タイトル未定2025/11/20 23:55
barジェシカで食事を終えた亮たちは、店を出て夜の繁華街を歩いていた。
「店を出よう」と言いだしたのは亮ではなく、意外にもちはるだった。
そのことを、ちはるの隣を歩いていた若菜が指摘した。
「ちはるさん、今夜はおとなしいですね」
「未成年のスイがいるから、いつまでも店にいることなんて、できないでしょ」
「私のせいなんだ」
「そればかりじゃないけどね」
そう言ったちはるは、少し後ろを歩いている亮の方をちらりと見た。
そのことに気がついた若菜は、声をひそめて言った。
「北神さん?」
「マスターと話をしてから、様子が変じゃない?」
「確かに。マスターと、仕事の話をしていたんですよね?」
「そう。それからよ、ぱっつんの態度がおかしいのは」
ちはるの隣を歩いていた若菜は、突然亮の方へ駆け寄り、亮の腕を掴んだ。
「北神さん!元気がないわね。どうしたの?」
「えっ?」
亮は驚いた表情を、若菜に向けた。
「マスターと話をしてから、北神さん暗いです。何かマスターに言われたの?」
若菜にそう聞かれても、亮は黙ったまま歩いていた。黙り込んだまま歩く亮にイラついたちはるは、若菜と同じように亮の隣に行くと亮の腕を掴んだ。
「辛気くさいわね!マスターに何か言われたんでしょ。吐き出して、スッキリしなさいよ!」
亮は立ち止まって深いため息をつくと、目の前にあった路線バスの停留所のベンチに腰を下ろした。
ちはると若菜は顔を見合わせ、亮を真ん中にして、ちはると若菜もベンチに腰を下ろした。
亮は、夜空を仰ぎながら切り出した。
「マスターに、仕事協力を依頼しました」
「例の、barに合ったチョコを作る依頼ね。まさか、断られたの?」
亮は驚いた表情を、ちはるに向けて言った。
「barに合ったチョコ……何故、そのことを知っているんですか?」
「アタシが知っていようが知るまいが、そんなことはどうでもいいじゃない。それより、仕事のことはどうなったの?」
ちはるの問いに、亮は黙ったまま首を横に振った。
「仕事に関しては、問題ありません。ただ……」
「ただ?」
「マスターの連絡先を聞いたら……」
「マスターの、携帯番号を聞いたの?」
「……マスターは、お店の電話番号を教えてくれました」
亮の思いもよらぬ言葉に、ちはるはそっと息をついた。
それまで黙っていた若菜が、つぶやくように言った。
「北神さんもマスターの携帯番号を、聞くことができなかったのね」
「はい」
「それで、ぱっつんはショックを受けていたのね」
夜空を仰いでいた亮は、うなだれたように下を向き、ちはると若菜に問いかけるように言った。
「どうしてマスターは、携帯番号を教えてくれないんでしょうか?」
「……彼女がいるから、教えたくないのかなぁ」
ちはるの言葉に、亮はちはるに噛みつくように言った。
「だったら、正直にそう言えば良いじゃないですか!」
「ちょっと、アタシにあたらないでよ」
「……すみません」
「でもぉ……」
若菜の声に、亮とちはるは若菜の方を向いた。
「彼女がいるから、教えることはできませんって、普通言うかなぁ」
「……言わない」
苦笑しながら、ちはるは言った。
「番号を教えたくない理由があるのよ。さぁ、行こう。電車なくなるよ!」
言いながらちはるが立ちあがり、亮と若菜も立ちあがった。
繁華街を黙ったまま歩くと、不意に若菜が小さな声で言った。
「マスターの携帯番号……シロちゃんなら、聴きだすことができるかも」
「どうしてですか?」
食いつくように、亮が聞いてきた。
しかし若菜は、何も答えなかった。
「じゃあ、マスターの携帯番号を聴きだすようにシロに頼んでみる?」
ちはるの言葉に、若菜は静かに首を横に振った。
「そんなことをしたら負け犬みたいで、惨めじゃないですか」
帰り支度を終えたマスターがカウンターの中でタバコを吸っていると、厨房から六十代前半の婦人が出てきた。
「お待たせしました」
その声でマスターは、吸っていたタバコを灰皿に押しつぶした。
椅子から立ちあがり、マスターは婦人と一緒に店を出て、店の鍵をかけると婦人と一緒に繁華街の中を歩いた。
「どうして、携帯番号を教えなかったのですか?」
マスターと、肩を並べて歩いた婦人が切り出しマスターは何も言わず、何かを考え込んでいた。
「北神さんでしたよね?素敵な女性だと、思いますけど。マスターに、お似合いです」
「そうですか」
「北神さんのこと、お嫌いですか?」
「いえ、そんなことはありません」
「じゃあ、どうして?北神さんは、マスターに好意を持っているんですよ」
「よく、わかりますね」
「茶化さないで下さい。伊達に年はとっていません」
すねたように言う婦人に、マスターは小さく笑った。
「北神さんは、素晴らしい女性です。だからこそ、素っ気ない態度を取ったんです」
「そんな……マスター」
「はい」
「ずっと、独りでいるつもりですか?」
「独身で子持ちのボクを、受け入れてくれる相手が現れたら考えます」
「また、そんなことを!おまちさんの苦労が、よくわかるわ」
「おまちさん、何か言っていましたか?」
「マスターの将来を、気にしています」
「もういい加減、諦めてくれたら良いのに」
「何をおっしゃるんですか!私だって、心配です」
「ありがとうございます。あっ、空車が来ましたよ」
マスターは、空車のタクシーに向かって手をあげた。




