タイトル未定2025/11/22 20:55
昼休み、会社近くのうどんと蕎麦をリーズナブルな値段で提供する店で、寒空の繁華街を眺めながら、ちはると馬場と赤井の三人はそれぞれうどんや蕎麦を食べていた。
「若菜ちゃんとは、どうなったんだ?」
うどんをすすりながら、馬場が赤井に聞いてきた。
「もうバッチリ!若菜ちゃんも俺のことを、気に入ってくれたみたい」
「俺に、感謝しろよ!若菜ちゃんの携帯の番号を聞いたのは、俺なんだから」
「はい、感謝しています!」
「スイは、遂にマスターのことを諦めたかぁ」
蕎麦をすすりながら、ちはるが言った。
「土曜日、皆でマスターの店に行きませんか?」
赤井の提案に、ちはるは顔を曇らせた。
「皆って?」
「ちはるさんと馬場さんと俺と若菜ちゃん!」
「スイはまだ、未成年だよ」
「これだけ、保護者がいれば大丈夫!あっ、ラインだ!」
赤井は携帯を取り出し、ラインを開いた。
ラインは、若菜だった。
赤井は歓喜の声を上げながら、ラインをじっくり読みだした。
「どうする?友光」
「う~ん……行けばマスターに会えるし、どうせ暇だし。行くよ」
「じゃあ、俺も行くよ。おい!赤井。土曜日、俺たちも行くぞ」
「わかりました!そのことも、ラインしよう」
赤井は嬉しそうに、文字を打ち始めた。
「友光」
馬場に呼ばれたちはるは、顔を上げた。
「若菜ちゃんはマスターのことを諦めたみたいだけど、友光は?」
「どうあがいても、マスターと一緒になれないことはわかっている!でもマスターのことは好き」
「ふ~ん」
「なによ?」
「少しは、素直になったなぁ。マスターが、若いお姉ちゃんと楽しそうに話をしていたのが、気に入らなかったんだな」
「気に入らないわ!私が目の前にいるのに」
「案外本当に、店が終わったら姉ちゃんたちと、遊んでいるかもよ」
「仕事が終われば、何をしてもマスターの自由でしょ」
「そりゃ、そうだ」
「ほら、昼休み終わるわよ!赤井、いつまで携帯を眺めているの!」
そう言いながらちはるはテーブル席から立ち上がって、どんどん歩きだした。いつものちはるらしさが戻って、そっと馬場は笑ったのだった。
土曜日の夜、bar「ジェシカ」の店内のテーブル席に若菜と赤井、ちはると馬場が向き合っていた。メニューを配りながら、マスターは少し驚いたように言った。
「珍しい組み合わせですね」
「マスター俺たち、友達になりました!」
赤井は若菜の肩を抱きながら、自慢げにマスターに言い更に続けた。
「だから、今夜は大目に見て下さいよ!」
チラリと若菜を見たマスターは、苦笑しながら言った。
「此処で、ダメだと言ったらボクは悪者になりますね」
マスターの言葉に、テーブル席は笑いに包まれた。
「赤井さんに免じて、十時まで良いですよ」
「若菜ちゃん、やったね!」
赤井が言うと、若菜は照れくさそうに笑った。
オーダーした料理がテーブルの上に並び、若菜たちのテーブル席は、賑やかに食事を始めた。
その時、女性客三人が店の中に入って来た。
服装からして、三人は結婚式の帰りらしかった。
女性客は、若菜たちの近くのテーブル席に座った。
若菜たちは、何気なくそのテーブル席を眺めた。
三人の中に、黒いドレスを着た客がいた。
小柄な女性だったが、透き通るような白い肌をしていて、ハッとするほどの美少女だった。
マスターがメニューを三人の客に配り、カウンターに戻って行った。
女性客は楽しそうに、メニューを眺めていた。やがてオーダーする料理が決まり、黒いドレスを着た客が声を上げた。
「すみませ~ん」
マスターはカウンターを離れ、女性客のテーブル席へ行った。
若菜たちは、なんとなく息をひそめ、女性客のテーブル席の様子を伺っていた。
女性客のオーダーが終わり、マスターはカウンターに戻り、三人分のカクテルを作り始めた。
ほどなくしてカクテルが出来上がり、マスターは女性客のテーブル席にカクテルを運んだ。
「ごゆっくりどうぞ」
軽く頭を下げたマスターが、テーブル席を離れようとした時だった。
驚きの声が上がったのは。
「七海……七海でしょ!」
声を上げたのは、黒いドレスを着た女だった。
マスターの顔に驚きの表情が広がったが、マスターは呼吸を整えると、いつもと変わらない声で言った。
「お久しぶりです」
「久しぶり!元気だった?」
「はい。失礼いたします」
軽く頭を下げると、マスターはテーブル席を離れて行った。
若菜たちは、それぞれ顔を見合わせていた。
切り出したのは、ちはるだった。
「マスターの名前、七海って言うんだ!」
若菜も興奮したように言った。
「七海さんかぁ。どんな字なんだろ?」
腕組みをした馬場は、低い声で言った。
「あの可愛いこちゃん、マスターのことを呼び捨てに呼んでいたぞ!マスターは、自然に受け止めていたし。あのふたり、どんな関係なんだ?」
皆黙り込んで静まり返った時、爆弾を落とすように、赤井が静かに言った。
「……恋人?」
若菜とちはるは、思わずみつめあった。
そんな時だった。
女性三人のテーブル席から話声が聞こえ、若菜たちは思わず耳を傾けた。
「マスターと知り合い?」
「まぁね」
「もしかして、元カレ?」
黒いドレスの女は、何も言わず静かに微笑むだけだった。
ちはるは、小さな声で言った。
「あの女、何も言わなかったわ」
「ってことは、肯定をしたも同然って、ことか」
馬場も小さな声で言った。
若菜は、黒いドレスの女をそっと眺めた。
化粧をしてドレス姿のせいか、年齢がわからない。
笑った顔はあどけなくて幼く見えたが、話を聞き入っている表情は凛としていて、同性の若菜でも綺麗だと思えた。
女性客たちは、若菜たちより先に店を出て行った。
マスターが店のドアを開け、女性客たちを見送る。
閉じられたドアから、マスターはなかなか戻ってこなかった。
……何を、話しているのかなぁ……。
若菜が胸の中で、そうつぶやいた時だった。
若菜の胸の内を察するかのように、赤井が若菜に言った。
「気になる?」
「えっ?ううん、全然!」
若菜が、慌てて首を横に振った時だった。
マスターが店に戻って来た。
マスターは、真っ直ぐ若菜たちのテーブルにやってきた。
「水田さん」
「はい?」
突然マスターに呼ばれ、若菜は少し顔を赤くしながら返事をした。
「すみませんが、少しよろしいでしょうか?」
「はぁ」
わけがわからないまま、若菜はテーブル席に立ち、マスターの背後を歩いた。
マスターは若菜をカウンター席に座らせると、自分はカウンターの中に入った。
若菜と向かい合わせになると、マスターは少しの間黙り込んだ。
「あの、マスター」
若菜の声に顔を上げたマスターは、意を決したように切り出した。
「……白田さんの連絡先を、教えてほしいのですが」




