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DANDY〜笑顔〜  作者: kagari
17/18

タイトル未定2025/11/23 00:06

 「北神さん、どうしたんですか?」

 同僚の声で、亮は目が覚めたように周りの雑音が聞こえた。

 今まで社長室にいた亮は、秘書課の部屋の自分の席に座っていた。

 社長室から、どうやって此処まで歩いてきたのか、自分でもよくわからない。

「えっ、な……なんでもないわ」

 慌てて言った亮は、目の前のパソコンの前の画面をみつめた。

 キーの上で指を躍らせるが、意識は遠くの方へ置いたまま。

 やがて指を止め、社長室で言われた言葉を思い出していた。

 亮が企画した「barに合うチョコ」は、予想以上に反響を呼んだ。

 結果を出した亮に、社長の水田は亮を称えた。水田なりの気遣いを、亮は喜ぶべきなのだが……。

 亮はしばらくの間、ぼんやりしていた。


 昼ご飯を終えたちはると赤井は、馬場の顔をじっとみつめていた。

「ぱっつんの様子がおかしい?」

 ちはるの言葉に、馬場は大きく頷いてから言った。

「北神ちゃんの様子がおかしくなったのは、社長に呼ばれた後だって、秘書課のお姉ちゃんたちが言っていたぞ」

「社長に、何か言われたのかしら?」

 ちはるの問いに、馬場は答えることができなかった。

 しばらくの沈黙の後、赤井がそっと切り出した。

「今度の土曜日、バレンタインですよね」

「それが?」

 つまらなそうに、ちはるが言った。

「マスターの店に、若菜ちゃんと行くんです」

「あっ、そう。どうせ、マスターにチョコを渡すんでしょ」

「皆さんで、マスターの店に行きませんか?北神さんも誘って!」

 ちはると馬場は、顔を見合わせた。

「ちはるさんも、マスターにバレンタインのチョコを渡すんでしょ」

「そりゃ~まぁ……」

 顔をそむけて、照れくさそうに言うちはるに、馬場は声を上げた。

「友光!マジで、マスターにチョコを渡すのか?それは、本命チョコか?」

「うるさいわね!馬場には、関係ないでしょ!」

 ちはると馬場の言い合いを、赤井は慌てて止めた。

「まぁ、まぁ!北神さんも誘って、楽しいバレンタインにしましょう!」

 赤井の言葉に、ちはると馬場は言い合うのをやめた。

「どうせ、マスターにチョコを渡す予定だったから行っても良いけど、なんでぱっつんを誘うのよ?」

「なんでって、心配じゃないですか北神さんが。それに北神さんも、マスターにチョコを渡すだろうし」

「お前なぁ、単に面白がっているだけじゃないのか?」

 笑いながら言う馬場を、赤井は断固否定した。

「そんなこと、ありません!北神さんが心配なだけです。それに、大勢の方が楽しいでしょ」

「わかった、わかった。じゃあ、ぱっつんは赤井が呼ぶのよ」

「えっ、俺が?」

 ちはるの言葉に、赤井は思わず声を上げた。

「当たり前でしょ!言いだしっぺなんだから」

 赤井は、ため息をついた。



 若菜、ちはる、馬場、赤井の四人は、約束の時間にやって来ない亮を待っていた。

 待ち合わせ場所は、繁華街を少し外れた場所で、barジェシカは目と鼻の先だ。

「遅い!!約束の時間、十五分過ぎているわよ!」

 腕組みをしたちはるは、我慢できないように言い放ち、更に問い詰めるように赤井に言った。

「赤井!ちゃんと、ぱっつんに来るように言ったの?」

「言いましたよ!」

「ぱっつんは、ちゃんと返事をしたの?」

「しましたよ!」

 ……嫌々ですけどね……。

 と言う言葉は、さすがに言えなかった。

「じゃあ、なんで来ないのよ?時間は、きっちりと守る人でしょ」

「友光と違ってな」

 ちはるをからかうように、馬場が言った。

「ちょっと、馬場!」

「ホントのことだろ」

 言い合うちはると馬場の間に、慌てて赤井が入った。

「約束の時間、間違えて聴いたのかもしれません。後、十五分待ちましょう!」

「はい、はい。わかったわよ。ねぇスイ」

「えっ?」

 ちはるが突然若菜を呼んで、若菜は慌ててちはるの方を向いた。

「シロは、来ないの?」

「シロちゃんにラインして誘ったんだけど、用事があって来れないって、断られちゃった」

「あんた達、いつも一緒だったのに」

「うん……」

 若菜は、小さく返事をした。

 ……シロちゃんに断られたの、これで二度目だ。でも、私とシロちゃんの友情は変わらない!……

 自分を励ますように、若菜は胸の中でつぶやいた。

 約束の時間三十分を過ぎても、とうとう亮は待ち合わせ場所に、やって来なかった。



 時間が早いせいか、barジェシカの店内には、テーブル席にふたりの客しかいなかった。

 店に入ると、ちはるはカウンター席に向かってすたすた歩き、カウンター席の椅子に腰掛けた。馬場は、ちはるの隣に座った。

 何処に座ろうかとまどっている若菜の背中を、赤井はそっと押してちはるの隣に座らせ、赤井は若菜の隣に座った。

 カウンターの中にいたマスターは、ちらりと若菜を見て、小さくため息をついた。

「未成年だから……」と、注意をする気も失せていた。

 十時を過ぎてもまだいるようなら、その時言えば良い。

 そう考え、何もなかったようにいつもと変わらぬ態度で接待した。

 それぞれのカクテルを飲みながら、軽めの食事をオーダーした時、ちはるがマスターに声をかけた。

「マスター」

 厨房に行こうとしたマスターは足を止め、ちはるの方を振り返った。

 ちはるは、大きな紙袋から綺麗にラッピングされたチョコを、マスターに差し出した。

「バレンタインのチョコレート!」

「バレンタイン……ボクにですか?」

「私の愛が、いっぱいこもっているわよ!」

 マスターは恐る恐ると言うように、ちはるからチョコレートを受け取った。

「初めてのバレンタインです」

「もしかして、私が第一号?」

「はい」

「やったぁ~」

「ありがとうございます」

 ちはるの隣で、若菜は慌ててバッグからチョコレートを出して、マスターに手渡した。

「私も、バレンタインのチョコレートです」

「水田さん、ありがとうございます」

「あぁ、ちはるさんに、先を越されて悔しいなぁ!」

「早い者勝ちだよ!」

 若菜とちはるのやり取りに、マスターは小さく笑いながら、厨房に行った。

 マスターがいなくなると、馬場がすねた声でちはるに言った。

「なぁ、俺にはチョコねぇのかよ」

 ちはるは黙ったまま紙袋からチョコを出し、馬場と赤井に手渡した。馬場は我慢できないように、ラッピングを破った。チョコは大きな板チョコで、「義理」の文字があった。

「明らかに、店で買ったチョコだよな」

「もらえるだけ、ありがたく思いなさい」

 ちはるは、ぴしゃりと言った。何も言い返すことができない馬場は、黙ったままチョコをかじった。

 やがて、オーダーした料理が運ばれてきた。

「ぱっつん、なんで来なかったんだろう」

 料理を食べながら、思い出したようにちはるが言った。ちはるの言葉を、カウンターの中で耳にしたマスターは、ちはるに聞いてきた。

「北神さんが、どうかしたんですか?」

「ぱっつんも誘ったのよ。でも、待ち合わせ場所に来なかった」

「なんの連絡もなく?」

「うん」

「しっかりした方なのに。北神さんらしくありませんね」

「でしょ!」

 他の客からオーダーが入り、マスターはカウンターから出て行った。亮の話題は、そこで終わってしまった。

 時間が経つにつれ客が増え、ちはると若菜のように、マスターにチョコを渡す客がいた。そんな光景をながめていたちはるは、ため息交じりに言った。

「あ~あ。やっぱ、チョコを渡すのは、私たち以外にもいるかぁ」

「マスターかっこいいもんね。あっ、もうすぐ十時になるわ。私、帰ります」

 携帯を見ながら、若菜は慌てて言った。

 若菜と赤井がカウンター席から立ち上がると、ちはると馬場も同じように立ち上がった。店を出ると赤井は若菜と一緒に歩き、ちはるは馬場と歩いた。

 赤井とふたりきりになった時、若菜は赤井にチョコレートを手渡した。

「手作りだけど……」

 恥ずかしそうに言う若菜に、赤井は飛び上がらんばかりに喜んだ。

「若菜ちゃんの手作り?嬉しいぃ!ありがとう!」

 子供のように喜ぶ赤井を、若菜はじっとみつめた。

「若菜ちゃんのこと、彼女って思っても良いかな?」

「彼女?」

「うん」

「アタシは、まだよくわからない」

「俺のこと、もっと見てほしい。若菜ちゃんの一番になれるまで、待っているから」

 初めての言葉に、若菜は照れくさそうにうつむいた。



 店の戸締りを終えたマスターは、厨房で仕事をする料理人の、たきさんことたきこと一緒に店を出た。マスターは冠婚葬祭で使われるような、縦長の大きな紙袋を手にしていた。紙袋の中には、店の客からもらったチョコレートが山のように入っている。

「こんな紙袋を用意してくれるなんて、さすがたきさんですね」

「バレンタインですよ。マスターが、お客様からチョコレートをもらうことは、想像できますわ」

「バレンタインなんて、すっかり忘れていました」

「でも、良いのかしら。マスターがもらったチョコレートを頂いちゃって」

「とても、食べきれませんよ。食べないまま無駄にするのは、もったいないし。大門、喜ぶだろうな」

 そう言った後、マスターは足を止めた。たきこも同じように、足を止めた。

「……北神さん?」

 閉まったシャッターの前で、亮がたたずんでいた。

「マスター私、先に帰ります!お疲れさまです!」

 たきこはマスターに軽く頭を下げ、急ぎ足でマスターと亮の前からいなくなった。

 マスターと亮が二人きりになった時、マスターが静かに言った。

「友光さんから、聞きました。約束を、破ったそうじゃないですか。皆さん、心配していましたよ」

「……すみません」

「ボクに謝られても。いつも、しっかりした北神さんなのに。驚きました」

 しばらくうつむいたまま、黙っていた亮は顔を上げ、マスターをじっとみつめた。

「……私は、皆さんが思っているような人間ではありません。逃げ出したくなる時もあります」

「……北神さん。何か、あったのですか?」

「……辞令が出ました」

「辞令?」

「弊社には、海外に支店があります」

「海外に?」

「通訳として、海外出張するよう、辞令が出ました」

「それは、大出世じゃないですか!」

「私は、行きたくありません」

「えっ?何故……」

「……何故?マスターわからないんですか?」

 黙ったまま亮をみつめるマスターに、亮はハッとなった。

「私が行きたくない気持ちを知っていて、知らないふりをしているのですか?」

「北神さんは、キャリアのある方です。ボクなんかと、つきあったら駄目になります」

 マスターは突然シャッターに寄りかかり、黙ったままタバコを吸いだした。

タバコを吸うマスターの姿を初めて見た亮は、開いた口が塞がらなかった。

 そんな亮をマスターは無視して、タバコを吸い続けた。

 やがて、携帯灰皿にタバコを押しつぶした。

「さっき、『皆さんが思っているような人間ではありません』と、言いましたね。その言葉、そっくり返します。ボクも、皆さんが思っているような人間ではありません」

 携帯灰皿をダウンのポケットに押し込んだマスターは、繁華街のネオンをみつめていたが、やがて意を決したように切り出した。

「ボクは、血の繋がりのない子供を育てています。彼が成人するまで、ボクは彼の側にいるつもりです。そんな人間と、一緒になれますか?」

「どう言うこと?」

「わけは、聞かないで下さい」

「……私は、マスターと離れるなんて嫌です!マスターの側から離れたくありません!仕事なんて、全て放り出してやる!」

「なんてことを言うんですか!」

 亮はマスターに抱きつくと、子供のように駄々をこねた。

「出世とか、そんなものいらない。マスターが、血の繋がりのない子供を育てているなら、私も一緒に育てます。私は、マスターが全てです」

「北神さんは、もっと上を目指すべく方です。ボクは、その妨げになりたくありません」

 声を上げて、泣きじゃくる亮に、マスターは静かに言った。

「ボクは、北神さんの人生を狂わせたくありません。全てを失って生きていくのは、ボクだけでたくさんだ」



 ため息交じりにマンションを見上げると、リビングに明かりが灯っていた。

 驚いたマスターは、慌ててマンションに向かって走って行った。

 入り口の側にある、大門が使っている部屋にそっと入って行くと、ベッドでは、大門が静かな寝息を立てていた。

 マスターは安堵の息をそっともらし、声をかけながらリビング兼キッチンに入って行った。

「おまちさん、こんな時間まで起きているなんて、珍しいですね。大門に、何かあったと……」

 マスターの言葉は、途中で止まってしまった。

 リビングにいたのは、まちこではなく流花だった。

「えっ、あの……」

 わけがわからないマスターは、そう言ったきり言葉が続かない。

「マスターおかえりなさい」

「……た、ただいま」

「大門君に会いたくなって、来てしまいました。大門君と遊んでいたらすっかり遅くなって。おまちさんが『遅いから、泊まって行きなさい』って言ってくれたので、おまちさんの好意に甘えてしまいました。驚かせて、ごめんなさい」

「ああ、そう言うことでしたか。てっきり、大門に何かあったと思いました。大門の相手をしてくれて、ありがとうございます」

「とても、楽しかったです」

「おまちさんは?」

「帰りました。寝る時は、おまちさんの部屋で寝るように言われました」

「気兼ねなく使って下さい。ちょっと、シャワーを浴びてきます」

「はい」

 そう言ったマスターはリビングを出て、浴室に向かった。



 シャワーを浴びた七海は着替えを済ますと、流花がいるリビングに戻った。

「暖房を入れないで、寒くないですか?」

「さっきまで入れていたから、寒くないです。独りだと、もったいないし。生まれついての貧乏性です」

 流花の言葉に、マスターは笑った。

 流花は、フローリング直に座り、テーブルの上でノートを広げていた。

 ノートには横文字がずらりと並び、ノートの他にテキストのようなものが置いてあった。

「何をしているんですか?」

「英語の勉強。大学進学だから、今までのようにやらないと。塾とか行く余裕もないし」

 そう言った流花の手が、突然止まった。

 考え込むように、シャーペンでノートを叩いていた。

「何処が、わからないんですか?」

 マスターは流花の側にしゃがみこみ、フローリングの上であぐらをかいた。

 流花は黙ったまま、テキストに指を差した。

「此処は……」

 マスターのアドバイスでやっと理解できた流花は、シャーペンをノートに走らせた。

 そんな流花を、側でマスターは見守っていた。

 ふと流花は顔を上げ、マスターに聞いてきた。

「此処は、これで良いのかな?」

「ん~……うん、合っているよ」

「マスター凄い!英語、得意なんだ!」

「得意じゃないけど……」

 苦笑しながらマスターは言った。

 一通りの勉強を終えた流花は、ノートとテキストを片付けた。

「マスター、ちょっと待ってて、くださいね」

 そう言った流花は、キッチンの方へ行き、冷蔵庫を開けた。マスターのもとに戻った流花の両手には、お盆があった。お盆の上には、切り分けられて皿に乗った、チョコレートケーキがあった。

「大門君に食べさせたくて、家で作りました」

「作ったの?」

「はい!」

「これ、元はデコレーションケーキだったんだよね?」

「はい」

「うわぁ……見たかったなぁ」

「あっ、携帯で撮りました」

「ホント?じゃあ、画像を、ボクの携帯に送ってください」

 流花は、バックから携帯を出し。自分で作ったデコレーションケーキの画像を、マスターの携帯に送った。

 マスターは携帯を取り出すと、デコレーションケーキの画像に釘づけになった。

「おぉ~凄い!」

「マスター食べて下さい」

 流花の声で我に返ったマスターは、お盆の傍らに置いてあったフォークを手にした。

「美味しい!」

 マスターはあっという間に、ケーキを平らげた。

「もっと、味わってたべるつもりだったのに……」

 空になった皿を、マスターは恨めしそうに眺めていた。

「まだ残っています」

「そっか、良かった」

 キッチンでお皿とフォークを洗ったマスターは再び流花の側に座り込み、フローリングの上であぐらをかくと、ゆっくりタバコを吸いだした。

「さっき、北神さんに会いました」

 マスターの突然の言葉に、流花は黙ったまま次の言葉を待った。

「北神さんに、海外出張の辞令が出たそうです」

「海外……凄い」

 流花は、思わずため息をもらした。

「通訳として、行くそうです」

「北神さんが、雲の上の存在に感じる」

「でも、北神さんは行きたくないと、言っていました」

「そんな、もったいない。マスターは、なんて言ったんですか?」

「北神さんには、もっと上を目指してほしいと、言いました」

「北神さんは、上を目指せる人だもんね」

「建築デザイナーを、目指しているんですよね」

「えっ、覚えてくれていたの?」

「はい。凄い向上心があるなって、感心したんですよ」

「まだ、夢だから。だからこそ、北神さんには頑張ってほしいな」

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