『星葬師は、最後の願いを聞き届ける』
星が落ちる夜の話を書きました。
星が落ちる夜は、雨が降らない。
それは、この世界では有名な話だった。
空が泣く前に、星が先に死ぬからだと、誰かが言っていた。
私はその言葉を、少しだけ気に入っている。
「……来るよ」
丘の上で立ち止まると、隣を歩いていた少年――リトが顔を上げた。
次の瞬間。
夜空を、青白い光が横切った。
静かな流星だった。
叫びもしない。
燃え盛りもしない。
ただ、長い命を終えたものだけが持つ、穏やかな光だった。
「綺麗だな……」
リトが呟く。
私は答えず、光の落ちた森へ歩き出した。
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落下地点には、大きなクレーターができていた。
焼けた土。
白い煙。
その中心に、青銀色の結晶がある。
星核。
星の最後の記憶。
私はそっと触れた。
途端に、景色が流れ込んでくる。
雪の街。
白い息。
古い時計台。
そして。
赤いマフラーを巻いた少女。
彼女は毎晩、空を見上げていた。
晴れの日も。
雪の日も。
誰かを待つみたいに。
星は、ずっと彼女を見ていた。
何十年も。
何百年も。
少女は大人になり、老いていく。
それでも空を見上げ続けた。
やがて、皺だらけになった彼女は、消え入りそうな声で言う。
『また、会えるよね』
そこで記憶が途切れた。
私はゆっくり目を開ける。
隣でリトが不思議そうに見ていた。
「今回は、どんな星だった?」
私は少し迷ってから答えた。
「……誰かを待ってた星」
「星が?」
「うん」
リトは笑った。
「変なの」
本当に。
変な星だった。
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私たちは北へ向かった。
星が最後に見ていた街。
雪の降る街へ。
旅の途中、リトは何度も聞いた。
「その女の人、まだ生きてると思う?」
「わからない」
「でも会わせたいんだろ」
私は答えなかった。
星葬師は、星を埋葬するのが仕事だ。
願いを叶える仕事じゃない。
だけど。
この星だけは、どうしても終わらせてはいけない気がした。
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街へ着いた頃には、雪が降っていた。
白い息が夜に溶ける。
記憶の中で見た時計台は、まだ残っていた。
私はその下で立ち止まる。
すると。
小さな鐘の音がした。
振り返る。
ひとりの老婆が、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
赤いマフラー。
深い皺。
けれど、その目だけは、少女のままだった。
彼女は私を見るより先に、腕の中の星核を見た。
そして、泣きそうに笑う。
「……ああ」
その声は、とても静かだった。
「来てくれたんだね」
リトが息を呑む。
私は何も言えなかった。
老婆は星核に触れる。
青白い光が、ふわりと揺れた。
まるで、応えるみたいに。
「昔ね」
老婆は星を抱いたまま、空を見上げた。
「寂しい夜がたくさんあったんだよ」
雪が静かに降り積もる。
「夫も、子供も、みんな先にいなくなって」
細い指が、結晶を撫でる。
「それでも、夜空を見ると不思議と平気だった」
彼女は少し笑った。
「ずっと誰かが、見ててくれる気がしてねぇ」
私は胸の奥が、少しだけ痛くなった。
星は、本当に見ていたのだ。
何百年も。
たったひとりを。
老婆は目を閉じる。
「ありがとう」
その言葉が落ちた瞬間。
星核は、静かに砕けた。
音もなく。
青白い光になって。
雪の夜へ溶けていく。
まるで空へ帰るみたいに。
老婆は、その光を見送っていた。
ずっと。
ずっと。
やがて、小さく呟く。
「……これで、ちゃんとさよならだ」
その横顔は、不思議なくらい穏やかだった。
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帰り道。
リトが珍しく静かだった。
雪を踏む音だけが続く。
しばらくして、彼が言う。
「なぁ」
「なに」
「星ってさ」
リトは空を見る。
「人間なんかより、ずっと長生きなんだろ?」
「うん」
「なのに、たった一人のこと、ずっと覚えてるんだな」
私は少し考える。
そして、小さく笑った。
「長く生きるとね」
「?」
「忘れないことの方が、少なくなるから」
リトは黙った。
夜空には、無数の星が瞬いている。
もう死んだ星も。
これから死ぬ星も。
それでも光だけは、遠くまで届いていた。
その中に。
今さっき空へ還った、小さな青い光も混ざっている気がした。
雪はまだ、静かに降り続いていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




