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竜の玉座 林檎の瞳  作者: 遊森謡子
第一部
7/25

7 子竜との交流(シャレじゃなくて)

「こちらです! ここから下には、外の入口から行くんですよー」

 アイレが先頭になって、いったん、城の外壁に出た。後ろからヴィントもついてきてくれる。


 岩の壁の出っ張りが通路になっていて、金属性のしっかりした手すりがついていたんだけど、私はこの通路を見て途方に暮れてしまった。

 というのも、この時の私はこちらの服を貸してもらっていたんだけど、これがまあ動きにくくて。


 初めて見た時は、フラメンコの衣装のひらひらを全部取っ払って地味にした感じ、って思った。

 ドレスというよりもマキシワンピといったその服は、ボートネックにひらりと広がった五分袖。腰の切り返しはなくて、膝下あたりで切り返し、そこから下は少し広がっていて足首までの長さだ。こちらではちょっといい所のお嬢さんが、こんな服装をするらしい。


「待って! えーい、ちょっと縛る」

 私は先の方で立ち止まっているアイレに声をかけ、裾をたくしあげると、髪を結っていたゴムで一部を結びながら

「アイレみたいな、皮の上着に皮ズボンの方が動きやすそうでいいな……」

とぶつぶつつぶやいた。すると先生が、後ろから顔を寄せて言う。

「あれはたぶん、竜に乗る人だけが着るんじゃないか? 竜にまたがるから丈夫な服じゃないと」

「あ」

 それで私は思いついた。

「そういえば、あの上着って肩の所に鱗みたいのがついてる。フォーグさんは赤で、アイレは緑。あれってもしかして、自分の竜の鱗なのかも。女王の鱗は赤っぽかったし」

「……だいぶ、落ち着いて周りを見られるようになってきたな」

 どういう意味なのか、先生がぼそっと言う。

「受験には役に立たない知識ですけどね」

 私は軽口を叩いた。

 

 私の胸中も、複雑だった。

 先生は、私を守らないといけないから頑張っているだけで、本当は緊張している……と言った。それなら私がしっかりしないと、先生はいつまでたっても弱音を吐けない。

 でも、「もうこっちの世界に馴染み始めましたよ、大丈夫ですよ」っていうような行動を取るのは、まるで自分の心を裏切るような気がしたんだ。だって……帰りたいんだもの、日本に。先生と一緒に。


 そうだ、持ってきたリュックの中に塾のテキストが入ってるんだから、ちゃんと勉強しておかなきゃ。受験までに日本に帰れるかもしれないもん。

 もし浪人でもしたら、先生と一年間だけでも同じ大学に通うっていう夢が叶わなくなっちゃう。

 

 でも……それだけ? 先生と一緒にいるっていう夢なら、もう叶ってるじゃない。

 薄い人間関係しか持たない私が、それでも帰りたいと願う、焦がれるようなこの気持ちは何だろう?


 海面はまだまだ下の方ではあったけど、林立するとがった岩の間に波が押し寄せ、飛沫がここまで届いてくる。

 足元ばかり見ながら進んでいて、ふと暗くなったと思ったら、洞穴の入り口だった。岩を削って作られた階段は狭く、天井も低く、先生は身体をかがめている。


 階段を下りきったところも、両脇に岩の迫った通路だった。少し蒸し暑い。ワンピースの裾を直してから歩き出すと、まだ外からの光が届いているあたりから、奥の方に暖かな光が見えた。

 岩壁を回り込んだら、ぱあっと明るくなった。

 おおっ、というようなどよめきに包まれる。

 びっくりして先生の斜め後ろあたりに身体を寄せると、先生がすっと片手を後ろに回してひらひらと動かした。どき、としながらその指をそっとつまむようにして触れると、軽く引っ張られてしっかりと握り直される。


 そこは、すり鉢状になった部屋の一番高い場所だった。丸い部屋を、ぐるりと階段が取り巻いている。

 十数人の老若男女が思い思いの位置に座っていて、「いらっしゃい」「ようこそ」と声をかけてくれた。どうやら、私たちが来るのを聞いて待っていてくれたらしい。

 私たちはアイレの後について、恐る恐る階段を降りて行った。

 ふと、毎年夏に丸一日かけてやっているテレビのチャリティ番組を思い出した。番組中ずっと走り続けたマラソンランナーが最後にスタジオに入って来て、ステージに向かって階段を降りる……それを思い浮かべてしまったのだ。あんなに広くないけど……。


 階段を降りきったところは教壇みたいになっていて、どっしりした木の机がある。そのそばに、グレーの髪を短く刈り込んだ壮年の男性が立っていた。

「日本から、はるばるようこそ」

 男性は、深みのある声で挨拶してくれた。草色の、袖口が広い厚地の作務衣みたいな服を着ている。


 その顔をよく見て、私は「あっ」と声を上げた。

 アジア系の顔立ちだったのだ。瞳は茶色いけれど、「ちょっと濃い日本人」で通用すると思う。気がついたら、周りにいる人々はみんな、そんな感じの顔立ちだった。


「私たちは、ヨランと呼ばれる民族です」

 その男性は、階段状の部屋をざっと指し示した。

「はるか昔、こちらの世界にやって来た日本人を祖にしているんですよ。母なる国の方に出会えて、光栄です。私は頭領のゲンマです」

「初めまして……志賀と言います」

 先生はいったん私の手を軽く握ってから離し、差し出された手を握った。下の名前を言わないのは、やっぱりまだ警戒してるんだろうな。

 続いて私にも手が伸べられ、私も

「尚奈と言います」

と恐る恐る握り返した。皮膚の硬い、がっちりとした手。

「シガさんに、ヒサナさんですね」

 頭領のゲンマさんはうなずいた。あ、この人はちゃんと「ヒサナ」って言ってくれたなぁ。


「あの、踏み込んだ質問だったら申し訳ないんですが……。なぜこちらの民族の方だけ、上の人々とは別の場所に住んでおいでなんですか。日本人であることが、何か問題にでも?」

 先生が尋ねると、男性は「いえ」と首を振って微笑んだ。

「そういった、否定的な理由でここにいるのではありません。――ご説明しましょう、どうぞ」

 ゲンマさんは、すり鉢の一番下から階段の切れ目にある廊下へと向かった。先生と私は顔を見合わせてから、それに続く。アイレとヴィントもついてくる。


 その時ふと視線を感じて、私は無意識にそちらへと顔を向けた。

 一人の男性が、廊下のすぐ上の階段からこちらを見ていた。年は先生より少し上くらいに見える……やや吊り眼気味の色素の薄い瞳、焦げ茶の髪は襟足が少し長い。ここにいる人の中で、一番アジア系っぽい顔立ちをしている。

 その人は、無表情のままこちらをじっと見ていた。

 もし笑ったら牙が見えそうな、何だか怖い雰囲気の男性。私はちょっと怖くなって、急いで先生の後を追った。

 

 奥の木の扉を抜け、左右に分かれた通路を右へ。先へと進むと、また扉があった。ゲンマさんが鍵を開け、私たちは扉の中に入る。

 そこは、ちょっと変わった部屋だった。部屋なのに、中に大きな岩が鎮座しているし壁もでこぼこしていて、あまり加工していない感じなのだ。


 その中を、黒いものが二匹、ちょこまか動いていた。

「あ、わ、竜の子ども?」

 私は思わず声を上げた。声を聞きつけたかのように、黒いものがピタッと動きを止めて振り向く。

 女王とは少し形が違う、と思ったら、この二匹には前脚がない代わりに翼が生えていた。

 そのうちの岩の上にいた一匹が、バサッ、と翼をはためかせたと思ったら、いかにも一生懸命といった感じでバサバサと浮かび上がり、ゲンマさんの腕にとまった。

「鷹匠みたいだな」

 先生がつぶやく。そう、ちょうど大きさも鷹くらいのスマートな竜の子どもは、金色の瞳をきろりと動かし、三本爪の後ろ脚でゲンマさんの腕に止まっていた。くわぁ、とあくびをする。牙もまだちっちゃい……か、可愛い!

「何度見ても可愛いー! 私、ここ来るの大好き」

 アイレが胸の前で拳を握って、「きゅうーん」と言いそうな顔をしてる。ふと振り向いたら、ヴィントは子竜が苦手なのかちょっと下がっていた。ああ、なんとなくわかる気がする……こう、予想外の動きをしそうに見えるんだ、子竜って。


「頭領さんは、この子の竜珠を持っているんですか?」

 好奇心に負けて尋ねると、「いいえ」とゲンマさんは首を振った。

「不思議なことに、ヨランの民は竜珠を持たなくても、竜の子どもになら触れることができるんですよ。私たちはここで、代々竜の子どもを育てているんです」


 竜の子どもは湿った場所が好きなんだそうだ。それで、ヨランの民はここに暮らしている。

 先生は、異世界の血筋だからと迫害されている可能性を心配したんだろうけど、逆だった。この国にとって大事な竜を育てることができる民族ということで、ヨランの民はとても大切にされているらしい。


「ですから、ヨランの祖国からおいでのシガさんもヒサナさんも、触れると思いますよ。試してみますか?」

 私が先生を見上げると、ちょっと逡巡した後で先生はうなずいた。


 そして本当に、私たちは子竜に触ることができた。先生がゲンマさんの腕に止まった子竜の頭をそっと撫でると、子竜はその手に自分から頭をすりつけるようにした。

 うわあ、いいないいな、とアイレが騒いでる。

 私はというと、足元にぴょんぴょんと寄って来たもう一匹の子竜の前に屈みこんだ。お手をするように手を差し出してみたら、子竜は――私の腕に飛び乗って来た!

「いたた、いたた」

 鉤爪が食い込むぅ!


 あわてて腕を引いたので、子竜は飛び降りてしまった。

 良く見たら、ゲンマさんは作務衣(?)のゆったりした袖をぐるっと腕に巻きつけるようにしている……あ、あれなら痛くないよね。


 子竜はそれからも、私の足元をうろうろして離れない。私はゲンマさんに手布を借りて、腕に巻いてから、改めてその黒い子竜を腕に乗せた。

 子どもとはいえ、ずっしりと重い。あまり長い時間は腕を上げていられないかも。

 子竜は首を伸ばして、私のおでこのあたりの匂いをフンフンと嗅いでいる。鼻がひくひくしているのが間近で見える。

「これ以上大きくなると、火を吹くようになります」

 にこにことゲンマさんが言い、私は思わず苦笑いしながら、そっと子竜を下ろした。ちょっと怖いもーん。

 

 それにしても、どうして日本人の血筋の人なら触れるんだろう? 不思議だ。


活動報告に「7話で主要キャラが揃う」と書いたんですが、名前が出ませんでした~すみません(^^;) 名前は次回。

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