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竜の玉座 林檎の瞳  作者: 遊森謡子
第一部
6/25

6 竜に守られた城ガイドツアー

 三年前、この城にいきなりやってきてすっかり混乱してしまった私は、その日は結局せっかく出してもらった食事ものどを通らなかった。

 そして部屋も、シャーマさんが先生と私にそれぞれ一部屋ずつ用意してくれようとしたんだけど、先生と離れるのは嫌だって我がままを言った。


 いやいや、別に状況を利用して先生に迫ろうとか、そういうことじゃない。

 だってこんな訳の分からない状況で? 小さな窓しかない岩をくり貫いて作られた部屋で? 一人きりで夜を明かす? 耐えられなかったんだよ!

 でもそれは、先生も考えてくれたみたい。

「のんびり寝てる間に尚奈が行方不明、とか、シャレにならないからな」

と、先生からも同室にすることを申し出てくれた。


 結局、左右の壁際に寝台のある大きめの部屋を使わせてもらうことになった。

 いざ二人きりになって、とても眠れないんじゃないかと思ったけど、木の寝台に敷かれたマットは思いのほか柔らかくて、リネンみたいな上掛けも肌触りが良くて……緊張がぷつんと切れちゃったらしく。

 気がついたら、朝の光が小さな窓から差し込んで、床に日溜まりを作っていて。

 その向こう、私のいるのと反対側の壁際の寝台で、先生が眠っていた。


 こっちを向いて眠っているのは、夜中も私の様子を確認してくれてたのかな……なんて、勝手に嬉しく思ったりして。ははは、今思えばおかしいよね。人間、寝返りくらい打つっての。

 でもやっぱり、先生が目を覚まして起き上がり、寝台から足を下ろしてぼさぼさの髪をかきあげながら「おはよう」と微笑んだ時には。

 真面目な女子高生に過ぎなかった自分が、初めて異性と朝を迎えたのだということに、ものすごい衝撃を受けたのを覚えている(それ以外は覚えてない。舞い上がってて)。


 とにかくそんな風に、そのころはいつも、先生は私のそばにいてくれた。


 岩城“トローノ”に来た翌日は、私と先生の部屋かその周辺で過ごした。トイレの使い方(肥料にするそうな)とか、お風呂はどんなのか(基本、サウナだった)とかも、シャーマさんに教えてもらった。

 失礼ながら、ちゃんとした生活が送れるんだ、ってわかってホッとした。


 その翌日、シャーマさんが、「サーナと同い年くらいだと思うんですけど」と言って、まずヴィントを紹介してくれたんだ。

 シャーマさんだって忙しいんだから、私たちの世話ばかりしてられないよね。そして、少しずつ新しい人に会わせて、ここに慣れさせようとしてるのかな、とも思った。


 ヴィントは当時十五歳。同い年くらいって……どうやらシャーマさんは、実年齢より私たちが二、三歳下だと思ってるみたい。

 ちなみに後で何人かの年齢を尋ねたとき、みんな大体見た目相応の年齢だったから、みんな普通の人間で、暦とか時間の流れ方は地球と一緒なんだろうって、先生とも話したっけ。

 えっと、つまり例えばファンタジーなんかで、エルフが若そうに見えるのに何百歳とかあるよね。あと、一年が千日くらいあって、見た目成人の人が「七歳です」とか。そんなようなことは、こちらではなかったってこと。

 まあ、ここが『竜に守られた城』だから、地球と同じ時間の流れで理解できるように勝手になっている可能性も、無きにしも非ずだったけど。


「ずっと昔にニッポンから来た人がいるって話は、学校で習いました。本当だったんだ」

 好奇心を隠さないヴィントは、ココア色の瞳をきらきらさせて笑った。そして、

「ゴバに、城の中を案内するように言われてます。疲れたら言って下さい」

と、ガイドツアーをやってくれた。


 岩のお城“トローノ”は、そのものズバリ竜の“玉座”という意味らしい。

 えーと、城を横から断面図で見たとすると、海から出ている部分はほぼ正三角形をしている。

私たちが最初にたどり着いた山頂が、名実ともに竜の玉座――女王の住処なのね。そのすぐ下あたりにはいくつかの洞穴があって、他の大人の竜たちの住処になっている。


 その下が、偉い人の居住区とか執務室。フォーグさんやシャーマさん、その他にも日本で言えば大臣クラスの人たちが数人、家族とそこで暮らしたり仕事をしたりしていた。

 陽気な人たちばかりで、私たちが廊下をうろうろしているとあいさつしてくれた。ま、日本人が珍しいんだろうけど……。


 そのすぐ下あたりに『上の発着場』があって、倉庫や食堂がある。さらにその下あたりに、私と先生は部屋をもらっていた。えーと、日本の会社で言うと、中間管理職の人が住んでるあたりだ。図書館とか、小さな病院もあったよ。

 その下が、労働者の住まい。何かこう、労働者階級は身分が低いとかあるんだろうか……と思ったら、大陸側ではそんな場所もあるけれど、この城の中はちょっと特殊らしい。

 そもそもこのお城が選ばれた人しか住めない場所なので、住んでるだけでかなりのステイタスなんだそうだ。


「何しろ、竜に乗らないと大陸と行き来できないんだからね。住むだけじゃなくて、この城に来れること自体、特別なんだ」

 あっという間に砕けた口調になったヴィントが、その時に竜と人との関係を教えてくれたんだ。

「それじゃ、ヴィントも竜に乗ってここへ来たんだ?」

 先生の質問に、ヴィントは笑って首を振った。

「俺は“トローノ”生まれ。両親は大陸の人で、竜珠を預かってここへ来ることができた人たちだけど、俺は最初からここで生まれたんだ」

「えっ、じゃあここから出たことないの!?」

 私は思わず質問した。ヴィントはそれも、笑いながら首を振って否定した。

「竜って、自分の竜珠の預かり主の血縁者は、匂いでわかるらしいよ。だから、両親のどちらかの竜珠を持つ竜になら、一緒に乗るのを許してくれるんだ。あんまりいい顔はしないけどね。だから大陸側には何度も行ったことがあるよ」

「そ、そう……」

 竜がいい顔しないって……それ、どんな顔だろ。


 労働者が暮らしている場所の下に、「下の発着場」とか、この層に住んでいる人たちのための倉庫や食堂、洗濯場なんかがある。

 そこの食堂で、昼食を採った。木の大テーブルが二個にベンチ、という部屋が、扉のない出入り口でいくつか連結している作りの食堂だった。

「……あんまり、広い部屋がないよね、ここ」

 私が落ち着きなく見回しながら尋ねると、ヴィントは笑った。

「あんまりでかく掘ったら、城が崩れるじゃないか」

 ご、ごもっとも。


 あまりにも日本の住宅事情と違う場所に、その時の私はまだビクビクしていた。食堂を出入りする人々は皆、私から見て異国の顔立ちだったし、ヴィントが運んで来てくれた料理の味付けも、馴染みのないものだったし。

 こちらではポピュラーらしい、お芋と白身魚のコロッケや、豆入りの野菜スープをもそもそと食べていた私は、パンに添えられていたあるものを口にしてハッとした。

「お豆腐!?」


 白くてふわふわしていて、あまり味のないもの。

 それは実はチーズの仲間で、チーズのしぼり汁を加熱して作るものだった。

 でも私にとっては、日本の味に近いもの。ものすごく元気が出た。


 それが、私がこの城に馴染み始めたきっかけだったと思う。

 

「さてと、今だいたい、海面に近いあたりに俺たちはいるんですけど」

 食事を終えたヴィントは、伸びあがって出入り口の方を見た。

「ここから下の案内係が……あ、ちょうど来た」


 そして姿を現したのが、この時が初対面だったアイレだった。

「は、初めまして、アイレです! “トローノ”にようこそ!」


 当時十六歳のアイレは、可愛らしい女の子。大陸側に暮らしていた大きな商家の娘さんで、竜珠を竜に返してからあまり間がない、つまり竜に乗るようになって日が浅いんだそうだ。

「竜との意思疎通も、まだまだ下手で」

 えへへ、と笑うアイレは、両手を合わせて花のような笑顔を見せた。

「案内をゴバから仰せつかって、とっても嬉しいです! 行きましょう、ヨランの民の皆さん、きっと喜びますよ!」


「ヨランの民?」

 私と先生は顔を見合わせた。

“トローノ”の海面下の層に住む人々って、どんな人たちなんだろう。

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