不器用な優しさ
シャロンは何で騎士になったの?
シャロンは騎士として相応しいの?
シャロンはみんなとは違うでしょ?
懐かしい娘の顔が嘲るように笑う。義理の姉妹だったアンだ。隣にはジムもいる。二人並んで、シャロンを馬鹿にしたような目で見て笑っている。
立派な志もないくせに。
シャロンは騎士に相応しくない。
「おい」
強く肩を揺すぶられて目を開けると、薄暗いなかにリオンの姿が浮かび上がった。
宿のテイラー女史の部屋で、寝ずの番をするのに交代で仮眠をとっていたことを思い出す。
「交代の時間ですか」
奥の部屋で寝ているテイラーに気をつかって小声で訊ねると、リオンが「そうじゃねえ」と答えた。
「だいぶうなされていたから起こした。大丈夫か」
珍しく気遣われ驚くと同時に、彼の手が伸びてきて頬を拭ったことにまた驚いた。
どうやら自分は泣いていたらしい。
「ごめんなさい、ちょっと嫌な夢をみてました」
「そうだろうな。まだ時間はある。寝直しても構わん」
リオンはそう言ってくれたが、夢のなかでアンに向き合う勇気が持てなかった。
「いえ、大丈夫です。交代するので班長、休んで下さい」
「……おまえのそれは癖か」
「はい?」
話が見えなくなった。
リオンが何となく不機嫌そうにシャロンを見ている。
「おまえは普段要らねえことまで言うくせに、肝心な時は口をつぐむ。城の墓でもそうだったし、今もだ」
シャロンは床に座ったまま、目の前に膝をついているリオンを見つめた。
この人は、本当によく人を見ている。嫌になるぐらいに。
「班長……」
シャロンが呼ぶと、彼は眉を上げて続きを促した。
「あたし、騎士に相応しくないでしょうか」
「おまえが……?」
リオンが眉をひそめる。そのまま胡座をかいて話し込む体勢になった。
「相応しいか相応しくないかは俺が決めることじゃねえ。そりゃ敵前逃亡なんぞする奴は騎士に相応しくないと思うがな。……大体騎士らしい奴がどれだけいるか怪しいもんだ」
「……あたしからすれば、みんなあたしより騎士らしいです。立派な志があって、目標があって。あたし、そういうの何もないから……」
リオンは怪訝そうな顔をした。
「おまえのまわりは、そんな大層な志とやらを持ってんのか」
「サラはアルヴィン分隊長みたいになりたいって言ってたし、クリストファーは国を守りたいって。リオン班のみんなだって、班長のために戦ってきたんでしょう?」
「俺の知り合いは、儲かるから騎士になったって言っていた。縁談から逃げてきたって奴もいた。俺はーー……」
リオンは少しだけ決まり悪そうにふいっと目を逸らした。
「……昔は随分悪さをしていた。それで騎士団に取っ捕まって」
「ええっ!?」
リオンが眉間にしわを寄せて唇に人指し指を当てる。シャロンは慌てて口を押さえた。
「……騎士として働けば罪を軽くしてやるって言われてそれに乗った」
「そ、そうだったんですか」
あまりに驚いてリオンの顔をまじまじと見てしまう。
その凶悪とも言える猛禽類のようなお顔は、その時の名残ですか。
「今まで俺以上の出自の奴には会ったことがねえが……おまえは何なんだ?」
「あたしは……」
シャロンも自分の昔の話をした。
家に居場所がなくなって、衣食住が保障されている騎士になろうと思ったこと。騎士ならば叔父や叔母も文句を言わないと思ったこと。
リオンは黙って聞いていたが、聞き終わると珍しく唇の端を上げて笑った。
「そこで騎士を思い付いたのは当たりだった」
彼にしては優しく言われて、気が緩んだ。ぽろぽろっと涙がこぼれ、それを見たリオンが呆れたような表情になる。
「泣き虫だったんだな、おまえは」
「ごめんなさ……」
「謝んな」
リオンがシャロンの肩から落ちた毛布を乱暴に引き上げ、頭を力強く叩く。
「騎士になった理由より、騎士としてどう生きていくかを考えた方が建設的だ。まあ俺はそんなこといちいち考えねえが。もっと気楽にやれ」
そう言われて、シャロンは涙を拭いながら頷いた。
リオンはシャロンが泣き止むまで、不器用に頭を撫でていてくれた。
「あら、貴方目が真っ赤よ。どうしたの」
テイラーに言われて、シャロンは慌てて目に手を当てた。
昨夜のリオンとのやり取りと頭を撫でてくれたリオンの手を思い出し、顔が熱くなる。
「大丈夫です。もうすぐ時間ですから行きましょう」
テイラーを促して宿から出ると、リオンと他の騎士が待機していた。リオンの姿を見て顔が勝手に熱くなる。
いやいや、どうしちゃったのあたし。
リオンがシャロンを見て眉をひそめる。すっと手が伸びてきて、思わず首をすくめた。リオンはシャロンの後れ毛をぐいっと引っ張る。
「ちゃんと結べ」
「あ、ごめんなさい」
リオンの手にどきどきしつつ、きちんとくくれていなかった髪をまとめ直す。
本当にどうしちゃったのあたし。
会談の場所は港の近くにあるレストランの個室だった。シャロンたち騎士はその場には入れず、外で待機だ。
応援の騎士はレストランの外で、シャロンとリオンは中で待機していた。個室に近い一席を陣取り、リオンは優雅にコーヒーを飲んでいる。
その隣の席に客が通された。
「中に入れないとは疚しいことがあると白状しているようなものだな」
見ると、ルークとルチアが座っていた。ルチアは薄茶色の髪をしている。鬘をかぶっているのだろう。深い緑の瞳とルークがいなければ、誰だかわからなかったかもしれない。
「どうしたんですか?朝ごはんってわけでもないですよね」
シャロンが訊くと、ルチアはにっこり笑った。
「たまたまですよ。朝のお茶を飲みに来ただけです。ね?」
「俺はそんな暇じゃねえ」
ルークは鬱陶しそうにそう言ったが、ちゃっかりコーヒーを注文していた。ルチアが続いてホットケーキを頼むと、「さっき朝飯食っただろうが」「別に良いじゃない」「どうせ払うの俺だろう」「それぐらい良いでしょ、けち」と口喧嘩が始まる。
「仲良いですね、この二人」
「ん、そうか?」
リオンはあまり興味がないらしく、コーヒーをすすっている。
「……おまえもなんか食って良いぞ。どうせ会計は騎士団持ちだ」
結局リオンがコーヒーを二杯飲み、シャロンがマフィンを一つ食べた時、扉が開いてテイラーと付き人が出てきた。
リオンとシャロンは立ち上がり、シャロンはルークとルチアに挨拶をしようとしたがリオンに目顔で止められた。そこで黙ってリオンに従う。
恐らくリオンは何も言わないと思い、シャロンはテイラーに話しかけた。
「会談は如何でしたか」
「ええ、良いお話ができました」
テイラーはそれしか答えなかった。
ヴァルトガルドに帰り、夜の警護は第一師団の騎士に任せてシャロンとリオンは城に戻って夕食をとった。
食後にリオンはコーヒーを二杯飲んだ。今日は合計で四杯飲んでいる。さすがに身体に悪い気がする。
そう思って向かいのリオンを見ていると、「なんだ」と視線を向けられた。
「いえ、何でも」
シャロンが答えた時、サラが食堂に入ってきた。
「リオン班長、班長にお客さまです」
「客?誰だ」
「ルークという男です。身分は名乗らず班長に会わせろとの一点張りで。警備の兵と揉めてるんですけど、お知り合いですか」
リオンより先にシャロンが反応した。
トリエンテにいるはずのルークが、なぜヴァルトガルドに?
「会おう」
リオンがカップを置いて立ち上がった。シャロンも慌てて後を追う。
ルークは城に入る跳ね橋のところにいた。警備の兵が彼を通すまいと踏ん張っている。リオンを見ると、安堵したように道を開けた。
ルークが不機嫌に眉を寄せて腕を組んだ。
「騎士ってのは頭が固くて面倒だな」
「それには同意するが、遠路はるばる何の用だ。本業の仕事というわけでもねえだろ」
「騎士団の本拠地で略奪を働くほど馬鹿じゃねえよ」
リオンはルークを連れて城下の宿屋へ向かった。もちろんテイラーの宿とは別の宿だ。シャロンも同席を拒まれなかったのでついていく。
ルークが泊まるというので宿泊の手続きをして、三人で部屋にあがった。
「あの婆の目的が見えた」
開口一番、テイラーを婆呼ばわりだが、リオンもシャロンも婆呼ばわりしたことがあるので何も言わない。
「あいつは、この国の情報を他国に売ろうとしている。この国を他国の傀儡にして、自分は他国の重鎮に収まろうって腹だ」
「想像通りの下衆だな」
「面倒なのは、奴の取引相手は奴を利用するだけして捨てるつもりだってことだ」
リオンは面倒臭そうに鼻を鳴らした。
「取引相手はやっぱり隣国のブラッドリーだ。レストランの部屋から出てくるところを見たから間違いねえ」
「海賊の間蝶は腕が良い」
「茶化すな。見返りを貰う以上仕事はする。次の会合までに対策を立てる必要があるだろうから急ぎで報告に来たんだが……」
ルークがシャロンに向き直って、懐から一枚の紙を出した。
「これがどこで手に入るか教えてくれ」
城下で有名なケーキ屋のちらしだ。
怪訝な顔で彼を見ると、ものすごく決まりの悪そうな顔をされた。
「うちの馬鹿女に買って来るよう言われた」
獲物を狙う猛禽類と渡り合う狼が、拗ねたように眉間にしわを寄せている。
それが可愛くて吹き出すと、ルークとなぜかリオンからも思いっきり睨まれた。