守りたいもの
四人で城の食堂へ行き、いろいろ喋りながら食事をとった。とは言っても、リオンはあまり話さないし、アルヴィンも食事中は食べることに集中するタイプらしい。結局シャロンとサラがかしましくお喋りを繰り広げていた。
主な話題は、同期の近況やそれぞれの師団での苦労話だ。結局食事が終わっても話は終わらず、呆れたアルヴィンに風呂でも入って行くことを勧められた。リオンも行ってこいと言うように頷いたので、お喋りは風呂場で続行された。
リオンがいないのを幸いとばかりに、お互いの共通の上官であるリオンの話題になる。「投げられた」とか「暴言を吐かれた」とか、彼のひどい仕打ちをお互いに暴露して笑いに変える。
ひとしきり笑った後で、サラがふと真面目な顔になった。
「でも班長は、本当は誰よりも優しくて仲間思いなんだと思う」
「それ、うちの班の人も言ってた。でもあたしにはまだわからない。そうなのかなって思う時もあるけど」
「私も最後までわからなかったの。わかったのは最後の最後よ。彼と私の仲間が死んだ時」
シャロンは驚いてサラの顔を見つめた。
仲間が死んだ時?
サラは風呂の壁を見つめて、ぽつりぽつりと話し出した。
「二年前、リオン班長の班は私と班長を除いて全滅したの。原因は、一人の班員の裏切りだった」
騎士団の敵対勢力と繋がっていた彼は、騎士団の包囲網を突破して仲間を逃がすためにリオン班に刃を向けたのである。
「リオン班長はその時、別動隊を率いてた。私はなぜか殴られただけで殺されなくて助かった。その時の彼の様子を見て思ったの。この人は本当に仲間を大事に思ってたんだって」
リオンは大切な仲間を殺した男を憎く思った。しかし、その男も彼の仲間だったのだ。殺したいほど憎らしいのに、憎みきれない。憎むべきなのに、仲間だったという事実が憎みきることを許してくれない。
リオンは苦しんでいた。
「第二師団に転属になったのは、それも理由のひとつだってアルヴィンが言ってたわ。あのまま第一師団にいたら、班長は壊れちゃったかもしれないって。意外に人情味がある人だからって」
シャロンはお湯に深く身を沈めた。
「全部終わってから気付いたの。班長は口が悪いけど、それは全部私たちのことを思って言ってくれてるって。私たちが成長するように、私たちが自分と仲間を守れるように」
何も答えられなかった。
ただ、リオンの人としての大きさを感じていた。同時に、自分の考えの浅さと人間の小ささも。
それを感じたのか、サラはわざと明るく言った。
「わかりにくいよね、あの人」
「そうだね」
シャロンは深く沈めていた身体を起こして、笑顔をサラに向けた。
「サラ、もっとリオン班のこと教えて」
サラは少し驚いたように目をぱちくりさせたが、すぐににっこり笑った。
「じゃあまず班員の紹介からね。まずはジェイクさん。彼はーー……」
完全にのぼせて風呂からあがると、ちょうどリオンと行き合った。彼は真っ赤な顔のシャロンを見て、驚いたように眉を動かした。
「いねえいねえと思ったら今まで風呂にいたのか」
「う。ごめんなさい、遅くなって」
「交代は夜中だ。それまでは寝ていようが風呂で沈んでいようが関係ない」
リオンの言動に思わず苦笑してしまう。
「班長はどこに行こうとしてたんですか」
「仲間の墓参りだ 」
胸がきゅっと締め付けられた。
でもそれは、表に出さない。
「お花も持たずに?」
「柄じゃないだろ」
「あたしも、帰るまでにリオン班の先輩たちに挨拶します」
今は一人の方が良いかと思ってそう言ったが、リオンは「紹介してやる」と言って歩き出した。
リオンは五つ並んだ墓石の前にしゃがんで足元にカンテラを置き、
「左から、ジェイク、マルコ、トーマス、イーサン、ステラだ」と教えてくれた。
「さっきサラが少し教えてくれました。ジェイクさんとイーサンさんはお調子者で、マルコさんは気が利いて、トーマスさんは癒し系で、ステラさんは紅茶を淹れるのが上手だって。リオン班はみんな班長大好きだって」
「……七人のうち五人は男なんだがな」
リオンは複雑そうに呟いた。
リオン班は仲が良くて、みんな騎士としても一流だった。仲間と自分を信じ、班長のために精一杯働いたのだろう。仲間へのその信頼が、結果的に彼らの命を奪うことへ繋がったのは皮肉だが、最後の最後まで彼らは班長のために戦ったに違いない。
敵わないなあ。
シャロンは騎士としての志など何も持っていない。自分の居場所を得るためだけに騎士として存在しているようなものだ。そんな自分が、リオン班に敵うわけがない。
「班長はーー……」
どうして騎士になったんですか。
その言葉は出てこずに、代わりに涙が一粒転げ落ちた。
振り向いたリオンが、それに気付いて少し眉を上げる。
「なんの冗談だ、おまえ」
「何でもないです」
シャロンは慌てて頬を拭う。
立ち上がったリオンがシャロンの頭に手を伸ばした。思わず首をすくめたが、彼の手は思いの外優しく頭に載った。
「おまえが泣くことじゃない」
「はい」
答えた声は自分で思ったよりもぐずぐずだった。
「そろそろ交代の時間だ。戻るぞ」
シャロンのひとつに結った髪を軽く引っ張ってリオンが歩き出す。シャロンも涙を拭って後に続いた。
宿に戻ると、途端にテイラー女史に捕まった。
「肩が凝っちゃったの。揉んで貰えるかしら」
だから、騎士は貴方の召し使いじゃないんだけど。
シャロンは言い返そうとしたが、リオンに後ろから思い切り小突かれた。
はいはい、口答えするなってことね。あとで思いっきり文句言ってやる。
シャロンは顔に作り笑いを貼り付け、テイラー女史の部屋に行って彼女が満足するまで肩を揉んでやった。
それから彼女のために枕を整え、蝋燭の火を確認して部屋を出る。
そこにはリオンがいて、「ご苦労」と労ってくれた。が、シャロンの怒りは沸点だ。
「あたし達は評議会議員の召し使いじゃありません!」
「わかっている。だが堪えろ」
「何でですか」
「エドウィンの判断だ」
リオンはそれしか教えてくれない。シャロンはますますむくれて彼を睨んだ。するとリオンは少しだけ困ったような顔をした。
「時期が来れば必ず話す。それまで待て」
珍しく宥めるような口調で言われ、シャロンは頷くしかなかった。
翌日はヴァルトガルドで昨日できなかった第一師団長のトリスタンへの挨拶を済ませ、テイラーの警護に当たった。
相変わらずテイラーの言うことを聞くだけの一日だったが、シャロンはトリスタンの発言が気になっていた。
ーートリエンテで情報を仕入れると良い。あそこには情報通の海賊がいる。
本来取り締まる対象である海賊から情報を仕入れるとはどういうことか。
シャロンには理解できなかったが、リオンはわかっているらしく「ああ」と頷いた。
第一師団の師団長に対しても対等に話すんですね、班長。
心の中でひっそりと呟きつつ、シャロンは何も言わなかった。
そして翌日、一行はトリエンテへ出発した。さすがにリオンとシャロンの二人では人員不足なので、第一師団の騎士が二人応援で派遣された。
トリエンテに着くと、リオンは応援の二人にテイラーと自分たちの馬を任せ、街の警備状態の確認だと言ってシャロンを連れ出した。
シャロンのどこに行くのかという疑問を無視し、リオンは港の方へ向かった。桟橋の前にある宿屋に入り、「カインに会いたい」と告げる。宿屋の主人に部屋を教えられ、二階に上がったリオンはその部屋を荒くノックした。
まもなく中から扉が開く。開けたのは、さらさらと流れる金髪が綺麗なーー男?女?ーーだった。
「久しぶりですね、リオン。入って下さい。そちらのお嬢さんは部下の方ですか」
中性的な顔立ちだが、声を聞く限り恐らく男だ。
リオンは中に入り、扉を閉めた。
「ああ。シャロンだ。トリスタンに言われて来た」
「トリスタンは人使いが荒いですね。なかなか大変でした、調べるの」
彼は何かしらの情報を持っているらしい。つまり、彼がトリスタンの言っていた海賊なのだろう。全く海賊には見えないが。
「なかなかの狸ですよ、彼女。まあ評議会なんて狸の巣窟ですけどね」
「何か拾えたか」
「ちょっと叩いただけですけど、埃が出ました。突っ込んだらもう少しいろいろ出てきそうですね」
金髪の彼ーおそらくカインーは、声をひそめた。
「今回の会合、かなりきな臭いですよ。今、うちの副船長が会合相手の貴族をつけてます。そろそろ帰って……あ、来ましたね」
カインが微笑むと、廊下から足音と男女の話し声が聞こえてきた。
「俺はおまえの馬鹿さ加減に言葉もねえぞ」
「尾行中ならそう言ってよね!ただ歩いてるだけかと思ったのよ」
「そうだよな。おまえの馬鹿さに頭がまわらなかった俺が悪い」
「その言い方腹立つんだけど!」
バンッと勢いよく扉が開いて、入ってきた二人はリオンとシャロンを見て驚いたように足を止めた。
漆黒と言ってもいいほどの真っ黒な髪の男と、茶色い帽子を深くかぶった女である。彼女は髪を帽子のなかにまとめているので、スカートでなければ小柄な少年にも見えた。
「紹介しますね。こっちの怖いのが副船長のルーク、後ろがルチアです。俺たちはルキって呼んでますけど。こちらは騎士団のリオンとシャロンです。今回の仕事の依頼人ですよ」
カインがお互いを引き合わせる。
「狸さんの正体はわかりましたか」
「ごめん、あたしがルークの尾行の邪魔しちゃった」
ルチアが申し訳なさそうに謝る。しかしカインは気軽に笑った。
「ルークがそれで引き揚げたのなら、それは潮時だったんですよ。気にしなくていいです。ねえ、ルーク」
「うるさい、黙れ」
副船長が船長にそんな口を聞いていいのか。
すごい男だと思ったが、そういえばリオンも師団長であるトリスタンや分隊長のエドウィンに偉そうな受け答えをする。
もしかしてこの二人、似た者同士か。雰囲気もリオンが鷹や鷲の猛禽類なら、ルークはさしずめ狼だ。
「ブラッドリー家を知ってるか。隣国の貴族だ。数日前、ブラッドリー家の人間が入港している。そいつが先ほど、狸の下男と会っていた」
ルークの報告にリオンが眉をひそめる。
「あの女の狙いはブラッドリーか……?」
「そこまではわからねえ」
シャロンには話が見えない。ただリオンは何かしら納得したらしく、カインに礼を言って一度宿に戻ると言い出した。
シャロンはもちろん従うしかなく、カインたちに頭を下げた。その拍子にポケットから先ほど入手した街の地図が落ちた。
近くにいたルチアが素早く拾ってくれ、それを受け取ろうとした時、シャロンの手がルチアの帽子に触れ、今度はルチアの帽子が落ちた。まとめられていた髪がばさりと露になって、思わず息を呑む。白髪ーー……いや、銀髪だ。
息を呑んだ途端、まわりの空気が動いた。
ルークがルチアの腕を引き、自分の後ろに庇って剣を抜く。その切っ先がシャロンに向く直前に、リオンがシャロンの前に出て剣の柄に手をかけた。
「班長……」
「大人しくしていろ。てめえが敵う相手じゃねえぞ」
リオンにそう言われ、シャロンは黙って頷いた。
カインはルークを宥めにかかる。
「ルーク、やめなさい。この人たちは大丈夫です」
「おまえは騎士団を随分信用しているようだが、俺は違う」
「ルーク、やめて。あたし大丈夫だから」
ルチアが猛獣のような副船長を押しのけ、リオンとシャロンの前に立った。窓から入る日の光に銀髪がきらきら輝いている。
「驚かせてごめんなさい。あたしのこの髪、珍しいからよく狙われるんです。それで副船長、ちょっとぴりぴりしてて」
「大丈夫です。ごめんなさい、帽子落としちゃって。……でも、綺麗な髪ですね」
リオンの横に並んで答えると、ルチアはにっこり笑った。
「ありがとう。面倒ごとがつきなくて嫌だなって思ってたけど、そう言われるとやっぱり嬉しいな」
カインが拠点にしている宿を出て、リオンと並んで歩き出すと、ルークと向き合った時から彼を包んでいた緊張が少し緩むのを感じた。
「あの副船長、相当強かったみたいですね」
「ああ。おまえなんぞ一撃だな」
「……精進します」
シャロンの答えにリオンが鼻を鳴らす。
「……聞いたことがある。白や銀や珍しい髪色の人間を売り買いする商売があるそうだ」
「そんな商売が……?だからあの副船長、あんなに反応したんですね」
「ああ。大事なものは自分で守らねえとなくしちまうからな」
その言葉に、シャロンは思わず足を止めた。
リオンは、大事なものを守るために騎士になったのだろうか。
彼の大事なものって何だろう。
あたしには、守りたい大事なものってあるのだろうか。
足を止めたシャロンを振り返り、リオンが怪訝な顔をして「何をやってる?」と訊いた。
シャロンは慌てて彼に並び、足早に歩く彼に置いていかれないように歩き出した。