タイトル未定2025/11/23 00:26
日に日に暖かくなってきた三月の初め。
若菜と流花が通う高校では、講堂で卒業式が行われた。
式を終えた生徒たちは教室で、高校生活最後の別れを惜しんでいた。
卒業生たちは別れを惜しみながら教室を出て、校舎から少しずつ出てきた。
若菜は、流花と肩を並べて校舎から出てきた。目を真っ赤に腫らした若菜を見た流花は言った。
「もぉ、スイったら泣きすぎ!」
「だってぇ、いろんなことを、思い出しちゃったんだもん、シロちゃんは、泣かなったの?」
「うるっときたよ。でも、スイが泣いているのを見たら、泣けなくなっちゃった」
「え~私のせい?」
思わず流花は笑い声を上げ、若菜は口を尖らせた。ふと、流花は笑うのをやめた。
「スイ、今日の夜、barに来てね」
「もちろん!だって、シロちゃんのウエイトレスデビューだもん!それに今夜は、私たちの卒業パーティだしさ。絶対に行くよ」
「北神さんたちも、来てくれるかな?」
「赤井さんに来るように言ったから、来てくれると思うけど……」
「けど?」
「北神さんは、来るかなぁ?最近北神さん、誰とも話をしていないみたい」
若菜の言葉で流花は黙り込み、七海が言った言葉を流花は思い出していた。『北神さんに、海外出張の辞令が出たそうです』
「スイ……北神さんに海外出張の辞令が出たんだって」
「ほんとに?」
驚いた若菜は、思わず立ち止まり、流花をみつめた。
流花は、黙ったまま静かに頷いた。
顔を上げた流花は、小さな声を上げた。
「あっ……北神さん?」
「えっ?」
若菜と流花そして亮は、離れた場所からみつめあった。
亮はゆっくり歩きだし、ふたりの側に立った。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」言いながら若菜と流花は、軽く頭を下げた。
「北神さん」流花が言うと、亮は黙ったまま流花をみつめた。
亮に声をかけた流花は、恐る恐ると言うように、亮に言った。
「海外出張の辞令が出たそうですね」
「……知ってるんだ。マスターから、聞いたのね」
「……はい」
「良いわね、マスターがなんでも教えてくれて。私には、何も教えてくれなかったわ」
「……海外に行くんですか?」
それまで黙っていた若菜が言った。
「辞令よ。行くしかないじゃない」
ため息をついた亮は、冷ややかな目で、流花を見ながら言った。
「良かったわね。邪魔者がいなくなって」
「そんな……マスターは、北神さんのことを心配しています」
「見せかけだけのやさしさなんて、いらないわ!」
若菜と流花に背を向け、歩き出そうとした亮に、若菜は叫ぶように言った。
「黙ったまま、いなくなるんですか?」
若菜の言葉に、亮はゆっくり振り向いた。
「今夜マスターの店で、卒業パーティをやるんです。ちはるさんから、聞いていますよね?」
「聞いたわ」
「来てくれますよね?」
若菜は亮の背中に言葉を投げたが、亮は何も答えず、足早に若菜と流花の前から離れた。
Barジェシカの開店準備が終わり、流花はそっと息をついた。
流花は午後からずっと店内で、自分のやるべき仕事をマスターから教わっていた。
流花は、今夜初めてbarジェシカで仕事をする。カウンターの中で流花は、マスターと肩を並べてグラスを磨きながら、そっと息をついた。
「緊張していますか?」
「……ちょっと」
「ボクやたきさんがいるから、大丈夫ですよ」
マスターの言葉に顔を上げると、マスターはやさしく微笑んでいた。
Barジェシカでは、若菜、ちはる、馬場、赤井のいつものメンバーが集まっていた。
赤井は自分の向かいに座っている、ちはると馬場に言った。
「来ていませんね、北神さん」
その言葉に、ちはるが言った。
「ぱっつんを捕まえようとしたけど、なかなか捕まらなくて。ラインで、今日のことは送ったから、今日のことは知っているはずだけど」
ちはると赤井の会話を、赤井の隣に座っていた若菜は、黙ったまま聞いていた。
沈黙をやぶるように、飲み物を乗せたお盆を両手にしていた、流花の声が聞こえた。
「お待たせしました」
飲み物を運んできた、バーテン姿の流花に、歓声が上がる。
「おぉ~かっこいい!似合っているよ」
「恥ずかしいから、やめてください」
照れながら流花は、飲み物をそれぞれの目の前に置いた。
飲み物が全員に行き届いたころ、オレンジジュースとコーラをマスターが運んで来て、オレンジジュースのグラスを、流花に手渡した。
「皆で乾杯をしましょう」
マスターの言葉に、馬場は言った。
「じゃあ、乾杯の音頭を、マスターお願いします!」
「えっ、ボクがですか?」
「だって此処は、マスターの店だし」
「いや……でも……」
戸惑うマスターに、流花はそっと言った。
「お願いします。マスター」
「……はい。わかりました。それでは……水田さん、白田さん。ご卒業おめでとうございます。今夜は、楽しんでください。乾杯!」
「乾杯!!」
あちこちから、グラスが重なる音が鳴り響いた。
「では、料理をお運びします」
マスターはそう言う、と厨房に向かって歩きだした。
流花も、それに従って歩きだした。
やがてマスターと流花は、厨房から前菜の料理を運び、テーブルに並べた。前菜の料理が並ぶと、マスターは流花に言った。
「白田さん、今夜はもう良いですよ。テーブル席に座って下さい」
「まだ、仕事中です」
「今夜は、白田さんも主役なんですよ。仕事は、いいから」
しばらく黙り込んでいた流花は、にっこり笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
流花は若菜の右隣に座り、若菜の左隣に座っている赤井に言った。
「赤井さん、お邪魔してすみません」
「お邪魔なんて!何を言うんですか」
「邪魔じゃないなら、今夜はスイを独り占めしちゃおうかな」
「えっ、そっ、それは、ちょっと……」
流花と赤井の会話に、若菜は大爆笑をした。
テーブルを挟んだ向かいの席では、馬場が自分のサラダを、ちはるの皿の上に乗せていた。
「ちょっと、何してんのよ!」
「俺は、野菜が嫌いなんだ!」
「子供みたいなこと、言っているんじゃないわよ!」
言いながらちはるは、サラダを馬場の皿に戻していた。
メインの料理を食べ終えた時、椅子から立ち上がった流花は、厨房に向かった。
厨房の中では、料理人のたきこがデコレーションケーキにクリームを塗っていた。
「わぁ、凄い!」流花は、思わず歓声を上げた。
「今夜のデザートよ」
「たきさん。仕事初日なのに、甘えてしまってすみません」
「いいのよ、そんなこと」
流花は厨房の隅に置いてあった、大きなごみ袋に気が付いた。
「ゴミ、裏のコンテナに置いてきましょうか?」
「お願いしちゃって、良いかしら?」
「はい!」
明るく返事をした流花は厨房の裏口から出て、コンテナにゴミ袋を入れ、コンテナのふたを閉めた。
ふたを閉め顔を上げると、barジェシカの建物をじっとみつめている亮に気が付いた。
「北神さん」
流花の声に、亮は流花の方を向いた。流花は亮に近づいた。
「北神さん、皆さん中で待っていますよ」
「バーテン姿……ずっと、マスターと一緒なのね」
「誤解しないで下さい。ずっとって、わけじゃありません。私のバイト先が、たまたまマスターの店だった……それだけです」
「それだけって、私にとっては、凄いことなのよ」
「北神さん。このまま黙ったまま、皆と別れるんですか?」
流花の問いに、亮は何も答えなかった。
「皆、心配しています。北神さんだって、本当は黙ったまま皆と別れたくないんでしょ?だから昼間、スイと私の所に来てくれた。そして今も」
亮は、黙り込んだままだった。
「さぁ、早く行きましょう!」
流花は亮の腕を掴むと、強引に店の中に入って行った。
店内では若菜たちが、食事をしながら、話に花を咲かせていた。
亮を連れた流花が、皆がいるテーブル席に着くと、皆は話をするのをやめ亮の方を向いた。
「亮さん約束の時間に遅れたので、店に入りづらくなって。今まで店の外にいたんですよ。さぁ、亮さんどうぞ」
言いながら流花は、亮を馬場の隣に座らせた。
「私、手を洗って来ます」
流花はそう言うと、厨房に入って行った。
流花がいなくなると、赤井が声を張り上げた。
「馬場さん!ちはるさんと北神さんに挟まれて、両手に花ですね!」
「まぁな。モテる男は、つらいぜ」
この会話がきっかけとなり、また賑やかさを取り戻した。
厨房では、たきこがデコレーションケーキの仕上げをしていた。流花が手を洗っていると、マスターが厨房に入って来た。
「北神さんが来たから、もう一度乾杯しましょう。たきさんも一緒に!」
「わ、私は、良いですよ!」
慌てて言うたきこに、手を洗い終え、タオルで手を拭きながら流花が言った。
「そうですよ!一緒に、乾杯しましょう。私、飲み物の用意をします。ビールとオレンジジュースで良いですね?」
「お願いします」
マスターが流花に言った。
厨房から出てきた流花は、ビールのグラスを亮の目の前に置いた。その後を追うように、デコレーションケーキと取り皿とフォークを乗せたワゴンを押しながら、たきこが厨房から出てきた。
たきこの後ろには、マスターがいた。マスターはデコレーションケーキを、テーブルに置いた。流花とたきこは、取り皿とフォークを配り歩いた。
「すご~い」
たきこが作ったイチゴのデコレーションケーキに、歓声とため息が入り混じった。
「ご存知の方もいると思いますが、改めてご紹介します。料理人のたきこさんです。料理は、たきこさんにお願いしています。このケーキも、たきさんが作ってくれました」
マスターの隣に立っていたたきこは、照れながら言った。
「料理を作っている人間が、こんなおばちゃんですみません」
たきこの言葉に、笑い声と拍手と歓声が上がった。そんな光景を見届けながらマスターが言った。
「北神さんが来てくれたので、もう一度乾杯をしましょう。さぁ、たきさんも一緒に!」
マスターはオレンジジュースのグラスを、たきこの手に手渡した。
「馬場さん、乾杯の音頭をお願いします」
唐突にマスターに振られた馬場は、慌てながらも椅子から立ち上がった。
「え~っと。亮ちゃんも来たことだし。もういっかい、乾杯!」
「乾杯!」
二回目の乾杯が終わり、切り分けられたケーキが運ばれた。ケーキを一口食べた亮の頬に、涙が流れた。
テーブルを挟んで、亮の向かいに座っていた流花がそっと声をかけた。
「北神さん」
亮はフォークを、皿の上にそっと置いた。
「こんなに楽しい気分になれることは、もうないのかもしれない」
亮の言葉に、誰もが黙り込んだ。
涙をぬぐった亮は、言い続けた。
「四月になったら、私は海外の支店へ出向します。本社に戻って来れるのは、数か月……一年後かも」
亮の海外出張のことを知らなかった、ちはると馬場と赤井は、揃って息を飲んだ。
亮は静かに言った。
「マスターと別れたくない……でも今は、皆さんとも別れたくありません」
しばらく沈黙が流れたが、ちはるが亮の方を見ながら言った。
「待ってるから。ぱっつんが帰ってくるの、待ってるから!」
「ちはるさん……」
赤井も、ちはると同じように言った。
「そうですよ!ずっと待っているから、仕事頑張ってください!」
「赤井さん……ありがとう」
馬場は亮をいたわるように、亮の背中を優しくたたいた。
若菜は、すねるように言った。
「私とシロちゃんの卒業パーティだったのに、北神さんの送別会になっちゃった。北神さんに、美味しいとこもってかれちゃった!」
「若菜ちゃん、二次会はふたりでお祝いしよう」 赤井の言葉に若菜は、真っ赤になった。
「北神さん。北神さんは、私の憧れなんです。海外に行っても、頑張ってください。そしてまた、此処に帰って来てください」
流花の言葉に、亮は不思議顔になった。
「私が……憧れ?」
「はい。仕事ができる亮さんに、憧れています。だから、上を目指してほしいです」
ちはると馬場は、若菜と赤井を冷やかし。
若菜は真っ赤になって抗議して、赤井は終始笑顔でいた。
亮は流花を、真っ直ぐみつめて言った。
「白田さん……ありがとう。白田さん……昼間は、酷いことを言って、ごめんなさい」
流花は笑顔でゆっくり首を横に振り、亮はやっと笑顔になった。
ずっと皆を見守っていたマスターは、静かに微笑んでカウンターに戻って行ったのだった。




