・エピローグ
明治39(1906)年、春。
半年前に起こった暴動が嘘のように東京は平穏な日々を取り戻していた。
そして「あの日」を境に防人忠孝の周りにも、これと言って大きな出来事は起こらなかった。
*
そんなある日のこと。
忠孝はとある病院の廊下を歩いていた。
そして「防人真佐代」と名前が書かれた紙が貼ってある病室の扉を開ける。
「…真佐代、元気か?」
忠孝が寝台の真佐代に話しかける。
「あ、いらっしゃい」
寝台に横になった姿で真佐代が話しかける。
「まずはおめでとう」
「ありがとう。この子も元気よ」
真佐代の隣に小さな寝台があり、その中で一人の赤ん坊が眠っていた。
そう、臨月を迎えた真佐代は数日前から入院していて、昨日無事に女児を出産したのだった。
「どれ、よく見せてみろ」
そして忠孝は娘の顔がよく見えるように寝台の近くに椅子を持ってきて座った。
そして赤ん坊にかかっていた布団を少しずらした。
「本当、お前にそっくりな女の子だな」
「実は、もう名前も決めてあるのよ」
「どんな名前だ?」
「智佐登。私の佐の字をこの子にあげたの」
「智佐登か。いい名前だな。…智佐登、お前もきっとお母さんのような美人になるよ」
それを聞いた真佐代は思わず笑う。
「それでな、智佐登。これはお父さんからの誕生祝いだ」
そう言うと忠孝は智佐登の枕元に例の神剣を置く。
「あなた、それは…」
「ああ。例の刀だよ」
「でもそれってお義父さんから…」
「実はな、真佐代。これを親父から受け取った時、オレはあることを親父から言われたんだよ」
「あること、って?」
「もし、お前に子供が生まれたら、その子供にこの刀を渡してほしい、って」
「…例のことで、ですか?」
「ああ。おそらくな」
「でも、確かにあれから半年以上が経ったとはいえ、またいつかあの男があなたの前に現れないとは限らないでしょう?」
「まあ、確かにそうなんだがな。ただ、あいつが――阿那冥土が親父の前から姿を消して、オレの目の前に現れるまで40年経っているんだ」
「いったいその40年の間何をやってたんでしょうね?」
「さあな。それはオレにもわからないさ。ただ、オレの前から姿を消す前に気になることを言ったんでな」
「どんなことですか?」
「『私はまたいつか現れる。私はおまえたちも想像ができないくらいの時を生きてきているのだからな』ってな」
「どういう意味でしょう?」
「それはわからないさ。だた、あの男の言っていることがまんざら嘘だとかそういったようにも思えないんだよ」
「…」
「おそらく、アイツはまたきっとオレたちの前に現れる。それが明日なのか、来年なのか、あるいは50年後になるのかはわからないがな。おそらく、親父もそのことが頭にあってオレにこの刀を託したんだと思う。だから、オレも親父がしたように、この子にこの刀を託そうと思ったんだ」
「でも…」
「お前の言いたいことはわかるよ。でもきっと智佐登もオレや親父がどういった人間で、どんなことをしてきたのかわかってくれると思うし、自分もそういった人物なんだ、という事をきっとわかってくれるさ。オレはそう信じてるよ」
そう言いながら忠孝は智佐登の寝顔を見る。
何も知らないかのように智佐登は愛らしい寝顔を二人に見せている。
「ただ、この子にだけは親父やオレが出遭ってしまったあの出来事が起こってほしくないが…」
しかし、忠孝の不安は時代が大正となり、娘の智佐登が可憐な美少女に成長した時に的中することになるのである。
(大正編に続く)
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