表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『星葬師は、最後の願いを聞き届ける』

作者: bun
掲載日:2026/05/23

星が落ちる夜の話を書きました。

星が落ちる夜は、雨が降らない。


それは、この世界では有名な話だった。


空が泣く前に、星が先に死ぬからだと、誰かが言っていた。


私はその言葉を、少しだけ気に入っている。


「……来るよ」


丘の上で立ち止まると、隣を歩いていた少年――リトが顔を上げた。


次の瞬間。


夜空を、青白い光が横切った。


静かな流星だった。


叫びもしない。


燃え盛りもしない。


ただ、長い命を終えたものだけが持つ、穏やかな光だった。


「綺麗だな……」


リトが呟く。


私は答えず、光の落ちた森へ歩き出した。


---


落下地点には、大きなクレーターができていた。


焼けた土。


白い煙。


その中心に、青銀色の結晶がある。


星核。


星の最後の記憶。


私はそっと触れた。


途端に、景色が流れ込んでくる。


雪の街。


白い息。


古い時計台。


そして。


赤いマフラーを巻いた少女。


彼女は毎晩、空を見上げていた。


晴れの日も。


雪の日も。


誰かを待つみたいに。


星は、ずっと彼女を見ていた。


何十年も。


何百年も。


少女は大人になり、老いていく。


それでも空を見上げ続けた。


やがて、皺だらけになった彼女は、消え入りそうな声で言う。


『また、会えるよね』


そこで記憶が途切れた。


私はゆっくり目を開ける。


隣でリトが不思議そうに見ていた。


「今回は、どんな星だった?」


私は少し迷ってから答えた。


「……誰かを待ってた星」


「星が?」


「うん」


リトは笑った。


「変なの」


本当に。


変な星だった。


---


私たちは北へ向かった。


星が最後に見ていた街。


雪の降る街へ。


旅の途中、リトは何度も聞いた。


「その女の人、まだ生きてると思う?」


「わからない」


「でも会わせたいんだろ」


私は答えなかった。


星葬師は、星を埋葬するのが仕事だ。


願いを叶える仕事じゃない。


だけど。


この星だけは、どうしても終わらせてはいけない気がした。


---


街へ着いた頃には、雪が降っていた。


白い息が夜に溶ける。


記憶の中で見た時計台は、まだ残っていた。


私はその下で立ち止まる。


すると。


小さな鐘の音がした。


振り返る。


ひとりの老婆が、ゆっくりこちらへ歩いてきた。


赤いマフラー。


深い皺。


けれど、その目だけは、少女のままだった。


彼女は私を見るより先に、腕の中の星核を見た。


そして、泣きそうに笑う。


「……ああ」


その声は、とても静かだった。


「来てくれたんだね」


リトが息を呑む。


私は何も言えなかった。


老婆は星核に触れる。


青白い光が、ふわりと揺れた。


まるで、応えるみたいに。


「昔ね」


老婆は星を抱いたまま、空を見上げた。


「寂しい夜がたくさんあったんだよ」


雪が静かに降り積もる。


「夫も、子供も、みんな先にいなくなって」


細い指が、結晶を撫でる。


「それでも、夜空を見ると不思議と平気だった」


彼女は少し笑った。


「ずっと誰かが、見ててくれる気がしてねぇ」


私は胸の奥が、少しだけ痛くなった。


星は、本当に見ていたのだ。


何百年も。


たったひとりを。


老婆は目を閉じる。


「ありがとう」


その言葉が落ちた瞬間。


星核は、静かに砕けた。


音もなく。


青白い光になって。


雪の夜へ溶けていく。


まるで空へ帰るみたいに。


老婆は、その光を見送っていた。


ずっと。


ずっと。


やがて、小さく呟く。


「……これで、ちゃんとさよならだ」


その横顔は、不思議なくらい穏やかだった。


---


帰り道。


リトが珍しく静かだった。


雪を踏む音だけが続く。


しばらくして、彼が言う。


「なぁ」


「なに」


「星ってさ」


リトは空を見る。


「人間なんかより、ずっと長生きなんだろ?」


「うん」


「なのに、たった一人のこと、ずっと覚えてるんだな」


私は少し考える。


そして、小さく笑った。


「長く生きるとね」


「?」


「忘れないことの方が、少なくなるから」


リトは黙った。


夜空には、無数の星が瞬いている。


もう死んだ星も。


これから死ぬ星も。


それでも光だけは、遠くまで届いていた。


その中に。


今さっき空へ還った、小さな青い光も混ざっている気がした。


雪はまだ、静かに降り続いていた。


読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ