・プロローグ
西暦1895(明治28)年4月17日、大日本帝国、日清戦争後の下関条約で清国より遼東半島を割譲する。
西暦1895年4月23日、フランス、ドイツ、ロシアによる三国干渉。大日本帝国、遼東半島を返還し、3000万両を受け取る。
西暦1900(明治33)年、義和団の乱発生。この事件をきっかけに日露の対立が激しくなる。
西暦1904(明治37)年2月4日、小村寿太郎外務大臣、ロシアに国交断絶を通告。
西暦1904年2月8日、日露戦争勃発。
西暦1905(明治38)年5月27日、日本海海戦勃発。「天気晴朗ナレドモ浪高シ」。
西暦1905年5月28日、日本海海戦、大日本帝国の勝利に終わる。これにより日露戦争は日本の勝利が確定的となる。
西暦1905年9月5日、日露両国、講和条約に調印。ここに日露戦争は終結する。
*
西暦1905年9月8日、東京・日比谷。
とあるミルクホールの一角の机に3人の男が座っていた。
「…やれやれ、ようやく日比谷も落ち着きを取り戻したようだな」
眼鏡をかけている男が言う。
「全くだ。3日前にあんな暴動が起こったなんて嘘のようだな」
向かい合って座っていた五分刈りの男が言う。
「それにしても、戒厳令が出るとは思わなかったぜ」
そう、3日前の9月5日、日比谷で日露の講和条約締結に反対する民衆が後に「日比谷焼打ち事件」と言われることになる暴動を起こし、東京に戒厳令が敷かれたのだった。
まだまだ戒厳令は解かれたわけではなかったのだが、ようやく東京も落ち着きを取り戻しつつあった。
「仕方ねえだろうなあ。あれだけ暴れりゃ戒厳令が出たっておかしくないさ」
五分刈りの男が言うと、眼鏡の男が、
「でも、いくらなんでも戒厳令が出るまで暴れるのは、いくら何でもやりすぎじゃねえのか?」
「そうか? 聞いた話じゃ講和条約の中には、賠償金について何も書かれていなかったとかいう話じゃねえか。戦争に勝っても相手から一銭ももらえねえ、って話があるかよ?」
「でもあの露西亜に勝った、というだけでもすごいことなんじゃねえのか?」
「でもよお、日本も戦死者がたくさん出た、って言う話じゃねえか。それだけの犠牲を払ってこれっぽっちじゃ誰だって起こると思うけどなあ」
そして眼鏡の男と五分刈りの男はしばらくの間日露の講和について侃侃諤諤の議論を交わしていた。
と、それをじっと聞いていた二人の席の真ん中に座っていた男が、
「まあ、とにかく、お前らが今回の講和についてどう思ってるのかは勝手だけれどよ、そんな暴動起こしたからって、どうにかなるってわけでもねえんじゃねえのか?」
「おい、防人。お前そう簡単に言うけどな…」
「大体、暴動を起こしたからってホイホイと講和条約を破棄するような政府がどこの世界にあるんだよ」
そう言うとその男――防人忠孝はすでにぬるくなった牛乳を一口すすった。
「…それにしても、お前、今回の講和について興味がない、って顔してるなあ」
五分刈りの男が言う。
「ああ。戦争ってのは必ずどっちかが勝ってどっちかが負けるんだ。そしてどういう結果になろうが後々までもめるのが決まりなんだからな」
「…やれやれ、本当にお前は政治とかそんなものを考えたことがないんだな。お前、一体何の話だったら興味を覚えるんだ?」
「なんだっていいじゃねえかよ」
と、眼鏡の男が、
「…ところで知ってるか、防人」
「…何を?」
「なんでも昨日、神戸のほうで暴動が起こったらしいぞ」
「なんだって?」
「ほら、この新聞を見ろよ」
そう言うと男は忠孝に新聞を差し出す。
「神戸でも民衆の暴動 講和条約に反対か」
という記事が一面に書かれている。
「…やれやれ、ご苦労なこって…」
と、忠孝がその記事を読んでしばらくたった時だった。
「…ん?」
ある一点で忠孝の目が止まった。
「…目撃者の証言によると、暴動が起こる前にある一人の男が民衆の前で演説をしていた、との証言もある」
その一文を読んだ時だった。
(…?)
そう、忠孝は何かが自分の中ではじけたような感覚を覚えたのだ。
「…おい、どうした、防人?」
「…ん? いや、なんでもない。オレはこれで帰るから。これはオレの分な」
そう言うと忠孝は1枚の札を机の上に置くと店を出て行った。
その姿を見送る二人の男。
「…しかし、時々わからねえことやるな、アイツも」
眼鏡の男がつぶやいた。
「わからねえことって?」
五分刈りの男が聞き返す。
「ああ、オレと防人は幼馴染なんだけどよ、アイツの親父、新選組の生き残りだったとか言う話なんだよ」
「新選組、って40年も前の話じゃねえか」
「ああ。親父はもともと京にいたんだけれど、御一新の後に東京に出てきたそうだ。その親父が結婚してからだいぶ経った30半ば過ぎにアイツが生まれたという話だからな」
「でも、その親父とアイツがどう関係あるんだ?」
「なんでも親父が新選組にいた頃にある出来事があって、それを詳しく調べるためとか言って、小さいころから時々ああいったように、突然家に帰っては何か調べ物をするらしいんだよ。それがどういったものなのか、オレにも話してくれないんだけどよ」
「ははは。結婚してまだ1年くらいしか経っていないのに、アイツの奥さんも大変だな」
彼らは知らなかった。
防人忠孝がある「使命」を持って生まれた男であることを。
(本編に続く)
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