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竜の玉座 林檎の瞳  作者: 遊森謡子
第一部
5/25

5 情報通の少年と運び屋の少女は怖いかも

「そうだよサーナだよ、久しぶり! うわー、背伸びた?」

 立ち尽くすヴィントに思わず駆け寄って片手を握り、ぶんぶん振った。

 彼はしばらく口を開けっぱなしにしていたけど、やがて怒ろうかどうしようか迷っているような顔になる。

「何だよ、無事だったのか! ゴバから『客人の世話をしろ』なんて言われて、いきなりの客人なんて聞いてないよって思ったら、サーナ!?」

「シーッ、シーッ」

 廊下に聞こえそうで、私は人差指を口に当てると、尋ねた。

「ね、すぐに私だってわかった?」

「わかるわけないだろ! だって……」

 ヴィントは何やら口ごもっていたけれど、私は一人拳を握った。


 よし、パッと見、『サーナ』だとわからないならOK!


「ねえ、服を調達できない? このまんまの格好で城の中うろついたら目立っちゃう」

 私はキャミソールワンピースの裾をつまんだ。

「別にいいじゃないか。サーナが戻って来たって、宣伝になるし」

「そうしたくないんだってば。その……」

 今度は私が口ごもる。

「志賀先生に、バレたくないの。私が来てること……」

「何だよそれ」

 ヴィントは言いながらも、何か察したのか深くは聞いて来なかった。

「とにかく、執務室でいつまでもしゃべってるわけにいかないよ。来て」

 ヴィントは顎をしゃくると、先に立って私を執務室から連れ出した。


 早足で廊下を歩いたヴィントは、つきあたりの壁の穴にあったランプを手に取った。そこから階段を降りると、すでに灯りの落ちた廊下がランプに照らし出される。

 ヴィントの掲げる灯りを頼りにその廊下を歩くと、ずっと奥の方からかすかなざわめきが聞こえてきた。人がいる……と警戒したところでヴィントがサッと廊下を折れ、また階段を降りた。そこも暗く、ひとけがない。

 彼は、この時間に人が通らない通路を把握しているのだ。


 ヴィントは、この城の中の物流を管理する部署で働いている。物が動く所では人も動くから、彼は城全体で起こっていることをおおよそ把握していて、こんな芸当ができるんだよね。


「空いてる部屋に案内するけど、その前に下の発着所に寄るよ」

 両脇に木製の棚の並んだ、部屋とも通路ともつかない倉庫みたいな場所を通り抜けながら、ヴィントは早口に言った。

「まだアイレがいるはずだから。アイレ、サーナのことすっごく心配してたんだから、事情くらい説明してやってよ。文句は言わせないからね」

「わ、わかった」

 有無を言わせない調子に、私はこくこくとうなずく。


『下の発着所』というのは、竜によって運ばれる荷物の積み下ろし用の発着所のことだ。

 この城と大陸の間は、竜に乗らないと行き来することができない。食糧などの荷物も、竜が大陸から運んでくる。私たちがこの世界にやってきた時に降り立った発着所以外に、岩山の真ん中あたりにもう一ヶ所、それ専用の発着所があるのだ。


 岩と岩の間に階段があって、そこを上って顔を出すと、広い空洞がぽっかりと空いた。

その向こうに、水平線。海に接する辺りの空だけがほんのりと明るく、後は空も海も深い藍色に沈みつつある。

 そんな藍色を背景に、向かい合う竜と人間のシルエットがあった。

 誰かが、竜に優しく話しかけながら、いたわっている。それはまるで教会のステンドグラスのように、黒と深みのある色が光と対比して、とても美しい風景だった。


 私は、三年前に聞いた話を思い出した。竜と人間のつながりに関する話だ。

 竜は、卵から生まれる。その時『竜珠』と呼ばれる珠を、手に握っているんだそうだ。そう言えば、日本でもそんな絵をどこかで見たことがある気がする。


 こちらでは、竜が成体になるまでの十数年間、珠は選ばれた人物が預かることになっている。その十数年間に、珠は預かり主のことを記憶するんだそうだ。

 そして、珠の持ち主の竜が成体になった時、預かり主は竜に珠を返す。珠は竜の鼻づらの辺りに吸い込まれるようにして、埋め込まれる。

 竜は、竜にとってとても大切なものである珠を預かってくれた人物に心を開き、その人物とだけ協力関係を築くようになる……。

 確か、そんな話だった。

 今、この発着所で向かい合っている人物と竜も、そんな関係を築いて来たんだろう。


 ここの施政者(ゴバ)であるフォーグさんは、女王アーグラグテーナの竜珠を預かっていた人物なんだけど、やっぱり女王はちょっと特別。協力関係ができるだけではなくて、女王が何か力を使うと、フォーグさんにも伝わるんだそうだ。どういう仕組みなんだろうね。


「お疲れ様、エルヴァロン。また明日ね」

 鈴の鳴るような女の子の声がした。

 竜はグゥゥ……とそれに答え、そして軽く発着所の床を蹴ると、すうっと空に舞い上がって行った。やっぱり翼なしで飛んでいく……。


「アイレ」

 ヴィントが声をかけると、人影は振り向いて軽い動作でこちらにやってきた。階段の上り口にある壁の穴のランプが、彼女の姿を浮かび上がらせる。


 ミルクティ色の髪はポニーテイル、少し垂れ気味の目はやや赤っぽい茶色――そうか、瞳も紅茶の色だ――をしている。ふんわりした優しい雰囲気のこの女の子が、例の鱗つきの皮服を着ているのが、ミスマッチで逆に良く似合う。彼女の服の鱗は、濃い緑色だった。


「どうしたのヴィント、今日の荷物は全部揃ってたでしょ?」

 首を傾げる彼女に、ヴィントは手にしていたランプを掲げ、私の顔が見えるようにした。

 私は、へへ……と、片手を上げた。

「アイレ。サーナだよ……」


 ひゅっ、とアイレは息を吸い込んで、目を見開いた。

「サ……サ……サーックフッゲホッ、サーナ! ぶっぶっ無事だったの!」


「お、落ち着いてアイレ」

 思わず両手を上げて見せると、

「落ち着いて!?」

 アイレの紅茶色の瞳に、ぶわっと涙が湧きあがった。

「だっていきなりいなくなって、まさか海にでも落ちたんじゃないかって私、○※☆▽〒÷×」

 何を言ってるのかわからなくなってきた。

 竜と一緒に荷物を運ぶ仕事をしているアイレも、三年前にできた友人だ。感情豊かなところはちっとも変わっていない。

「はい、続きは後。行くよ」

 そんな彼女の反応には慣れているのか、ちゃっちゃとヴィントが歩き出した。


 顔中涙と鼻水でぐしょぐしょのアイレを引っ張って、私たちは再び人の通らない通路を抜け、もう一つ階段を降りた。

 やがてたどり着いた木のドアをヴィントは腰の鍵束を使って開け、私とアイレをぐいぐいと中に入れた。

 寝台が一つに木のテーブルが一つ、椅子が二つ――殺風景な部屋だ。厚い岩壁には丸い窓というか穴が二つ穿ってあって、あまり透明度の高くないガラスがランプの明かりをぼんやりと反射している。この部屋は、岩山の外壁に近いあたりにあるらしい。


 テーブルの上には燭台。ヴィントは部屋の隅の木箱から太い蝋燭を持ってくると、

「この部屋、空いてるから使って。今、食い物とか色々持ってくるから」

と言いながらランプの灯を蝋燭に移し、燭台に刺すとさっさと出て行った。

 あああああ、アイレと二人きりになっちゃったあ。


 何か言おうとしてはまた新たな涙をあふれさせるアイレを、とにかく椅子に座らせて必死でなだめているうちに、ヴィントが戻って来た。でっかい麻袋を二つ担いでいる。

 一つを寝台(台だけで布団はない)にどさりと下ろし、もう一つはテーブルの上にざらりと開ける。最初に木のコップがコロコロと三つ転がり出て、私はあわててテーブルから落ちるのを阻止した。

 それから布に包まれた塊がいくつも転がり出て、ヴィントが布をサッサッと広げて行く。石焼き窯で焼いたずっしりしたパン、皮つきの魚を細く切って干したもの、生ハムの小さな塊、干した果実。


「乾きものばっかりだけど、文句言うなよな」

 言いながら最後に袋の中に手を突っ込んだヴィントは、口に麻紐を巻いた緑色の瓶を一本取り出して、ドン、と置いた。

「さあ、これでも飲んで、しゃべってもらうよ。三年前のこと」

「そうよ、説明して! 何があったのか。あなたがシガーを置いていなくなるなんて、よほどのことでしょう!?」

 やっと涙を止めたアイレが、ぐいっと目元を拭いて私を強い視線で見つめた。


 うわわ。そういや三年前は、未成年だからってこちらでもお酒は飲まなかったんだけど、今は飲めるんでしたよ……。


「な、何がって。だって要するにその、失恋話よ?」

 愛想笑いを浮かべて目をそらすと、ヴィントが腰から抜いたナイフをパンにブスリとつき立てた。ヒィィ。

 年が近くて仲良くなったんだけど、国民性もあって本当に遠慮がないのよこの人たち……。


 私は「わかったわよぅ……」と言いながらも部屋をぐるりと見回した。

 そうだ、三年前も、こんな感じの部屋で過ごしたっけ……。

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