表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/37

エピソード9

 

流れ出た猛毒は洞窟内のモンスターを飲み込んでいく。


モンスターたちが悲鳴を上げる。


 遠くから聞こえる叫び。

 咆哮がやがて掠れ、沈黙へと変わっていく。


 楓は耳を塞ぎたくなる衝動を堪え、目を閉じた。


「ーー俺のせい、か」


 毒の結界に守られているはずの広間。

 だが楓の放った毒は、守るためのものを超え、洞窟そのものを飲み込もうとしていた。


 疲労が一気に押し寄せる。

 戦闘での消耗。

 そして制御不能の力を抑え込もうとした緊張。


 楓はその場に横たわり、意識を手放した。


 ーー頭の奥で声が響く。


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


 延々と続く、機械的なアナウンス。

 まるで夢にまで押し寄せる波のように、ひとつまたひとつと流れ込む。


 楓は薄れゆく意識の中で、それを止められずにただ呑まれていった。



ーー楓の放った毒は止まらなかった。


 最初はただ広間を守るために周囲を覆っただけだった。

 だが今は違う。毒は生き物のように呼吸し、洞窟そのものへと侵入していく。


 黒い霧が天井を這い、洞穴の奥へと吸い込まれていく。

 地下水の流れに溶け、川のように広がる。

 壁に張り付いた苔すら黒く変色し、ぼたぼたと溶け落ちていった。


 最初に悲鳴を上げたのは小型のモンスターだった。

 岩陰から現れた鼠のようなモンスターが、空気を吸った瞬間に痙攣し、血を吐きながら倒れた。

 すぐに数十匹が次々と転がり、毒に侵されて絶命していく。


 次に倒れたのは蝙蝠の群れだった。

 天井に張り付いていた無数の羽音が、一斉に狂ったように暴れ出し、岩壁に頭を打ち付ける。

 羽ばたきが乱れ、黒い雨のように降り注ぐ。

 その羽音が消える頃には、広間の床が死骸で埋め尽くされていた。


 さらに奥では、大型の獣型モンスターの咆哮が響いた。

 熊にも似た巨体が毒の波をかき分けて進んでくる。

 だが三歩、五歩と進んだところで、全身が震え始めた。

 喉から濁った声が漏れ、巨体が岩に叩きつけられる。

 鋭い爪が岩をえぐるが、その動きはすぐに痙攣へと変わり、やがて完全に静止した。


 猛毒に汚染された洞窟内に、断末魔の音が何度も響き渡る。


 洞窟のさらに深部。

 そこに棲みついていた翼竜の影も、抵抗むなしく空中で崩れ落ちた。

 天井を揺らす羽ばたきが止み、轟音とともに地面へと叩きつけられる。

 硬い鱗すら毒の侵食に耐えられず、灰色に変色してひび割れていった。


 水を飲む音。

 地下水に毒が混ざり、川のように運ばれていく。

 水を飲みに来た獣たちが一斉に喉を押さえ、悶えながら地に伏す。


 そしてそのすべての命が――楓へと吸い込まれていった。


 死の瞬間、魂が解き放たれる。

 淡い光となって宙を漂い、糸のように引かれる。

 その糸の先は、広間で眠る楓の胸。


 魂の奔流。

 数十、数百――やがて数千を超える光が一斉に楓の中へと流れ込む。


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』  


『レベルが上がりました』


 アナウンスの声が途切れない。

 夢の中で、楓は無数の鐘を一度に鳴らされたような感覚に襲われていた。

 頭の奥で響く声は、やがて雑音のように混ざり合い、意味すら曖昧になる。


 代わりにさらに新たなアナウンスが押し寄せる。


『レベルが上がりました』


『レベルが上がりました』  

      ・

      ・

      ・

      ・

『レベルが上がりました』


『称号: 《万毒を統べし者》を獲得しました』


 ひとつ終わる前に、次が来る。

 それが途切れることなく続く。

 頭が割れるような痛み。

 意識が押し流され、楓は夢と現実の境界を見失っていった。


 その眠りは、安らぎではない。

 奔流に呑まれ、押し潰され、もがき続ける悪夢のような眠りだった。


 けれど――洞窟の中で楓に手を伸ばせる存在は、もうひとつも残っていなかった。


 ――静寂。


 洞窟の中は異様なほど静まり返っていた。

 楓が目を覚ましたとき、まず耳に届いたのは、自分の呼吸音だけだった。

 

 そして暗い洞窟の空気が目に飛び込み、鼻腔を刺激する――いつもと違う、濃密な臭気。

 


「ーーなんだ、これは……」


 眼下には、昨夜倒したはずのモンスターの死骸が散乱していた。小型の魔獣、羽虫のような蝙蝠、巨大な獣……いずれも黒ずんだ霧の中に沈み、動かない。


「ーー俺、寝てただけだよな」


 楓は額を押さえる。

 頭の奥でまだ、あのアナウンスの残響が木霊していた。

 

「ーーうわっ」


 思わず声を漏らす。自分の呼吸も、重く響く。周囲の空気が粘性を帯び、手を差し伸べるだけで微かに抵抗を感じる。

 目を凝らすと、床や岩壁の隙間に、昨夜の毒がまだ生きて這い回っているのが見えた。淡く紫色に光る霧が、洞窟全体を覆い尽くし、無数の小さな流れをつくっていた。


「ーー俺のせいか」


 楓は己の手を見下ろす。掌からはもう、毒の残滓がわずかに滴っていた。昨夜は意識していなかったが、眠りの間にも毒は流れ、洞窟全体に広がっていたのだ。


 立ち上がると、全身が軽く震える。筋肉に流れる力が明らかに以前とは違う。

 拳を握れば、微かに空気を震わせる感覚。足を踏み出せば、岩を揺らすほどの衝撃が伝わる。

 

 恐る恐る、指先から軽く毒を出す。すると球状の黒紫の液体が掌に浮かび、微かに光を帯びて揺れる。掌の動きに合わせ、液体は糸状に伸び、霧のように拡散し、固体に凝縮して尖った棘を形成する。


「ーーまさか、ここまで……」


 体感だけで、力の増幅と毒の精度が飛躍的に上がっていることを理解できた。


 拳を振ると、微量の毒が飛び、倒れているモンスターの死体をかすめた。瞬時に骨の隙間まで侵食され、表皮が黒く変色する。


 だが制御は完璧ではない。

 微かな動作のたびに、毒は意図せず零れ落ち、広間の隅へ、岩の裂け目へと流れ込んでいく。

 気づかぬうちに、洞窟のさらに奥や下層の隙間にまで侵入しているのだ。

 昨日までは考えられなかったほどの量。恐怖と、得体の知れない興奮が同時に楓の胸を打った。


「ーー力を制御しないと、本当に……まずいな」


 思わず小声で呟く。だが声に混ざる緊張は、逆に好奇心を刺激する。

 どう制御すれば、この膨大な毒を自在に扱えるのか。まだ全く手探りだが、頭の中には無限の可能性が広がっている。


 楓は広間の中央に立ち、深く息を吸い込む。洞窟内の空気は紫色の霧で満たされ、かつては制御不能だった猛毒が床や壁、天井の裂け目から隅々まで流れ込んでいた。もしこの状態を放置すれば、洞窟全体が自らの猛毒で崩壊し、自然環境は完全に破壊されてしまう。


「ーーこのままじゃ、洞窟自体が……」


 毒無効を得たことで、自身は影響を受けなくなった。しかし、周囲に広がる猛毒は洞窟の生態系を破壊しかねない。楓は深く息を吸い込み、掌を胸元に置き、意識を集中する。毒を外にばらまくのではなく、自分の体で吸収するしかないと判断したのだ。


「ーーよし……やってみるか……」


 まず掌をわずかに開き、空気中に漂う毒を微細に吸い寄せる。掌のひらから流れ込む微粒子は、まるで川の水が岩肌を滑るように、体内に浸透していく。最初は量もわずかで、体が受け入れられるか確認するための試験のようなものだった。紫色の粒子が血流に溶け込み、微かに振動を伝え、全身に広がる感覚を掌が捉える。


「ーーうん……大丈夫だ……痛くない……」


 毒無効の力は、侵食や損傷の危険を取り除いてくれる。しかし、膨大な量の猛毒を吸収するには、慎重な操作が必要だ。体に流れ込む紫色の猛毒は、筋肉や神経を刺激しながら循環し、微細な振動となって全身に伝わる。掌を開閉するたび、微細な霧状、糸状、棘状の毒が体内に吸収され、循環を助ける。


「ーーよし……少しずつだ……焦るな……」


 楓は呼吸のリズムと掌の微細な動きを同期させる。毒の流れを意識し、吸収する方向と量を微調整する。


 掌の軽い握りで流れを止め、開くと吸収が進む。体内で紫色の猛毒は脈打ち、神経に微細な振動を伝えながら循環していく。その感覚は、まるで全身の筋肉や血管の一部に毒が取り込まれ、体そのものが猛毒と一体化していくようだった。


「ーーこれなら……行ける……」


 次第に、掌を動かすだけで吸収できる量が増えていく。微細な粒子が指先や掌の奥に集まり、血流に沿って全身を巡る。  

 紫色の霧が吸収され、洞窟内の空気は徐々に透明に近づいていく。床の亀裂や壁の裂け目に溜まっていた猛毒も、掌を通じて吸い込まれ、微細な振動として全身に伝わる。


「ーーああ……これで……少しずつ……浄化できる……」


 吸収の過程で楓は体感の変化にも気づいた。毒が循環するたびに、筋肉や神経が微細に刺激され、反応速度が上がる。力の押さえ込みが必要なとき、体内に循環する毒の振動が目安となり、操作が容易になる。掌の動きひとつで、流れ込む毒の量と形状を変えられるようになった。


「ーーもっと……吸い込め……全て……」


 毒は徐々に洞窟の隅々まで浸透していたが、吸収されることで消滅していく。楓は全身の感覚を研ぎ澄まし、掌や指先で微細な振動を感じ取りながら吸収を続ける。毒の量が多い部分は、呼吸のリズムに合わせて少しずつ吸収し、流れを抑えながら全身に循環させる。


 洞窟内の紫色の霧は、手の動きと呼吸に従って少しずつ薄れていった。


「ーーうん……これなら……なんとかなりそうだ……」


 膨大な毒を吸収し終わるまでに、楓は何度も掌を開閉し、微細な振動と体感で毒の流れを制御した。体内に取り込まれた猛毒は循環し、体の感覚を増幅しながら安全に管理される。洞窟の空間は徐々に透明を取り戻し、紫色の霧は消え去った。


「ーーやっと……落ち着いた……」


 掌を胸元に置き、深呼吸を繰り返す。紫色の猛毒は全て体内に吸収され、洞窟は浄化された。体全体を巡る微細な振動は、毒が完全に制御されている証拠であり、楓は静かに安堵した。掌の軽い開閉だけで吸収が可能で、洞窟内の自然も守られる。体感の鋭敏化と力の押さえ込みの両立が、彼に新たな自信をもたらしていた。

 



 


【称号解説】

称号: 《万毒を統べし者》


数千を超える生物を毒によって屠り、毒そのものを支配するに至った者へ与えられる唯一無二の称号。

「毒」という概念そのものと同調し、あらゆる毒が従う。


主な効果

1.毒耐性完全無効化

 楓が操る毒は、相手がどれほどの耐性や免疫を持っていようとも浸食する。

 (毒耐性100%のモンスターでも、楓の毒は必ず効く)

2.毒属性の進化

 毒は「腐食」「幻惑」「麻痺」「腐敗」「精神侵蝕」など複合効果を自在に付与できる。

 単なる“ダメージ毒”を超え、状況に応じた毒を生み出せる。

3.毒吸収・変換

 環境や敵が放つ毒を吸収し、自身の魔力や体力に変換可能。

 (毒の沼に立ってもダメージを受けず、逆に回復する)

4.毒支配領域ドミネーション・ゾーン

 周囲一定範囲を「毒の領域」に変えることができ、そこでは楓の毒が無限に補給される。

 領域内の敵は常に毒の影響を受け、逃れることができない。

5.毒生命創造

 高次スキルとして、自分の毒から使い魔や兵装(毒蛇・毒人形・毒兵器)を生成できる。

 まさに“毒を統べる王”の力。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ