぬけの殻です」

「どういうことだ」

「隠し通路がありました。今、中には誰もいません」

 リオンが部屋の中へ飛び込んだ。暖炉がぱっくり口を開けていて、そこから階段が続いている。

「クソッ」

 リオンは壁で明々と燃えている蝋燭を一本失敬した。

「シャロン、外の騎士に知らせろ。俺はカインとこの通路を行ってみる」

「はっ」

 命令に思わず敬礼し、シャロンはその部屋を飛び出した。

 第一師団の騎士はレストランの入り口に立っており、取り乱したシャロンを見て怪訝な顔をした。

「テイラーどのが会談相手といなくなりました。今から捜索にあたります」

「いなくなった?」

 騎士の一人が信じられないというように目を見開いた。

「連れ去られたということでしょうか」

「わかりません。でも争った跡はなかったような……。もうすぐ班長が来ます。彼の指示に従いましょう」

 まもなくリオンが合流した。テイラーに逃げられたのがよほど悔しいらしく、目が獲物を狙う目になっている。

「おまえたちは街の東側を探せ。俺とシャロンは西だ。必ず街のなかにいる。なにがなんでも見つけろ」

「はっ」

 騎士三人が敬礼をし、第一師団の二人が去っていく。

 リオンが舌打ちした。

「迂闊だった。妙な気配はしなかったから油断した」

「争った跡はありませんでしたよね。テイラーどの、自分で出ていったんでしょうか」

「そうだろうな。あの通路は裏通りに通じていたが、抵抗する相手や眠らせた相手をそこから移動させるのは大変だろう」

 そう言いながらリオンは街の西側へと歩き出す。

「カインさんは?」

「奴なりの方法で探してくれるとよ」

「頼りになりますね」

 素直な感想を述べると、リオンが結んだ髪をぐいっと引っ張った。

「海賊に頼らなきゃならねえ騎士団の警護が情けねえだろうが」


 結局、昼前から数時間にわたってテイラーを探したが、彼女は見つからなかった。しかし、諦めて一度戻ろうかという時に第一師団の騎士が駆けて来た。

「リオン班長!テイラーどのが戻って来ました!」

「戻って来た?どういう現象だ、そりゃあ」

 喜ばしい知らせにも、リオンの眉はひそめられる。

「わかりません。散歩がしたくなったの一点張りで」

「大層な散歩だったんだろうな。金魚のふんも一緒か?」

「は?あ、ああ、お付きの方もご一緒です」

 リオンの唇が物騒に歪んだ。

「吐かせるならそいつだ。拷問にかけてでも吐かせてやる。あのクソ婆、武器の密輸でもやってるんじゃねえのか」


 班長、騎士団が拷問なんてしちゃ駄目です。


 凶悪な目をしているリオンにそれを言うことはできず、シャロンは黙ってついていった。



 テイラーは確かにレストランに戻っていて、不機嫌そうなリオンを見ると一瞬怯んだ。

 リオンは彼女が座っているテーブルまで行くと、威嚇するように上から見下ろした。

「随分長え散歩だったな。どこでお楽しみだったんだ?」

「悪かったわね。ちょっと窮屈だったから、自由になりたかったのよ。それだけ」

「会談相手はどうした。一緒に抜け出したんだろ?」

「騎士団に見張られているようで気分が悪いって言うから一緒に出たの。貴方たち、もう少し外国の使節に気をつかうべきね」

 リオンを包む空気の刺々しさが一気に増し、シャロンは慌てて彼の横に並んだ。

「貴方の警護が我々の任務です。窮屈なのは理解しますが、勝手にいなくなられては困ります」

「そうね。悪かったと思っているわ、お嬢ちゃん」

 揶揄する口調にかちんときて、思わず口を開こうとした。しかしここで揉めては収まらない。ぐっと我慢すると、何のつもりかリオンの手が肩に載った。

「ヴァルトガルドに戻る。支度をしてくれ」

「ええ」


 レストランから出ると、通りの向こうの果物屋で買い物をしている男女が目に入った。金髪の男と、黒髪の男と、茶髪の女。

 金髪の男が、リオンの方を見て一瞬頷いた。リオンはそれを確認したが、全く反応せずにテイラーを促した。

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