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面倒な干渉

 第二師団は王都にいるため、王族と評議会の干渉を受けやすい。

 ちなみにヴァルトガルドという騎士団の本拠の街に配置される第一師団はほとんど誰にも干渉されず、師団長が強い権限を持つ。また、それぞれ地方都市に配置される第三師団以下の騎士団は、それぞれの土地の領主との兼ね合いが重要となっている。

 そもそも騎士団は王に忠誠を誓っているのだが、実際には王族だけの言うことを聞いているわけにはいかないのだ。

 特に第二師団は、評議会の議員からの干渉がなかなか鬱陶しい。


 ある日、街の巡回を終えて騎士団の館へ戻るために班員とエドウィンが歩いていると、向こうから評議会の議員がやって来た。

 彼らは装いですぐわかる。でっぷりと肥えた身体に妙に高そうな服と装飾品を纏い、偉そうに供を連れて歩いている。

 立場的には彼らの方が上なので、騎士たちは彼に敬礼した。

「お役目ご苦労ですな、エドウィン分隊長」

「恐れ入ります、閣下」

 エドウィンの受け答えには余念がない。

 議員は、彼の前に立って偉そうにふんぞり返った。だが、エドウィンの方がはるかに身長が高いため、まったく威厳はない。

「私の意見書はお読み頂けましたかな。先日騎士団に提出したのですが」

「その件に関しましては、師団長からお返事を差し上げたかと存じます」

「ええ、読みましたよ。しかし納得いきません。エドウィン分隊長はどう思われますか。評議会議員の警護要員は必要だと思いませんか」


 呆れた。

 この男は、評議会議員全員に警護の騎士をつけるように騎士団へ意見書を出したらしい。彼のような下っ端の議員まで警護していたら、騎士が何人いても足りないだろう。そんなことはシャロンにもわかる。


「騎士団の人手は潤沢とは言えません。現在の状態では、お申し出に応えることはできかねます」

 エドウィンの答えに、議員はむっとしたように顔をしかめた。

「街の警備が大袈裟すぎるのではありませんか。少し数を減らしても……。何も私も精鋭を警護によこせとは言いません。例えばそちらのような……」

 議員の顎がシャロンを指す。

「女性の騎士の警護でも、私は全然構わないのですよ」

 議員の目に好色そうな色が走った気がして、シャロンは背中がぞわっとした。


 そもそも彼は失礼だ。女性の騎士「でも」良いなんて言い方ーー……。


 シャロンがぐっと奥歯を噛み締めた時、

「随分とおしゃべりがお好きなようだな、ヒヒ爺」とリオンが低い声を発した。

「下らねえ貴様を守れなどと下らねえお願いをする前に、貴様にどれだけの価値があるものか考えてみるのが筋じゃないのか。貴様を守るのに騎士団の時間や労力を使うのは無駄だ。そんなことも計算できずによく議員が務まるものだな」

 議員がぎょっとしたようにリオンを見、その顔がどんどん赤く染まっていった。

「無礼だろう!」

「貴様のお願いとやらは俺たちに対して無礼だと思わないのか。自分の権利の主張しかできんとは、ますます救いようがない」

「リオン」

 エドウィンが静かに制し、議員に向き直る。

「閣下。ご希望に添えず申し訳ありませんが、騎士団の内情もお察し下さい。では、失礼」

 エドウィンが歩き出し、騎士たちもそれに続く。


 評議会の議員にあそこまで喧嘩を売るとは、やはりリオンは只者ではない。

 とんでもない男だと思ったが、心のどこかがすっきりしたのも事実だった。



 彼を頼もしく思ったのも束の間で、稽古で彼に投げられて首もとに剣を突き付けられ、「まったく進歩していない」と吐き捨てられるとまたメラッと彼への闘志が燃え上がった。

 手の甲で突き付けられた剣を弾き、腹筋を使って起き上がりながら蹴りを放つ。

 リオンはひょいと後ろに跳んでそれを避け、「ほう……」とシャロンを見た。

「柔術でくる気か」

「貴方ぐらいあたしにだって投げられます」

 シャロンの答えに、班員がどよめいた。

 リオンが剣を鞘に収めて構えをとる。

「吠え面かくなよ、小娘」

「班長こそ、後悔しても知りませんよ」

 リオンはエドウィンやクリストファーのように長身ではない。体格差はそれほどないので、そこに賭けた。

 しかし組み合った時、シャロンは思わずぎくりと身体を固くした。


 重い!


 リオンの身体は、シャロンが押しても引いても動かなかった。決して大柄ではないし、他の男性騎士に比べると華奢な印象すら受けるのに、まるで岩である。着痩せする体格なのだろうか。

 彼が積極的に仕掛けてこないのをいいことに、シャロンは彼の足を払いにいった。


 ふわっと身体が浮いて、次の瞬間背中が地面に叩きつけられた。

 呻きながら身体を半分起こし、投げられたと理解すると同時に、傍らにしゃがみこんだリオンがシャロンの頭をがしっと掴む。

「良い機会だから覚えておけ。おまえのような小娘が力で向かってきても無駄だ。この頭は飾り物か?」

 悔しくて唇を噛む。俯きたいが、リオンが頭を掴んでいるのでそれも無理だ。

 彼はそれ以上何も言わず、シャロンの頭を離して立ち上がった。

 思わず訓練を中止して二人の動向を見ていた騎士たちが慌てて動き出す。


 いつの間にか近くにいたクリストファーが、シャロンを引っ張って立たせてくれた。

「派手にやられたな、シャロン」

 にやりと笑うクリストファーに一発拳を叩き込み、シャロンは他の騎士と剣を合わせているリオンに目をやった。


 いつか絶対一矢報いてやる。


 シャロンが呟くと、クリストファーが頑張れ、と励ましてくれた。




 翌日の明け方だった。

 たまたま目を覚ましたシャロンが手洗いに出ると、何やら館が騒がしい。何事かと一階へおりてみると、街で火事だという。エドウィンがちょうど呼ばれたところで、彼はシャロンを見るとこちらへやって来た。

「悪いが、リオンを起こして来てくれないか」

「班長をですか」

「ああ、今こちらは手が離せないんだ。頼む」

 そう言われると断れない。

 階段に足をかけると、後ろからエドウィンの「声をかけて駄目なら叩き起こせ」と指示がとんだ。


 どういうことだろう。まさか寝起きが悪いなんてないわよね。あのリオン班長が。


 そう思いながら彼の部屋の扉を叩き、「班長、緊急事態でエドウィン分隊長がお呼びです」と声をかける。

 しかし、全く反応がない。

 仕方がないので、とても抵抗があったが「失礼します」と扉を開けた。

 リオンは、ベッドにうつ伏せになって眠っていた。毛布は腰の上あたりまでしかかかっておらず、上半身は何も纏っていない。その光景に思わずシャロンは釘付けになった。


 これは、岩みたいに動かないはずだ。


 彼の上半身は服を着ている時は想像がつかないぐらいの逞しい筋肉で覆われていた。鍛え上げられた無駄のない筋肉である。

 その身体と意外に無垢な寝顔がものすごい落差だ。猛禽類のような目を閉じるだけでこんなに可愛い寝顔になるのか。


 思わず感心してしまったが、今は緊急事態だ。もう一度声をかけてみたが起きないので、シャロンは彼の肩に手をかけた。


 ……ーー途端。


 いい加減慣れてきた身体が宙に浮く感覚に続き、背中が鈍く痛む。いつもと違ったのは、首もとに筋肉質な腕が押し付けられていることだ。

「はんちょ、あたしです……苦し……」

 必死に訴えると、シャロンの首を締めようとしていたリオンがはっとして起き上がった。

「てめえ、何してやがる」

「エドウィン分隊長のご指示で起こしに来たんです!」

 リオンが怪訝そうに眉をひそめる。

「街で火事だそうです」

 そう言うと、彼はシャロンの腕をぞんざいに引っ張って起こした。


 起こした?班長が起こしてくれるなんて。


 予想外の優しさに思わず驚いてリオンを見る。彼はタオルを掴んで出ていくところだった。

「すぐに行く。おまえも念のため準備しておけ」

「はい」

 リオンの姿は部屋の外に消えた。

 それに続こうとして、ふと殺風景な部屋の壁にかけられたマントに気づいた。第二師団の濃紺のマントではなく、深い緑色のそれは第一師団のものだろう。


 昔の物を記念に取っておくなんて意外。


 シャロンは少し感心して、何気なくそのマントをぺらりとめくった。


 裏側に、エンブレムが五つ縫い付けられていた。四つは固まって、そして少しだけ離れたところにもう一つ。

 マントがかけられているところには、華奢な鎖に通された異国のコインが一緒にかけられている。


 何だか見てはいけなかった気がして、シャロンは慌てて自室へ駆け出した。




 「火元は評議会議員のブラウン殿の屋敷です。現在消火活動中ですが、風が強く南西へと燃え広がる可能性があります」

 現在の状況の説明を受け、レイラが地図を広げた。

「ブラウン殿のお屋敷はここね。南西は街が広がっているから、これ以上燃え広がるとまずいわ」

「しかしなぜここまで広がった?あの爺、家に火薬でも隠してたか」

 同じく班長のアレックスが本気とも冗談ともつかぬ口調で言うと、報告の騎士は律儀に答えた。

「私兵に任せるため、当初騎士団の協力を拒まれたそうです」

 騎士たちは唖然として、一瞬言葉を失った。

「騎士団に恩は売りたくないってことか。馬鹿馬鹿しい。とにかく住民の避難が先だ。リオン、レイラ、良いな?」

 アレックスの問いかけに二人が頷く。担当する街区を決めて、日が昇り始めるなか館を出た。


 現場は思った以上に混乱していた。ブラウン家の私兵と騎士団の協力体制がまったくとれていないのだ。しかもブラウンは大量の家財道具を運び出そうとしており、それが道を塞いでいる。エドウィンが彼を必死に説得しようとしていた。

 その傍で小さな男の子が泣いている。きっと親とはぐれたのだ。シャロンは駆け寄って声をかけたが、男の子は泣くだけだ。とにかく移動させようと抱き上げた時、傍らにリオンが来た。

「エドウィン、任務に支障が出る。どけるぞ」

 有無を言わさず荷車を動かす指示を出そうとするリオンに、ブラウンが激昂した。

「勝手なことを言うな!この荷でおまえが何人雇えると思っているのだ!」

「ほう、興味深い問いだ。ならばおまえの命で何人の命が救えるかも考えてみるか」

「何だと……無礼だろう!」

 リオンは構わず剣を抜いた。ブラウンが一瞬怯む。

 エドウィンが諌めるように「リオン」と呼んだ。

「心配するな。焼け跡から家主の死体が見つかっても何の不思議もない」

 平然と答えるリオンに、エドウィンも「それはそうだが」と同意した。ブラウンの顔が青ざめる。

「閣下、我々騎士団は陛下へ現場報告の義務があります。もちろん評議会の方へも報告書は提出致します。その際、この件も書かせて頂きますが、よろしいですね」

「他の議員に槍玉にあげられるか、今すぐその大事な荷物と心中するか選ばせてやると言っているんだ。わかるな」

 エドウィンとリオンのだめ押しともとれる発言に、ブラウンは渋々荷車を置いていくようにいった。



 火事は昼前には収束した。エドウィンが騎士を集めて被害を報告するように言う。第二分隊では、軽傷者が四名に重傷者が一名だった。

「重傷者は?」

「ハリー・ジョーンズです。崩れてきた家の梁の下敷きになったようで、今は館で治療を受けさせています」

「……そうか。軽傷者も医務へ行くように伝えろ」

「はっ」

 アレックスが敬礼して下がる。

 残った騎士たちは、昼過ぎまで被災者のケアにあたり、第三分隊と交代で館へ戻った。


 遅い昼食をとり、夜まで休みになったので部屋で休もうと廊下に出ると、医務室へ入って行くリオンが見えた。

 前を通りかかると扉が開いていたので、思わず足を止める。

「班長……」

 ハリーの掠れた声が聞こえた。見ると、包帯でぐるぐる巻きになったハリーのベッドの傍らにリオンが立っている。

「俺……もう駄目ですよね……」

 リオンが傍らの椅子に腰を下ろす。

「夢だったんですよね……班長たちみたいな騎士になるの……強くて……立派で……」

 ハリーの声が震えた。

「おまえはもう立派な騎士だ。それはこれからも変わらない」

 リオンが強い声音で言った。

「ですが……俺は、もう前線には……」

「前線が立つことだけが騎士の本分だと言うのならそれはおまえの心得違いだ。再教育が必要だな」

 ハリーが少し笑ったようだった。

「早く身体を治せ。おまえにはまだ働いて貰う」

「はい」

 シャロンはそっと扉を閉めた。

 リオンの仲間想いの一面が伝わってきて、少し彼への見方が変わった気がした。

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