羽化する
宇宙ステーション「プロメテウス」乗員日誌より
地球の夏を再現したという、あの忌々しいホログラムの蝉時雨が、今日も居住区のアルミニウムの壁を震わせている。
システムエンジニアの私は、迫り来るシステム障害のコードと格闘しながら、もう何日もこの人工のノイズに精神を削られていた。
原因不明の発熱で、身体は内側から焼け付くように熱い。
耐えかねた私は、ついに環境音の音声データをシステムから強制削除した。
これでようやく、望んでいた完璧な静寂が訪れる――。
そう確信した次の瞬間、スピーカーの消えた無音の空間に、なおも響き渡る「ミーン、ミーン」という狂ったような高周波。
それは鼓膜の向こう側、私の頭蓋の奥深く、熱を帯びた肉体の中から湧き上がっていた
宇宙ステーション「プロメテウス」の居住区には、地球の日本の夏を模したホログラム環境が広がっていた。男は、再現された入道雲を見上げながら不快感に顔をしかめる。
原因は音だ。
スピーカーから流れる、けたたましい**「蝉の声」**。デジタル合成されたその高周波のノイズが、数日前からどうしても耳について離れない。システムエンジニアに音量を下げるよう頼んでも、「設定はオフになっていますよ」と怪訝な顔をされるだけだった。
夜、自室のベッドに横たわっても、壁の奥からミーン、ミーンと、あの執拗な大合唱が響いてくる。防音ヘッドホンを耳に押し込んでも、音は脳髄を直接揺さぶるように音量を増していく。
耐えかねた男は、居住区の環境制御パネルをハッキングし、音声データのマスターファイルを強制削除した。
瞬間、ステーション全体が完全な静寂に包まれる。男は安堵の息を漏らし、ベッドに沈み込んだ。
だが、本当の恐怖はその後に訪れた。
静寂のなか、男の耳のすぐ内側で、じっとりと湿った何かが這い回る気配がした。
カサリ。
そして、鼓膜を内側から突き破るような、凄まじい鳴き声が脳内で弾けた。
「……ミ……ミン……」
彼らが求めていたのは、再現された夏のデータではない。宇宙の寒冷に凍える未知の寄生生物たちが、男の体温を「夏」と勘違いし、その肉体を苗床にして羽化を始めた音だった。
【了】
ご一読いただきまして誠にありがとうございましたわ、とにを書きます よろしくお願い申し上げますを、




