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竜の玉座 林檎の瞳  作者: 遊森謡子
第一部
15/25

15 実験から導かれる初代トリッパーの正体

「俺たちは驚いた。日本から人が来るなんて、大昔に一度あったきりのことが、また起こるとは思ってなかったからな。今も竜にそんな力があったのか、と……。しかしこれで、こちらの世界と日本には、竜の力が届くようなつながりがあることがわかった」

 セーゴさんはテーブルの上で手を組んだ。

「そこで、俺たちは思った。竜珠が――もしかしたら行方不明の女の子も含めて――日本に迷い込んでいる可能性はないだろうか、と」


「それでさっき、日本から竜珠を取り戻すとかって……」

 私は大きく一つ深呼吸した。

 でも、そのためには、こちらから日本に行く方法を見つけなくてはならないよね……?


 ……あ。


「ちょ、実験ってまさか! 日本に行けるかどうかを試すために、私を帰したの!?」

 思わず椅子から腰を浮かすと、セーゴさんはさらりと言った。

「惜しい。お前に、日本への道をつけさせたんだ」

「ええっ??」


 私は三年前の、日本に帰った時のことを思い出した。


「帰らせて」と言った私を、セーゴさんはヨランの住処の、まだ足を踏み入れたことのない地下深くへと連れて行った。

 一見、洞窟が途中で開けたような広場。でも、そこに足を踏み入れた途端、私は思わず立ち止った。

「地面が……揺れてる」

 ゆーら、ゆーら、と地面がゆっくり揺れていた。地面にはいくつも割れ目が合って、時々そこから水がこぽっと湧きでたり、またおさまったりしている。地面が壁からわずかに離れてるんだろうか……。


 そして、広場の真ん中で一頭の黒い竜が、翼をたたんで眠っていた。揺れる地面の上で、気持ち良さそうに……。


 それで私は思ったんだっけ。

 ああ、「ヨラン」って「揺籃」……ゆりかごのことか、って。ここは竜を育てるゆりかごなんだ。


「この下は、海水と淡水が入り混じっている。そして、こちらの世界とあちらの世界の水が混じっている、とも言われている」

 セーゴさんは言うと、竜を回り込みながら言った。竜は金の瞳を細く開けて、セーゴさんを視線で追っている。

「俺と親父――頭領は、お前たちが日本からやってきたことを知ってすぐ、もし日本につながる扉を開くならここだと、見当をつけた。で、女の子が行方不明になったのと似た状況を再現したんだ」

 見ると、岩壁の一部が壊れている。

 まさか、竜に暴れさせて壊させたんじゃ、と聞こうとした時、セーゴさんが

「覚悟はいいか。行くぞ」

 って言って。私がうなずきながら振り向こうとした時、いきなり目の前を炎が通過して……。

 

 思い出しながら私は、テーブルをはさんで向こうに座っているセーゴさんを睨みつけた。

「あの時、あそこにいた竜が、次代の王だったんですね。わざと怒らせて、炎を吐かせたんでしょう」

「ああ。まだ成体になってないから、暴れても大したことはない」

 しれっと言うセーゴさん。何年も竜を育ててるからって、慣れすぎ!


 彼は続ける。

「以前、頭領と実験した時、怒った次代が破壊した場所が一瞬鏡のようになって、おかしな景色が映ったんだ。でも、そこに入ろうと思っても俺たちは入れず、そうこうしているうちに壁は普通の岩壁に戻ってしまった。でも、お前なら通れると思ったんだ」


 そう、炎がぶつかって新たに壊れた岩壁に向けて、私はセーゴさんに突き飛ばされたのよ!


「こうやって戻って来たってことは、成功だったんだろ」

 言われて、私はしぶしぶうなずく。

「気がついたら、海辺にいました……」

 九十九里の海岸に、砂まみれになって転がっていたのだ。

「お前が通った瞬間に、俺も同時に腕をつっこんだ。この辺はもう勘だが、扉に何か挟んで締まらないようにしちまえ、っていう感覚だな。未だに自由な行き来はできないが、とにかく日本に竜珠があるかどうかを探す第一歩にはなった。今の状況は後で見せてやる」

 セーゴさんは言って、身を乗り出した。

「さあ、お前の話を聞かせてもらおうか。どうやって戻って来た?」


「私も……勘みたいなものです」

 私は寝台のそばからトートバッグを持ってくると、中を探った。そう、塾が閉校になったことを知って――先生との思い出の場所が消えたことを知って、矢も楯もたまらなくなって、とっさに……。

「以前、女王が古書庫を壊した時に、拾ったんです。後で気づいたんですけど、これ、女王の鱗ですよね」

 私はピンクのガラスのようなものを取り出し、テーブルに置いた。三年前に拾ってリュックに入れたまま、日本に持って行ってしまったのだ。

「もし女王がまだ女王なら、そのう……自分の鱗に気づくかなーなんて思って。これを持って、呼びかけてみたわけです。名前を」


「なるほどな」

 セーゴさんは鱗を見つめて、妙に納得したように腕を組んだ。

「竜は、お前やシガーによく懐くな、と思っていた。最初は日本人の血が濃いからだろうと思っていたんだが、子竜がお前の声によく反応するのを観察していて、もしかして原因は『声』というか『(おん)』じゃないかと、思い当たったんだよな」


 音?


「“トローノ”の中にいると気づかないと思うが、お前とシガーは日本語をしゃべっている。そして、お前が言う『アーグラグテーナ』の発音、これも日本語の発音だ。竜たちは、日本語の音を好ましく思うんだろう。だから余計、鱗を持ったお前の呼びかけに反応したのかもしれない」

 ううむ。難しい。でもなんとなくわかった。

 つまりあれね、日本人が英語で自己紹介をする時、自分の名前なのに「英語っぽく」発音しちゃう事ってあるよね。なんか違和感あるな、と思ってたけど、女王は逆に日本語の発音で「アーグラグテーナ」って呼ばれると、しっくりくるのかも。


 あれ? ということは。


「それじゃあ、まさか」

 私はぽろっと、言った。

「この世界の竜って、元々日本から来たとか?」


「さあなぁ。でも、日本では竜は架空の動物なんだろ?」

 セーゴさんはそう言ったけど、私はどきどきしてしまった。

 きっとそうだよ。昔々、日本には本当に、竜がいたんだ! この世界に日本人男女が来るより前にやって来た竜、その竜こそが、初代トリッパーだったんだ!


 いや、興奮してる場合じゃない。大事なことを聞かないと。

「セーゴさんは、先生がどうして眼帯をつけているのか知ってるんですか? わ、私がやったんじゃないですからね、あれ」

 念のために付け加える。


 すると、セーゴさんは女王の鱗を見つめたまま、口をつぐんだ。

 しばらく沈黙してから、口を開く。


「それは、シガに直接聞け。あいつが三年前、お前に言わなかったことを、俺から言うわけにはいかない」


 私はうつむいた。

「……シガに会わないで、日本に帰るつもりだったのか?」

 問われてためらいながらうなずくと、セーゴさんは軽くため息をついて、

「まあ、それもお前が自分で決めること、か」

と椅子を鳴らして立ち上がった。

「俺はこの後、用がある。日本への扉が今どうなってるのか見たいなら、明日来い」


 セーゴさんはドアの方へ向かい、ふと振り向いた。

「……お前、いつこっちに来たんだ」

「昨日の夜、ですけど」

「ヒサナだとバレないようにしてるんだろ。風呂、どうするんだ」


 聞かれて、私は詰まった。

 ここのお風呂、つまり蒸し風呂(サウナ)は共同浴場で、使う時間帯も決まっている。さすがにそこに入っていったら化粧も落ちるだろうし、肌の色や身体のアレコレから日本人だとバレてしまう気がする。

 上の方に住む人たちは、上にある蒸し風呂に時間を決めて交代で入ってるみたいだけど、空いてる時間なんかわからないし……お風呂は諦めるしかないかな……。


「いいことを教えてやる」

 セーゴさんはドアの取っ手に手をかけたまま、言った。

「三年前に女王が壊した古書庫な。今は、壊れた天井から雨水を溜めてろ過する部屋になってるんだ。さっき雨が降り出したから、だいぶ溜まるだろう。そこの水使って身体拭けばいい。上の階だから、夜なら人も来ない。じゃあ明日」


 彼はさっさと出て行ってしまった。急いでるみたい。いきなり呼び止めちゃったもんな……。


 目をどうしたのかは、先生に直接聞け、か。

 私は小さな丸い窓の向こう、灰色の空を眺めた。朝から曇ってたけど、ついに降り出したんだ。ここにいるとよくわからないな……。


『もし、今また尚奈がこっちの世界に来るようなことがあっても、俺はやっぱりあいつを日本に帰そうとするだろう』


 先生の言葉がよみがえる。


 ダメ……やっぱり会えない。

 帰れ、って直接言われると思うと、苦しい。

 

 私はため息をついた。

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