憂鬱な護衛
「護衛、ですか」
「ああ。女性の議員なので、護衛も女性騎士に頼みたいそうだ。行ってくれるか」
「はい」
「相手は評議会の書記官だ。体面上リオンもつけるからよろしく頼む」
「えっ!班長も行くんですか?」
「……不満か? 」
「いえ!心強いです」
ヴァルトガルドまで二日、彼の毒舌と罵詈雑言に堪える珍道中になりそうだとはエドウィンには言いたくない。
エドウィンはそれ以上聞いてこずに詳しい日程の説明をし出した。
十日後、トリエンテという港町で開かれる異国との会合に、評議会の議員が参加することになった。王都からでは遠いので、期間中はヴァルトガルドで滞在することになる。国の代表として会合に臨むので、やはり道中護衛がいるということで、シャロンとリオンが選ばれたようだ。
出発は五日後だと言われ、その日の半休は準備のためにすべて消えた。
五日後の朝、シャロンは館の前でリオンと合流した。
「おはようございます、班長」
「ああ。ではクソ婆のお迎えに行くか」
相変わらず口の悪さは健在である。
「クソ婆って……」
「格好がつくから騎士団の護衛が欲しいだけだ。俺たちはあの婆の装飾品なんだよ」
なるほど、その扱いにご機嫌ななめらしい。
重い空気を払拭しようと、シャロンは明るい声を出した。
「でもあたしは少し楽しみです。ヴァルトガルドは学校を卒業して以来だし、サラにも会えるかもしれないし」
「サラ……」
リオンが低く呟いた。
「同期の友達です。第一師団の」
「ああ、知っている。俺の班だった」
シャロンは思わず息を呑んだ。
「サラ、班長の班だったんですか」
「ああ」
「知らなかったです。サラ、どうでした?」
リオンの目が一瞬遠くを見た。
「……良い班だった」
そのぽつりと出た呟きに、シャロンの胸はきゅっと締め付けられた。そしてそこから沸き上がるもやもやした感情ーー……。
これは、嫉妬だ。
それに気付いて動揺した。自分は、リオンに認めて貰いたいと思っているのだろうか。
そんなことない。
そう自分に言い聞かせ、リオンと並んで馬に跨がる。
「シャロン、班長、行ってらっしゃい!」
その声に振り返ると、館の二階からクリストファーが手を振っている。
シャロンは手を振り返し、クリストファーに頷くだけで先に馬を進ませたリオンの後を追った。
護衛をするテイラー女史の屋敷に着いてから、シャロンはリオンの堪忍袋の緒がいつ切れるかとひやひやしていた。
テイラーは「護衛など待たせておけばいい」ときっぱり言って、のんびりと準備をしているのだ。
「予定通りに出なければ、今晩宿屋のある街に着けません。少し急いで頂けませんか」
シャロンの懇願に、テイラーはしれっと「それなら道中馬を駆けさせれば良いでしょ」と答えた。
リオンのもとへ戻ると、彼は屋敷の花壇で馬に草を食べさせながらーー時々園芸品種の草も食べられているーー待っていた。彼はテイラー女史の返事を予想していたらしく、泊まる街を変えようと言い出した。
「宿屋の質は落ちるが仕方ない。婆のせいだ」
てっきり道中はリオン対シャロンの攻防戦になるかと思いきや、いまや二人の共通の敵としてテイラー女史が立ちはだかっていた。
おかけで、リオンはまだシャロンに暴言を吐いてないし、シャロンも彼に生意気な口を聞いていなかった。
その点では良かったが、困ったのはテイラー女史がリオンを気に入ってしまったことである。彼の凶悪とも言える外見の何を気に入ったのか、彼女はリオンを常に傍に置きたがった。リオンを強引に自分の馬車に乗せ、移動中はおしゃべりに興じている。護衛が聞いて呆れるが、リオンは不機嫌な表情を隠すこともなくそれに付き合っていた。
自分が出発を遅らせたくせに、テイラー女史は道中を急がせた。リオンの提案した当初の街とは違う街に泊まるという案が不満だったようだ。
途中で休憩をいれた時、彼女は馬車からおりて呻いた。
「ああん、お尻が痛くなっちゃう。乗り心地が悪いわ」
なんなら馬に跨がって駆けてみますか。骨が軋むほど快適ですけど。
そう言わないようにするのは一苦労だった。彼女のわがままで、シャロンと彼女の私兵や付き人は彼女以上の苦痛を強いられているのである。
クソ婆!
リオンのような悪態を口の中でつき、シャロンは少し離れた小川の方へ馬を連れて行った。
水を飲ませてやるついでに、自分の頭も冷やそう。
しかし、そこには先客がいた。
同じように愛馬に水を飲ませてやっていたリオンが振り返った。シャロンは黙って立っている。自分の顔が険しくなっていくのがわかった。
「水を飲ませてやれ」
リオンに言われて、自分の馬が小川を前にしてお預けを食らっているのに気づく。川縁まで連れていくと、嬉しそうに長い首を下へ曲げた。
その様子を見ながら、リオンに不満をぶつける。
「あたしたちは、評議会の下僕じゃありません」
「ああ」
リオンは馬の首を優しく叩いてやっている。
「どうしてあんな女の言うことを聞かなきゃいけないんですか」
「逆らわないようにとエドウィンに言われている」
冷静なリオンを見て、シャロンの頭に血が昇った。
「だからってあの女の召し使いみたいに!あんな女の機嫌をとって、分隊長はどうするつもりなんですか」
「分隊長には分隊長の考えがある。俺たち部下は上官の判断を信頼して動くのが仕事だ。違うか」
正論で攻め込まれ、シャロンは言葉に詰まった。
普段は上官であるエドウィン分隊長の意向というより、自分の意思で動いているくせに。
評議会の議員にだって、彼らが間違っていると思えば遠慮なく噛み付くくせに。
どうして今回は黙っているの。相手が女性だから?彼女は何か特別なの?
外見だけなら品の良いおばさんで、リオン班長とは十ぐらいしか変わらないから、彼が魅力を感じてもおかしくないけど……。班長、まさか年上好き?
「おいてめえ。なんか変なこと考えてるだろう」
リオンに指で額を弾かれ、シャロンは我に返った。
「とにかくおまえは大人しくしていろ。いいな」
シャロンに釘をさし、リオンは馬をひいて戻って行く。結局不満は解消されないまま、シャロンもその少しあとに戻った。
ヴァルトガルドの城壁が見えた時、テイラー女史との珍道中が終わることにシャロンは心からほっとした。
城門をくぐり、街へ入ると懐かしさが込み上げてきた。知り合いの姿を探すが見つからない。
「きょろきょろすんな。テイラーから目を離すんじゃねえ」
馬を寄せてきたリオンが低い声で注意する。その言い方に違和感を覚えた。
「どういうことですか?任務はテイラーどのの護衛でし
「良いから従え」
高圧的!横暴!傍若無人!
シャロンはぐっと唇を噛み、彼を糾弾するのを我慢した。
テイラー女史を城の近くの宿屋に通すと、第一師団の騎士が交代要員でやって来た。彼らはリオンの顔見知りらしく、リオンを見るなり直立不動で敬礼した。リオンは彼 し言葉を交わしてから、「師団長に挨拶へ行くぞ」とシャロンを連れ出した。
宿を出た途端、奇妙な殺気が襲ってきた。リオンがぱっと横っ飛びに避け、シャロンも反射で剣を抜いて何者かの攻撃を受けた。
「うーん、なかなか良い反応だな」
シャロンと剣を合わせた赤毛の男が、にやりと口角を上げる。
「身体が鈍ってなくて安心したぜ、リオン」
「おまえは少し鈍くなったんじゃないか」
リオンが眉ひとつ動かさないままで答える。
シャロンは相手の男をよくよく観察した。甲冑はないものの、騎士団の制服にマントをしており第一師団の騎士だとわかる。
赤毛の騎士は、剣をしまってシャロンに目を向けた。
「この子、おまえの部下か?」
「ああ」
リオンが頷く。
「ふうん。第一師団のアルヴィンだ。よろしくな」
「シャロンです。よろしくお願いします」
「サラの同期だ」
リオンが補足すると、アルヴィンは「へえ」と眉を上げた。
「サラならそろそろ現れるぜ。さっき撒いたから、もう来るころだろう」
「撒いた……?」
シャロンが怪訝な顔をした時、「分隊長!」と怒りに震えるサラの声がして、本人が姿を見せた。
短かった金髪が伸びて、綺麗にまとめられている以外は卒業した時から変わっていなかった。
彼女はアルヴィンに向かって眉をつり上げていたが、アルヴィンが「これなーんだ」とシャロンの首根っこを掴んで彼女の前につき出すと、一瞬ぽかんとした。
「シャ、ロン?」
「久しぶり、サラ」
シャロンが笑いかけると、彼女は珍しく歓声をあげてシャロンに抱きついた。
「シャロン!久しぶりじゃない!元気だった?どうしてここにいるの?」
「任務で……リオン班長と一緒に」
「リオン班長!?」
サラは身体を離し、シャロンの斜め後ろにいたリオンにやっと気付いたらしい。今までの舞い上がった態度が嘘のように、直立して綺麗な敬礼をした。
「お久しぶりです、リオン班長」
サラの顔はなぜか泣きそうだった。
「班長との約束は守っています。ぜひ会いに行ってあげて下さい」
「……ああ」
リオンが低い声で返事をした。
何の話だろう?
重い空気を払うように、アルヴィンがクチヲ開く。
「泊まるのは宿なのか。城に泊まれば良いのに」
「一応警護が名目なんだ。離れるわけにはいかないだろう」
「王都は大変だな。馬鹿みてえな議員に付き合わされるこっちの身にもなれってんだ」
アルヴィンは忌々しそうに髪の毛をかきまわしたが、リオンは何も言わなかった。
「予定はどうなっているんですか」
「明日はここで待機。明後日トリエンテで会合だ」
サラにリオンが答える。
「夕食は城でとる。師団長に挨拶も要るからな」
「今やめた方がいいぜ。忙しくて機嫌悪いから。先に飯食って後から行けよ。俺たちもこれから飯だし、一緒に食おう」
「師団長の機嫌が悪いのはアルヴィンのせいだと思うけど……」
サラの呟きは黙殺された。