19 名付けた子竜の珠を手に、日本へ
この19話と次の20話、そして間章「架け橋」の3つ、同時upにて第一部完です。
「どんな景色が映ったんですか?」
尋ねると、その景色が脳裏に焼き付いているのか、セーゴさんはすらすらと答える。
「でかい建物が、遠くの方に映ってたな。壁は白いんだが、緑色の屋根が何段にもついてる。で、一番上の屋根の上に、金色の魚みたいなのが載ってるんだ。有名な建物か?」
私と先生は顔を見合わせ、同時に言った。
「名古屋城だ……!」
竜珠は、名古屋にあるんだろうか? 例の女の子が生きていて、持っている……?
「だいたいの場所がわかれば、俺が日本に探しに行く。竜珠を何年も持ってる奴は、会えば匂いでわかるんだ」
セーゴさんは言うけれど、私と先生はちょっと顔を見合わせた。
「あのねセーゴさん……名古屋って、日本で三番目に大きい都市なんです。人口も半端じゃなく多いよ」
「会えばわかるにしても、まず全員と会うのは不可能だ。それに、竜珠を誰かが持ち続けてるとは限らないだろう? どこかに放置されてるかもしれない」
「でも、手がかりはあいつだけなんだ」
セーゴさんは揺るがない。
「あいつ……?」
思わずオウム返しにすると、セーゴさんはちょっと視線を逸らす。
「行方不明になった女の子のことだ。まだおぼろげに、顔が思い出せる」
セーゴさん……仲が良かったのかな、その子と。
後ろから、声がした。
「いよいよ、ゴバの裁断を仰ぐ時が来たようだね」
振り向くと、頭領のゲンマさんが立っていた。
「ヨランの禁忌――こちらとニッポンの行き来を解禁するのかどうか、判断を仰ごう」
私と先生、ヨランの頭領のゲンマさん、そしてセーゴさんは、その日の昼過ぎにフォーグさんの執務室へ行った。フォーグさんが帰って来たのだ。
フォーグさんは、私と先生が寄り添っているのを見て面白そうに口角を上げたけれど、すぐに真面目な顔になって私たちを部屋に招き入れた。執務机の横にはシャーマさんも静かに立っていて、私たちを見て微笑んだ。
大きな机の向こうで腕を組むフォーグさんに、私たちは何もかもを打ち明けた。
「ニッポンとの通路を造った、と言うことか? 禁忌とされている通路を?」
フォーグさんに言われ、私たちはいっせいにうなずいた。
「必要がなくなれば、閉じる。ゴバ、ニッポンで竜珠を探すことを許してもらえないか」
ゲンマさんが頭を下げる。
「今、次代は幼体の最終段階だ。眠らせて引き延ばすことは可能だが、あと数年以内には成体にしてやりたい」
「頭領、顔を上げてくれ」
フォーグさんは言うと、鼻を鳴らした。
「もし、竜珠を諦めると言ったら?」
「次代を、殺すしかないな」
ゲンマさんはすぐに答える。えっ……殺す?
思わず先生の顔を見ると、先生は私の耳元で静かに教えてくれる。
「戻って来るはずの竜珠が戻って来ないと、竜珠を求めて暴れるんだそうだ。そのうちに精神的に弱っていって、死ぬ。だったらその前に……ということ」
「そんな……だ、だったらやっぱり日本で探させて下さい! 私も協力しますから!」
フォーグさんの机に手をついて言うと、フォーグさんはちょっと頭をかいた。
「サーナに頼まれると弱いな。罪悪感がうずく」
「へ?」
「罪悪感……尚奈に、何かしたんですか」
先生の声の温度が下がる。
「サーナに、というか、お前ら二人に対する罪悪感だな。……女王に、男女一組のニッポン人をこちらに呼ぶことを吹き込んだのは、俺なんだ」
フォーグさんは居住まいを正す。
「俺は、昔こちらにやってきた男女の女の方が、竜の王に片目を与えたのを知っていた。伝承くらい勉強するからな、ゴバとして。弱り始めた女王の様子を見に“トローノ”の頂上に行った時、彼女が濁った竜珠を俺の手にすり寄せてくるのを見てつい、こう言ったんだ。『ニッポンから、誰かが助けに来てくれるといいな。二人がいい。片目を奪われた人物を、もう一人が支えられるように』」
「……その通りになったわけだ」
先生が腕を組む。「すまん」とゴバ。
え、私、ずっと離れていて支えてなかったじゃん……と思ったけれど、先生が私を見て微笑んだので、「きっと何かしら役に立ったんだろう」と思うことにした。
「王がいなくなれば、“トローノ”は存在意義を失う。ゴバとして、国の危機は絶対に避けたい。それに……これは俺の個人的な感情だが、今は回復している女王がまた弱るのは、相棒として見ていられない。弱った後、どうなるのかもわからないしな……海に帰れないまま朽ちるのか……」
そう言って、フォーグさんは立ち上がった。
「わかった。ニッポンとこちらをつなごう。扉一枚分だけ、許可する。厳重に管理し、決して竜は通さないこと。幼体も成体もだ」
私たちは細かい計画を話し合った。
「捜索するのは俺と、ヒサナと、あともしかしたら他にも何人か……ヒサナと仲がいいし、ヴィントやアイレを候補に入れておくか」
セーゴさんの言葉に、ゲンマさんが続く。
「日本に、拠点が必要だな。こちらと行き来することになるなら」
「うん。『扉』を、名古屋のどこかに固定したいな。人に見られなくて、何人も出入りしても怪しまれない場所に」
先生の言葉を聞いて、私も口を出してみる。
「それじゃ、名古屋に部屋を借りたら……その中に『扉』を固定できればいいんじゃないですか? そうだ、それで、部屋のドアに『ナントカ事務所』とか『スタジオナントカ』みたいなプレートを出しておけば、会社っぽくなって人が出入りしても怪しくなさそう」
「なるほどな。じゃあ、いざ竜珠の預かり主を見つけたらどうする? 見つけたらなるべく早く、預かり主には竜珠を次代に返してもらわなきゃならないよな」
先生がセーゴさんに問いかけるのを聞いて、私はまたもや口を挟んでしまった。
「え……。それって、誰が預かり主だとしても、その人が次代のパートナーになるということになるんですか?」
「仕方ないだろう。シャーマに竜珠を渡しても、もう竜珠がシャーマを記憶するような時間は残っていない」
フォーグさんが言い、シャーマさんもそれはわかっていたらしく静かにうなずく。
「つまり、預かり主には、こちらに来てもらわないとならないんだ。預かり主の言うことに、次代は従うんだからな」
これは……一筋縄では行かないことになってきたなぁ。
預かり主が行方不明の女の子で、こちらのことを覚えているならまだいい。もう彼女にも日本での生活があるだろうけど、説得次第で協力してくれそうな気がする。例えば、必要なときだけでも扉を通ってこちらに来てもらうとか。
でも、何も知らない日本人が竜珠を持っていたら? まずはどうにかして怪しまれることなく、こちらの世界を知ってもらわなきゃならない。その上で、たまにでもいいからこちらの世界にくることを了承してもらわないと。
善意でそうしてもらえたら一番だけど、もし何かを引き替えに要求してくるような人だったら、どうすればいい?
「まあ、それは竜珠を見つけてから考えよう。まずは怪しまれない拠点だ」
そういうセーゴさんの横で、先生が一言。
「うん。じゃあ部屋を借りるとして……その資金はどうする」
「うっ」
こ……この中で日本円を用意できるのって、私だけじゃないでしょうか。
「わ、私、ちょうど就職活動を始めるところだったから、名古屋で仕事を探します。その拠点として名古屋に引っ越しますっ」
全然知らない土地なのに、やるしかない! とあたふた言う私を、先生は横目でじろりとにらむ。
「その前に、まだ三年と四年の授業あるだろ。大学はちゃんと卒業しろ」
……ですよね。
うう……今のアパートを借りたまま名古屋にも部屋を借りるなんてお金はとても……。
気づくと、先生が何やら考え込んでいた。「そうか、会社か……」というつぶやき。
私が先生をじっと見つめながら待っていると、先生は私を見た。
「尚奈、頼みがある。親父に手紙を書くから、届けて欲しいんだ」
そして、微笑んだ。
「お前の印象を信じる。親父にここのことを話しても大丈夫だって」
私は、先生の書いた手紙を持って、いったん日本に帰ることになった。
全員でぞろぞろと、ヨランの住処に降りる。見かけた人たちは何事かと思ってるだろうな。
『扉』の前にたどり着いた。湿った洞窟の中、ぼんやりと青い光に地底湖が浮かび上がっている。次代はどこかで眠っているんだろうか……。
「今回こっちに来たときは、女王の鱗を使って呼んでもらったんだそうだな」
私にそう言ったフォーグさんが、ゲンマさんと顔を見合わせてうなずいた。
するとゲンマさんが、手のひらにちょこんとのっかるくらいの皮の巾着袋をくれた。
「これは?」
開けてみると、中には直径三センチくらいの黒い玉が、つやつやと光っている。
「生まれたばかりの、この子の竜珠だよ。持って行きなさい」
ゲンマさんが腕を上げると、そこにとまった子竜がバサッ、と翼をはためかせた。
「えっ!? 預かり主、決めに行ってたんじゃなかったんですか?」
驚いて子竜と巾着袋を見比べると、フォーグさんが言った。
「候補者には会ったが、決定はまだだったし、とりあえずお前が持ってろ。行方不明になった子どもは竜珠を持ったままニッポンに渡った――竜珠には世界を渡る力があるということになる」
そ、そっか。私はうなずくと、巾着の紐を首にかけた。
「絶対なくすなよ。それからサーナ、この子竜に名前をつけろ。竜珠の預かり主が竜を呼ぶと反応するから」
セーゴさんがうながした。
な、名前!? えーと、えーと……。
「あ、そうだ、リンゴちゃん!」
私が「これだ!」とばかりに言うと、由来を知っている先生はくくっと笑った。
「尚奈、そいつオスみたいだけどいいのか?」
むむ……リンゴちゃんじゃ女の子っぽいかな。
「じゃあ、リンゴロウ」
私が言うと、先生はプッと吹き出した。
だって今決めないといけないんでしょ、いいじゃない直感で!
「リンゴロウ、私、尚奈だよ。あなたの竜珠、私が預かるね」
ゲンマさんの腕に止まっているリンゴロウ(もう決めた)に話しかけると、子竜はクーゥゥー、と鳴いた。
すると、私と子竜の間の空間に虹色の波紋が広がり、すぐに消えた。竜珠を呼んだのかしら。何か、つながりができたようで嬉しい。
その時、ザバァーッ、と大きな水音がした。
驚いて振り向くと、眼下の湖から黒い竜が姿を現した。次代だ。
次代も、思いも寄らないかわいらしい声でクーゥゥー、と鳴いた。すると、日本への扉の黒い鏡が虹色に光り、波紋を広げた。
また、景色が映った。大きな船……港?
預かり主を呼んでるなら、名古屋かそこに近い場所だろう。それなら、今こそ日本に帰るとき。
私は鏡にそっと腕を入れると、振り向いた。
「ありがとう、フォーグさん、ゲンマさん。――先生、それじゃ、またね」
私が笑顔を向けると、先生は私に腕を回して背中からすっぽりと抱きしめてくれた。
「頼んだ。待ってるからな」