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竜の玉座 林檎の瞳  作者: 遊森謡子
第一部
4/25

4 吊り橋だろうと丸木橋だろうと

 フォーグさんを『元首』だと紹介した女性は、次に自己紹介をした。

「そして私は、サス・ゴバのシャーマと申します。ええと、ゴバの補佐のようなものです。よろしければ、あなた方のお名前も教えて下さいますか?」

 彼女は優しく微笑んだけれど、先生は静かに尋ねた。

「ちょっと待って欲しい。俺たちが日本から来たと、なぜわかったんですか」

 なんとなく緊張しながら先生を見上げると、先生は付け加えた。

「一目見ただけで、俺たちが外国人ではなくて、何故異世界の人間だと判断がつくのかわからない」


「うーん、まあ、黒い瞳を見りゃあすぐにわかるんだが……もう一つはな」

 フォーグさんが鷹揚に笑って腕を組む。

「ここは『竜に守られた城』と呼ばれている。周りを見たか? とても船は近づけそうになかったろう。この城には、竜に乗ってこないと入ることができない。そして、竜にはある手順を踏まないと乗ることができないんだ。その辺を全部すっ飛ばしてお前たちはここにいる、それが、少なくともこっちの人間ではないという証拠だな」


 言っていることが全然わからない。先生はわかったの?

「志賀先生……」

 思わずすがるように話しかけると、フォーグさんが先生を見た。

「そっちの男はシガーか。そっちは?」

 顎をしゃくられて、反射的に返事をした。

「ひ、尚奈、です」

「ィサーナ?」

「……ひさな」

「面倒だ、サーナだな。シガーとサーナ。よし」


 決めつけられたその時、どこかからカァーンカァーン……という鐘の音が響いて来た。

「お、飯だ。そうだ、お前たちの分の飯もいるな。連絡してくる」

 フォーグさんが立ち上がると、

「それじゃ、私は部屋を手配して来ます」

と女性――シャーマさんも立ち上がった。お、王様と、その補佐の人なんだよね? 何かずいぶんアクティブ……。


 シャーマさんが、私たちの方を振り向く。

「また、少し落ち着いたらお話ししましょう。……城の中は、慣れるまではあまり出歩かない方が良いと思います。迷いますから。それに、うっかり外に出てまた竜たちに出くわすのも怖いでしょう」

 ぎょっとして、私は身体を縮めた。あの竜たちは、何かこちらに害をなすのだろうか。


「ここが竜の住処でもあるなら、他の場所に移動するわけにはいかないんですか」

 少し諦めたように先生が言うと、シャーマさんはちょっと困ったように微笑んだ。

「ごめんなさい、たぶん、この城からはしばらく出ない方がいいと思います。私たちは閉じ込めるつもりはないんですけど、その……あなた方にとって便利だと思うので」

「は?」

「いえ、私も今とても驚いてるんですけれど……あなた方は普段、ニッポンの言語で話しているのですよね? 私たちはこちらの言葉で話していますが、通じている」


「あっ」

 私は思わず口元に手をやった。

「先ほどゴバが、ここは『竜に守られた城』だとおっしゃいましたが、それは竜の不思議な力が城全体に及んでいることを意味します。おそらく、私たちの意思疎通は城の中にいるからこそ可能……。ここを出たら、通じないんじゃないかと」

 シャーマさんは興味深そうに言うと、

「とにかく食事と、休めるお部屋の準備を」

と言って、フォーグさんと一緒にドアを開け放したまま出て行った。本当に、閉じ込める気はないらしい。


「尚奈」

 呼びかけられて、私はハッと顔を上げた。先生が顔を近づけ、ささやくように言う。

「お前、名前とか、自分のこと軽々しくしゃべるな。どういうやつらなのか、まだ全然わからないんだ。俺たちは拉致されてるのかもしれないんだぞ」

 先生を見ながらうなずこうとすると、首がかくかくした。緊張のあまり、全身に力が入りすぎていたらしい。

「ご、ごめんなさい」

 言ったとたん、鼻の奥がつんとしてきた。やば、泣きそう。唇を噛んでこらえる。

 先生がハッとした表情になって、私の頭をポンポンと叩いた。

「いや……うん、危害は加えられてないんだし、落ちつこう」

 そして、微笑んだ。

「俺だって緊張してる。でも、お前がいるからあわてないで済んでるのかもな」

「え?」

「教え子を守らなきゃならないし、女の子に格好悪い所見せられないだろ」


 どきん、と心臓が急に熱くなった。

 女の子……って見てくれてるのかな、一応。


「それにしてもあのフォーグって人、大雑把だな。シガーって、煙草かよ……」

 先生は冗談っぽく言ってから、肩にかけていたナップザックを下ろして携帯を取り出した。あわてて、私も自分のリュックを下ろして携帯を取り出す。


 父も母も家を留守にしているけれど、帰宅したらメールは入れる習慣だった。もしちゃんとチェックしてるなら、心配くらいはしてくれてるかもしれない。

 それと、日本では夜だったのにこちらは夕方で、時間の感覚がめちゃくちゃだ……一体今はいつなのか。


 携帯の日付は、何もおかしい所はなかった。時間も、塾を出てからだいたい一時間。

 けれど、圏外だった。


 誰にも連絡が取れないと知った時、大した人間関係を作って来なかったはずの私の心を、一気に恐怖が襲った。


 混乱した私は結局、先生の肩口に顔を押しつけるようにして泣いてしまった。

 何なのこれ。何でこんなおかしな目に遭うの。意味わかんない。ファンタジーみたい? そんな優しい響きの言葉なんか似合わないよ。

 先生の手が、髪を撫でている。いつの間にか、先生の腕の中にいた。


『吊り橋効果』って言葉を思い出した。

 確か、緊張感のある場面で男女が一緒に過ごすと、恋愛感情が高まるとか、テレビで言っているのを聞いたことがある。

 吊り橋でも丸木橋でも、何でもいい。私は先生の優しい手に、心から安堵した。


◇  ◇  ◇


 そんな風に始めはショックでメソメソしていた私ですが、三年後の現在はすっかり開き直っております。

「ごはんー。ねえフォーグさん、ご飯。夕飯食べてないんです私―」

 たしたしとテーブルを叩く私の目の前のソファに座り、フォーグさんは身を乗り出した。

「話が先だ」

 ですよね。

「ニッポンにいたんだな? 三年前に来た時と服装が違うもんな。お前、どうやってニッポンに帰ったんだ」

「そ、そんなの知らないよ……竜が気まぐれに帰してくれたんだよ、きっと。気がついたら日本にいたの。いきなりだったの」

 私は嘘をついた。


 本当は、私は自分の意思で帰ったのだ。今回も同じ方法で帰れるのか、確信はないけれど、たぶんどうにかなるんじゃないかと思っている。

 けれど、そのことについては、帰る方法を教えてくれた人との約束で明かせないことになっていた。


「それじゃあお前、また帰れるかどうかわからないのに自分から来たのか。偶然来ちまった、とかじゃないだろ、その落ち着き払った様子は」

「うんそう。前回来た時、トンネルからだったんだけどね、そのトンネルに行って女王の名前を呼んでみたら、女王が気づいて呼び寄せてくれたみたい! すごくない?」

 私はやや演技も交えて、興奮気味に報告した。

 女王の鱗を持っていたことは、意図的に伏せた。


 フォーグさんの強い視線が私を射る。この迫力、全然変わってないな。

 軽く首をかしげて見せると、彼は言った。

「で、何で来た。……シガーに会いに来たのか」


 私は目を伏せた。急に、のどが詰まったような感じがしてしゃべりにくくなる。

「……そう、です」

「彼は今、シャーマと大陸側に出かけている」


 ずきん、と胸が痛んだ。隠れていた心の傷が、今はっきりと存在を主張した。


「そうなんだ。……フォーグさんお願い、私が来たこと、先生には黙ってて」

 私は膝の上で両手を握りしめ、フォーグさんをまっすぐ見た。

「迷惑かけたくないけど、元気かどうか確かめたくて。三年間ずっと、気になってたから……。私、あの時の先生と同い年になったんだよ」


 フォーグさんはしばらくの間、黙りこくっていた。

 沈黙が辛くなってきた頃、彼はニヤリと笑って言った。

「三年前、シガーと何があったのか、なんてこたぁわざわざ聞かないが……三年経つと、変わるもんだな、女は。『大学』とやらに入ったからか。それとも男でもできたか……って、それならシガーに会いに来たりはしないか」


 むっ。


「余計なお世話ですっ。……じゃなかった、お願いフォーグさん、どこか先生を隠れて見られる所、ないですか」

「見て、どうするつもりだ。気づいて欲しくなるんじゃないのか」

 フォーグさんは視線を外さずに言った。

「言わせてもらうけどな。シガーはおそらく、お前がまたここに来たことを歓迎しないと思うぞ。わざわざ傷つくつもりか」


 私は一度、きゅっと目を閉じた。

 そっか……フォーグさんがこう言うってことは、先生は先生で、幸せにやってるってことなんだね。


「……様子をどうしても確かめたいの。姿は現さないから」

 フォーグさんは黙りこくっていたけど、やがて立ち上がった。

「部屋をやる。シガーとシャーマは、予定では明日の昼に帰るから、その頃に発着所に潜んでいりゃあ戻って来るところを見られるだろう」

「ありがとう、フォーグさん」

 私は立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。

 発着所というのは、あの整えられた岩棚のことだ。あそこに明日、竜に乗った先生が戻って来る……。


「だがお前、シガーには黙ってるにしても、その格好でうろついたら他の奴らがまず気づくだろ。他にも色々と不都合があるな……」

 フォーグさんは一つうなずくと、

「俺以外に協力者がいるな。ちょっと待ってろ」

と風のように部屋を出て行った。


 少しして、ドアがノックされた。


「失礼しまーす」

 私と同い年くらいの男の子が入って来た。ココア色の髪に同じ色の生意気そうな瞳、生成りのチャイナカラーのシャツに皮のベスト、草色のズボン。


「ヴィント!」

 驚いて名前を呼ぶと、彼はいぶかしげな表情になり、やがてハッとなったように叫んだ。

「さ、サーナか!?」


 彼は、三年前にできた友人の一人だった。

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